第8話舞台劇


「じ、自分で着替えます」

「マーナは信頼できるメイドです。私が舞台の説明をさせていただくので、どうかマーナに手伝わせてください」

「……では、お願いします」


 貴族の子女は着替えを手伝ってもらうものだと聞いたことはあるけれど、気恥ずかしいので自分で着替えたかった。

 けれど、舞台の説明を聞きながら見たことがないドレスを着替える自信は無かったので、ローレッタお嬢様の提案を受け入れることにした。




 そうして控え室で着替えさせてもらいながら受けた舞台の説明によると、物語の内容はグレンフォルド王国建国の時代の物語。


 元々現在のグレンフォルド王国がある土地は人間が住めるような土地では無かった。

 私たちの先祖は地理的に現在の隣国のリヴレーガ帝国がある場所から追いやられるようにこの地に来た。

 現在リヴレーガ帝国と名乗るその国の先祖は地理的に競合しにくい西方のテイルノバートと同盟を結び、その力を借りて追手を向けてきた。


 グレンフォルド王国の先祖が追手を振り払い、未開の地に根を降ろすことができた理由は主に二つあるとされている。

 それは、一部の人間の魔力の発現と各地の英雄の活躍だ。


  建国千年に向けての催しの一つである各地の主な町の祭りで行われる舞台劇は、主に各地の英雄にまつわる内容となる。

 私たちが暮らす町、ミューリアで行われる舞台も例外ではない。


 私が代役として演じるのは、後にこの町を治めるマクレーン家へと降下することとなる王家の姫君であるレオノーラ・グレンフォルド様。

 干ばつを改善すべく王家から町へ派遣された水系の魔法を操る姫は、発動条件を満たす祈りの塔に着いた途端に潜伏していたテイルノバートの傭兵の画策によって塔ごと囚われてしまう。

 当時跡取りのいなかったマクレーン家の遠縁にあたるメイナード・アクスワース様がその画策を見抜き、テイルノバートの傭兵に打ち勝ち発動条件を阻害していた原因を取り除き、魔法を発動したレオノーラ・グレンフォルド様を助け出した。


 舞台劇の演出では、お嬢様の性質を鑑(かんが)みて塔の上のレオノーラ・グレンフォルド様と階段を掛け上がるメイナード・アクスワース様の出会いの瞬間と、干ばつの終わりを示す雨に歓喜する町の人々の歓声が重なり、さらに後にマクレーン家の養子に入ったメイナード・アクスワース様の元にレオノーラ様が嫁ぐことを告げる吟遊詩人の語りが重なり幕を閉じることとなっている。




 あれ?レオノーラ様は国名であるグレンフォルドを名乗っているのに、なぜ現在の王室はシェフィールドと名乗っているのだっけ……。千年前は……




「エリカさん!」

「はっ、はい」

「大丈夫ですか?コルセットがきつすぎましたか」

「大丈夫です」


 しまった。体調が悪いローレッタお嬢様の代役なのに私がぼうっとしてしまっていた。

 しっかりしなきゃ。


「どうですか?」

「わぁ……素敵」

「エリカさん! とてもお似合いですわ」


 着替えと化粧を終えて姿見の前に来ると、そこには修学舎の図書館で見た建国期の本の挿し絵のお姫様みたいになった自分がいた。


 衣装は現在のものよりもスカートが広がらないタイプで、控えめに見えて繊細な刺繍と縫い付けられた荒くカッティングされた宝石が薔薇を表しているみたいで高級感がある。

 化粧も演者の年齢層と当時の雰囲気に合わせて控えめに施され、髪は結い上げられている。


 金髪に赤みが強い赤茶の眼のローレッタお嬢様がこの格好になった場合を想像すると、金髪赤眼だったとされるレオノーラ・グレンフォルド様を彷彿とさせる気がする。

 けれど私の場合は、鏡が近いせいでそう見えるのかもしれないけれど、髪を結い上げたことでローレッタお嬢様との顔立ちの違いが目立ち、髪もピンク系であることが強調されてしまっているように感じる。


「あの……背格好が似ていてもやっぱりばれてしまうのでは」

「こちらのヴェールを被れば少々の違いは目立たなくなると思いますよ」


 結い上げていたのはヴェールをしっかりと固定するためでもあったらしい。

 ヴェールがあると謎の安心感がある。


 そこにドアをノックする音が聞こえてきた。


「皆様、よろしいでしょうか」

「ええ」


 マーナさんがドアを開けるとマイルズ・ホルブルックさんが時間を告げた。


「エリカさん。面倒事に巻き込んでしまってごめんなさい。たとえ上手くいかなくても私自身の責任と自覚しています。どうかよろしくお願いします」

「はい。できるだけ頑張ります」

「エリカさん。参りましょう」


 フラトン家から説明を受けている関係者の協力もあり,代役であることがばれないように他の人と会わないように早めに舞台裏へ向かう。

 塔はしっかりと作られているけれどローレッタお嬢様の代役なのでマイルズ・ホルブルックさんにエスコートされて塔の上に登る。


「先ほど手順は説明させていただいたと思いますが、ローレッタ様が魔法を使うタイミングは客席右後方でも合図させていただきます。よろしくお願い致します」

「はい……」


 緊張し始めてしまい、声が震えてしまった。

 舞台裏が他の出演者を迎えるため騒がしくなってきた。

  マイルズ・ホルブルックさんは顔見知りに対応するために塔の下へと降りていった。


 塔の下で何人かの人が登場の場所の最終確認をし始める。

 私は途中までは見えないように座っていることになっている。

 舞台の幕の向こう側から沢山の人の声が聞こえる。

 この緊張感に負けないためにも、幕が上がって目が慣れてきたらマイルズ・ホルブルックさんが言っていた合図を送る場所を確認しよう。




 開演を知らせるベルが鳴って舞台の幕が上がった。

 塔の中で登場場面を見計らうために設(もう)けられた小さな隙間から周囲を窺(うかが)う。


「うわぁ」


 舞台上の、しかも舞台装置である塔の上からの光景は想像よりも凄かった。

 思わず小さく声が出てしまったけれど、客席の歓声でかき消された。


 この会場は同じ公会堂でも普段は私たちが立ち入る会場ではないかもしれない。

 広さはそれほど変わらないと思う。けれど、座席や壁やドアや……目につくところ全部が高級な感じがするのだ。

 最大の違いは左右の壁側にある豪奢な箱席だ。

 そちらはよく見えないけれど、正面の座席に座っている人も豪華な衣装に身を包んでいる。

 客席は出演者の関係者である貴族や裕福な町民が中心みたい。




 物語は進んでいき、周囲の演技に合わせて立ち上がると、観客席から歓声が聞こえてきた。

 気恥ずかしくてしばらく客席を見ることはできなかった。


 そして物語の最初の山場である戦闘の場面で魔法の演出が始まった。

 塔の上にいる私も客席の町民も恐らく始めて見る魔法に歓声を上げる。


 その輝きに照らされた客席にお父さんとお母さんと、レイが見えた気がした。

 先程より強い魔法の輝きが周囲に広がり、勝敗を決する場面が繰り広げられる。


 あれ……。

 少なくともこのような魔法を見るのは今日が初めてのはずなのに、なんだかこの光景に見覚えがあるような……。


 おかしいな……。そんなはずないのに。






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ヒロインに転生したら悪役令嬢はまさかの裏切りの元親友だった~仲良くしましょうと言われてももう遅い。ちょっぴり魔法が使えるだけの町娘として堅実に生きるつもりなので悪役ムーブのフォローは一切しません~ 宗凪 憬 @gekkou_to_aoi-bara

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