第6話レイ・シャノンの過去と心配事と決意(2)
「レイ!ここにいたんだー」
修学舎の図書室の棚からエリカがひょっこりと顔を覗かせた。
僕は王国の発展に貢献したと言われている王族と御三家が描かれているページ数に眼を向けてからグレンフォルド王国の創成期を子供用に挿し絵付きで仕立てた本を閉じた。
「まだ時間かかりそう? 私も何か読もうかな」
「いやもう大丈夫。帰ろう」
大祭が近いため、どこかそわそわしている町を歩く。
「ジャックが引っ越すのって大祭の前でしょ? 随分急だよね」
「そうだね」
あの後、ジャックは両親同伴で僕の家に謝りに来た。そのことをエリカも知っているのでエリカのジャックへの態度は軟化している。
正直ジャックの家の事情にあまり興味を持てないけれど、こちらに害があると迷惑なのでラムゼイ先生に聞いてみたところ、先日の事は関係ないらしい。
「大祭の出し物、一緒に見に行こうね」
「うん。また明日」
「また明日!」
エリカは楽しみで仕方がないようで、勢いづいて家に入るドアに若干ぶつかった。
誤魔化すように僕に手を振る。
僕も何事も無かったように手を振ると自宅に向かった。
「ただいま」
「おかえり。ちょっと、レイ。もう少しでエリカちゃんの服のデザインができるから、どれが良いか聞いて来てもらって良いかな」
「いいよ」
この町に住む子供たちは大祭に向けて服を新調する場合が多い。
エリカの両親は裁縫が得意な僕の母にエリカの服の仕立てを依頼したらしい。
「部屋で待っていてくれる?」
「うん」
僕は日曜大工が得意な父のおかげでしっかり音が遮断されるように作られた自室で待つことにした。
僕は自分以外誰もいない部屋で首から下げた祖父からもらったお守りを引っ張り出した。
あの後母に縫ってもらった袋からお守りの本体を取り出す。
金属部分を接続した場所の接着剤の材質が合わなかったのか剥がれ落ちてしまったのに割目が無い滑らかな表面に指を走らせる。
確かに二つに割れたはずのお守り。
時折エリカの周囲に見かける見たことの無い蝶。
前から思っていた。エリカには魔力があるんじゃないかって。
前回の大祭は四歳の時でしっかりとは覚えていないけれど、大祭で見たグレンフォルド王国の王公貴族の肖像画には動物を模した紋章が描かれていた。
その他にも修学舎の図書室で見た王公貴族の王国創成の挿し絵に載る紋章。それは様々なモチーフだけれど、他国の貴人の紋章とは異なる気がする。
他国の貴人の紋章は剣や盾、動物の場合は力強さを感じさせるものが多い。
植物の場合は幸福を意味する種類がモチーフになっていることが多い。
それに比べてグレンフォルド王国の紋章は圧倒的に動物のモチーフが多い。
いわゆる高位貴族の紋章が小動物のモチーフになっていることは珍しくない。
そこに力強さや幸福や権威よりも優先される規則性はあるだろうか。
例えばそう、グレンフォルド王国繁栄最大の理由、貴族階級の魔力……はどうだろう。
そもそも絶対に庶民に魔力が無いのなら、魔力測定は貴族だけの慣習になるはずだ。
魔力がある庶民がいないのは、貴族と養子縁組しているか、あるいは……。
「レイ、お待たせー」
「はーい」
お守りが割れたことはクラスメイトや先生が見ている。
僕は他人に見られないように今までより厳重にくるんだお守りを胸元にしまい、部屋を出た。
「エリカ、良かったわね」
「うん。あー大祭が楽しみ」
「レイくん、洋服のお礼のからくり宝箱なんだけど見本を持って行ってもらって、何色が良いか聞いておいてくれる?」
「はい」
「お店にあるものでいいんだよね?レイ、行こう」
エリカの家は雑貨屋を営んでいる。手作りの雑貨が好評で繁盛しているようだ。
エリカはダイニングの椅子から立ち上がると、大祭近くで何時もより早く閉店したばかりの店に僕を連れていく。
「こんなに素敵な服だと、三年後の魔力測定と大祭が重なる年の服より気に入ってたなんてことになりそう」
大祭の年以外でも魔力測定に合わせて服や靴を新調することも多い。
特に一人っ子で二つ重なると親が気合いを入れて子どもの服や靴に予算を割いているように見える。
「はい。ここにある色以外でも何か注文があれば一応言って欲しいって」
「うん」
僕は周囲に目を向けて誰もいないことを確認してからエリカが店を出る前に呼び掛ける。
「エリカ……あのさ」
「なに」
どう伝えれば良いだろう。僕は迷ったけれど、遠回しに伝えても仕方ないことだと思い顔を上げる。
「エリカ。たまにすごく変わった動物がエリカの周りにいる時があるよね。……この間の蝶々とか。図書室の本にも載っていなかった」
「え!? そうなの?」
「少し珍しいだけかもしれないけれど。珍しい動物と一緒にいると魔力持ちと間違えられるかもしれないから気を付けたほうが良いよ」
「えぇ?考えす……」
「エリカ?」
急にエリカが黙り込んでしまって驚く僕の語尾に被せるようにエリカが言う。
「うん。わかった。そうするから」
エリカのまるで捨てられた子犬のような表情に困惑する。
「エリカ、どうかした?」
「ううん。何でもないの。レイ、暗くなる前に家に帰ったほうが良いよ」
お守りのことを尋ねる雰囲気ではない。
