まっすぐに伝えてくれたら

fujimiya(藤宮彩貴)

二枚のカード

 明日は彼女のバースデー。

 仕事が終わったら、ふたりでお祝いすることになっている。ただし、平日なので簡単に。週末にあらためてイベントしようと現在画策中。どこに行こうか、あーだこーだとだらだら話す時間さえもいとおしい。


「ね、選んでほしいの」


 彼女が差し出したのは、名刺ぐいの大きさをした白い紙のカードが二枚。

 中央に文字が書いてある。横書きで、ひらがなだ。


『かなよま』

『まるひ』


「……なにこれ?」


 意味が分からなくて、俺は素直に訊いた。

 とてもいい顔をして笑っている彼女は強気だった。


「いいから、あなたは黙ってどっちかを選べばいいの」


 なんだか、上から目線な言い方に少しムッとしたものの、彼女の機嫌を損ねたくない俺はぐっとこらえた。明日はこいつの誕生日なんだ、彼女優先で。


 もう一度、二枚の紙の文字列を読む。『かなよま』『まるひ』。やっぱり意味が分からない。

 強いて言えば、俺たちは会社の同僚で、付き合っていることは周囲に内緒。気がついているヤツもいると思うけれど、基本秘密。内密。極秘。マル秘、㊙。


「……じゃあ、『まるひ』をもらう」


 俺が『まるひ』カードを手に取るのは自然な流れだった。

 しかし、彼女は怒髪天を突く勢いで怒った。


「なんで、『そっち』なの!」


 は? 『かなよま』を選んでほしかったのか?? 『まるひ』以上に意味不明の文字列過ぎて、手が出ないのに。

 この反応からして、『まるひ』はフェイクというか、単なる見せ札だったのか。俺の正答は『かなよま』一択しかなかったらしい。


 彼女は、俺の手の中にある『まるひ』を奪うようにして『かなよま』の紙を押しつけてきた。交際の『まるひ』はイヤなのか。まあ、いつまでも隠し通せるものではないと思うし、いつかはバラす日が来ると思っている。


「えーっと。もしかして、俺たちの仲を公開したいってこと?」


 これは失言だった。

 みるみるうちに、彼女が厭きれ顔に変わる。


「なに言ってんの。違うよ。まだ隠しておいたほうがいいって。異動とかなったら一緒にいられないよ」


 俯いた彼女の表情はさみしそうだった。くるくる変わる顔色に、俺は戸惑いながらもついついかわいいと思ってしまう。


「ごめん、悪かった。『かなよま』、もらう。これの意味を俺がよーーーーく考えればいいんだね」


 俺が彼女の意味を汲んで折れたので、彼女の顔はたちまち明るさを取り戻した。


「そう! さっすが!! 『かなよま』、解いてみて。『まるひ』がヒントなんだ。『まるひ』は『かなよま』の正反対。待ってるね」


 うん、俺は軽く返事をしてこの夜は別れた。


 ***


「うーん、『かなよま』かぁ……」


 ひとりになった俺は、ベッドの上でごろごろしながら『かなよま』のカードを眺める。


 か・な・よ・ま……


 カナヨマ……?

 仮名、読ま?

『まるひ』がヒント?? 正反対???


 頭を抱える。なにも思い浮かばない。正直、意味が分からん。

 彼女への愛が足りないのだろうか、不安にさえなってくる。この間にも、彼女は俺の回答を待っているというのに。


 早く答えたい。彼女の驚く顔が見たい。嬉しそうな顔、悔しそうな顔。どれも愛らしくで大好きだ。

『かなまよ』ならよかったのに。

 仮名マヨネーズ、だろ。どんなマヨネーズか知らんけど。

 同じく、文字を入れ替えて『なかまよ』?

 仲間よ? 呼びかけか。って、誰に。



 ……

 …………

 ………………



「は!」


 気がついたら、寝ていた。

『かなよま』を握り締め、明るいままの部屋で。


 しまった、明日も仕事なのに。早く寝なきゃと携帯電話の時計を見る。デジタル表示は00:00。

 彼女の誕生日になってしまった。ケーキを買って、内緒でお花も用意して。今日取るべき行動を脳内でシミュレーションしてみる。プレゼントはすでに用意してあるけれど、段取りができていない。

 女はイベントを大切にする生きものゆえ、できるだけ叶えてやりたい。


「って、待てよ」


 たぶん、彼女が今いちばんほしいものは、『かなよま』の解明だろう。

 プレゼントはもはや当然で、それ以外のものを彼女は欲している。贅沢といえばそれまでだけれど、俺は彼女のわがままに付き合いたい。わがまますら楽しい。あほなオトコだと罵ってくれていい。


「まったくこんな深夜に……え」


 がばり、俺は飛び起きた。今のはアニメっぽい動きだったと自分で思った。


 深夜。しんや。夜中。よなか。

 つまり。


「真夜中……まよなか。まよなか! そうだよ、まよなかだ!」


 ベッドの上に仁王立ちした俺。分かった。解けた。なんでこんなに単純なことがすぐに分からなかったのだろう。俺は自分に失望した。


『まるひ』が対比語。それで気がつかなかった俺がいけない。


『まるひ』は『ひるま』だ。

 となれば、『かなよま』は『まよなか』。

『ひるま』より『まよなか』。


「日付が変わったらすぐに……いちばんに誕生日をお祝いしてほしいってことだ、俺に」


 00:02を表示している携帯電話の液晶画面。すばやく切り替えて彼女の電話番号を呼び出す。おめでとうコールの一番乗り、できるだろうか。どきどきして待つひまもなく、彼女は出てくれた。


「お誕生日おめでとう、好きだよ」


 彼女のことばを待たずに、俺は告げていた。


 嬉しそうに彼女の笑う声が、俺の耳に響いている。


(了)




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