第7話大祭
十歳の時の大祭の日。
祭りで賑わう町で私は人生で二人目の貴族の子女、ローレッタ様と出会った。
その時、私はたまたま公会堂の裏側を通過しようとしていた。
思った以上に賑わう祭りのおかげで両親が営む雑貨屋の商品が品薄になったため、少しだけでも商品を追加しようということになり、手伝いで近所に材料の発注に来ていた。
公会堂で行われるイベントを鑑賞するために、公会堂へ向かう人々の流れに逆らうように走る少女とぶつかってしまった。
その少女はいかにも良家のお嬢様といった雰囲気だった。
どこかレトロな感じがする優しい色合いのドレスと金髪に赤味が強い赤茶の瞳が見事なバランスを取っている。
「すみません」
「いいえ、こちらこそ。あなた……」
そのお嬢様は謝る私をじっと見たかと思うと両手を掴んできた。
「お願い。私の代わりに舞台に立って!」
「舞台?」
「ええ。私はフラトン子爵家の次女、ローレッタ・フラトンと申します」
丁寧な自己紹介に私も慌てて自己紹介をする。
「エリカ・アストリーと申します」
目の前のお嬢様には申し訳ないけれど、何か面倒事に巻き込まれそうな予感がするので、なんとか切り抜けなきゃ。
と、取り敢えず……。
顔色が悪いお嬢様は公会堂の裏口から出て来たようなので、身なりの良すぎるお嬢様にとにかく公会堂の裏口のドアの奥へと戻るように進言した。
ふらふらしていたため、支えてドア先まで連れて行き、さっと帰ろうとした私をお嬢様は見逃さなかった。
「ちょっとだけ、話を聞いて」
そう懇願され、捕まって困惑している私に対して先程の舞台について説明が始まってしまう。
お嬢様の話によると、
今年は六年後に建国千年を向かえるにあたり、六年後に向けての取り組みとして大祭の中で新しい催しが予定されている。
その催しとは、建国の物語を良家の子女たちが演じるというもの。
警護等の問題があるため、関係者以外には新しい催しの内容は当日まで伏せられていた。
演劇そのものは大祭以外でも町の小規模な祭りで行われてきたことで珍しいことではない。
この催しの変わった点は、良家の子女が演じることと、貴族家の子女を中心に配役されていることによって魔法の演出が見られるということ。
お嬢様はその姫役。大役だ。
けれどお嬢様は大変なあがり症。練習段階でふらふらになってしまったらしい。
リハーサルが終わった後、外の空気を吸いに外に出たところ、背格好が似たエリカを見かけて急いで声をかけたと言う。
「あなたの不利益にはならないよう約束するから、お願い。舞台に立って」
「無理ですよ。周りは皆気心が知れた仲でしょう。すぐ気付かれてしまいます。それに何より平民の私に魔法は使えません」
「姫役は塔の上にいて台詞も無いし他の人と接触しないの。客席からもヴェールで見分けはつきにくいと思うの。魔法の演出も、最後の演出の時に私が魔法を使うから大丈夫。もしばれたら私が直ぐに説明するから。お願いします」
お嬢様のあまりの切実な様子にたじろぐ。
それでもそのお願いを承諾するわけにはいかない。
レイやライナス・マクレーン様に忠告されたことが脳裏を過る。
魔法を使う舞台に出て、関わるわけにはいかない。
「無理です」
「ローレッタ様。こちらにおられましたか。危ないので一人にはならないでください。……おや、そちらの方は」
「こちらのエリカさんが体調が悪い私をここまで連れてきてくださったの」
「それは、ありがとうございます。私はフラトン家の使用人のマイルズ・ホルブルックと申します。今回フラトン家の当主の命に従いローレッタ様の付き人として同行しております」
い、今だ。この機に乗じて去るしかない。
「そ、そうですか。それでは、お大事に……」
「お待ちください」
な、何ですか……。無視して去る訳にもいかず、私は足を止める。
「……ローレッタ様。こちらの方に代役を依頼していたのですね」
お付きの人、マイルズ・ホルブルックさんは私を見ると、お嬢様の性質から事情を察したらしい。
「ええ。お願い、もしもの時は私からお父様に説明するから」
「そんなわけにはいきませんよね。わたしも日中は家の手伝いがございまして」
むしろいかないと言って。
「いいえ」
マイルズ・ホルブルックさんはお嬢様に向き直ると、とんでもない後押しをする。
「ローレッタ様、こちらの方に依頼できるのならそういたしましょう」
はい?
「ローレッタ様は極度のあがり症でリハーサルや他の目立つ場面で何度かお倒れになられたことがございます。ローレッタ様のお父上はローレッタ様が大役を無事務められることを望んでおられますが、大舞台でお倒れになることを心配し、その可能性を考慮なさり、場合によっては代役を立てることを計画しておられました。その旨は何人かの今回の行事、舞台関係者にも伝えてあります」
「そうだったの!?」
驚くお嬢様の様子からすると、マイルズ・ホルブルックさんが私に向けて説明した内容の一部は本人には伏せられていたらしい。
お嬢様のやる気を削がないために黙っていたのかも。
「その方に頼まれた方が良いのでは」
「それが、その方は先日怪我をされてしまって」
おおう。
舞台の大役は貴族家の方々が務める。その方の当主の意向でもあるとなると私のような平民が断ることは不味いかもしれない。
どうしたら良いの。
「ごめんなさい。やっぱり自分でなんとかしなきゃ……」
困っている私を見かねたのか、お嬢様は舞台に向かおうとする。
けれど歩みを進めるにつれて、先程まで戻っていた顔色が再び真っ青になって倒れてしまった。
「ローレッタ様!」
マイルズ・ホルブルックさんが支えたため無事だったけれど、その顔面は蒼白で何度か呼び掛けてやっと意識がはっきりしたようだった。
「あの、お医者様に診ていただいた方が良いのでは」
「はい。この後診ていただこうと思いますが、舞台の大役に穴を開けたとなると、ローレッタお嬢様の心労はいかばかりか」
マイルズ・ホルブルックさんは私と目を合わせると真摯な表情で言った。
「ご両親には説明させていただきますので、エリカさん。どうかお願いいたします」
「マイルズ。ローレッタ様はいたか」
「ケネスか。今、こちらのエリカさんにローレッタ様の舞台の代役を依頼していたところだ」
「もう時間がありません。どうかお願いいたします」
「ケネス、気付け薬をちょうだい。それでなんとか」
ぐったりとしたお嬢様の健気な振る舞いが私に追い討ちをかける。
こ、断れない……。
「あくまでお嬢様が出演なさっているという体(てい)で、もしもばれた時はこちらに責任を問わないのでしたら」
「はい。もちろんです。ありがとうございます!」
「ごめんなさい、エリカさん。……ありがとう」
「私はエリカさんのご両親に説明に行ってまいります」
私が告げた場所がすぐ分かったのか、ケネスさんが裏口のドアから出て行く。
「さぁ、こちらへ」
気が変わらない内にと思ったのか、お嬢様を抱えたマイルズ・ホルブルックさんは私を急かして控え室へと移動する。
こうして私は代役で舞台に出演することになってしまった。
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