僕がよくそうしているからか家まで送ろうとするエリカをエリカの母に任せて帰ることにした。
その後、母にからくり宝箱の見本を見せて好みの色を聞いた。
近所なので見本を返しながら要望を伝えてすぐ帰ってくると伝えて家を出る。
過干渉かもしれないけれど、エリカの表情が気になった。
エリカの家に行くとそこにエリカはいなかった。
調理中のエリカの母の変わりにすぐ近所に調味料を買いに行ったらしい。
エリカの母が買い物を頼んだということは、何時ものエリカと変わらなそうで少し安心した。
「ちょっと遅いわね。あの子ったらまた寄り道していないといいけど」
明るく言うエリカの母に挨拶すると、少しだけ気になる場所に向かう。
そこは周囲から死角になっている場所。
以前から虫を観察する時の僕の居場所だったけれど、今ではエリカの居場所でもあるらしいそこに着く前にエリカの声が小さく聞こえて来た。
僕はとっさに手前の壁に身を寄せる。
「私がもうちょっと賢くなる……うーん……。十歳くらいまで会うのは我慢する」
「十歳ね……。それまでに、何ができるか」
僕は意識せずに小さなため息をついた。
きっとエリカからしたら三年後はずっと遠い。だけど、僕の三年後は昨日まで思っていたより早くなった。
エリカが家に帰るのを見届けてから自宅に向かう前に先程までエリカがいた、かつての自分だけの居場所へ赴く。
小さな袋小路になった場所。その隅に子どもだけが通れるサイズの穴があり、その向こうが空き地になっている。
僕は周囲に誰もいないことを確かめると、祖父から受け継いだお守りを引っ張り出してから星を見上げる。
まだそれほど周囲は暗くはない。自分以外のほとんどの人にはまだ星は見えていない。
この眼の良さが旅では随分役に立った。
修学舎に通い始めて髪や瞳の色のこともあって周囲に馴染めず塞ぎこんでいた頃、父は数ヵ月間かけて祖父に会いに行く旅に僕を誘った。
祖父はもういないのかと思っていたから驚いた。
どうも祖父には何か事情があるらしく、祖父に会いに行くのはこれきりだしこの旅の目的も周囲には隠せと父は言った。
その旅で僕はこの町の日常がどれほど幸せかを知った。
以前の僕は一人で集中したい時にもそばにいることが多いエリカを内心少し煩わしく思うこともあった。
帰って来てエリカと会ったとき、エリカは無邪気に笑っておかえりと言うと思っていた。
でも僕の予想は外れた。エリカはこの場所にいた。
エリカは僕に背中を向けて、肩を震わせてとても聞き取りにくい声でおかえりと言った。
僕は聞かれてもいないのに、もうずっとどこかに行く予定はないよと言った。
家まで送ってまた明日と言ったらエリカはやっと笑顔を見せてくれた。
それから父との旅の前には必要と思えなかった修学舎にちゃんと通うようにした。
エリカにまた明日と伝えるために。
毎日のように会うからわかる。エリカはきっと魔力があったとしても魔力がある特別な生活を望んでいない。
エリカはちょっとポヤッとしているところがあるから、僕が隠してあげなきゃ。
でも、本当はわかっているんだ。
エリカが遠くに行かなくて良いように僕が動くのはエリカのためじゃない。
少なくともそれが一番の理由じゃない。
一番の理由。それは僕自信のためだ。
僕は自分が少しは賢いのではないかと思っている。
でも僕はいつも正しいわけじゃない。
以前担任であるラムゼイ先生が番書した内容の間違いを指摘したら煩わしそうにしたことから、僕は態度には出さないようにしていたけれど心の中で先生を見限っていた。
けれど今回ラムゼイ先生は僕を助けた。僕は先生を見誤っていた。
それにエリカにしても、僕が見ている別の視点から、僕以上にものを見ている時があるように思う。
以前、人さらいと疑う条件が揃った人物がエリカの周りにいたことが2回ほどあった。
僕からしたら危なっかしくて,態度には出さないように警戒した。
結果としては少なくとも片方はきっと僕の思い違いだった。
条件は揃っていたように感じるのに、エリカは片方の人物には最初から警戒した様子は無かった。
エリカからすると無意識のようだった。
エリカはポヤッとしているようでいて、本当はそうではないのかも知れない。
僕は知っている。知ったかぶりをしないことはむしろ賢さの証明だということを。
そして時折見せるエリカに魔力があると思われる行動。
そういったことが関係あるかどうかは僕には解らないけれど、僕とは違う基準でエリカはちゃんと真実を見極めているのかもしれない。
エリカには僕とは違うエリカの世界がある。
僕にとってそうであるほどには、エリカにとっては僕は必然ではないのかもしれない。
今祖父に会えるのならもっとできることを増やせたのかもしれない。
子供で、周囲に事情を明かすのは躊躇われる秘密を守りたいのに、僕はちっぽけで……。
でも僕は……できることならエリカをこの手で守りたい。
もう少し暗くなるとみんなに見えるだろう星。
道に迷った旅人を導く動かぬ星。
今はまだ、僕だけの星。
お守りをその星に翳し、誓うようにささやく。
「エリカを守る」
たとえ、情けなくても、みっともなくても、それでも。
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