第5話 私の名前が決まったようです(3)


……誰かが騒ぐ声が聞こえる。

なんだろう。

あれ、もしかして私……寝てしまった⁉

転移の瞬間をちゃんと目でとらえておこうと思ったのに。

光がまぶしかったなぁ……

瞼を開けると、リリーが何かを飲んでいた。

「だだぁー!」

普通にしゃべりたいが音にならない。

「お嬢様!お目覚めになったのですね。」

リリーにずっと抱っこをしてもらっていたらしく、すごく暖かった。

「あ、おチビ令嬢が起きた。」

「わぁ!すごい、黒い目、ホントだネ!」

「うだぁっ⁉」

ひょこりと視界に入ってきた二人に思わずビビる。

日本人みたいな黒髪の少年と、アメリカ人にいそうな金髪の男。

誰⁉

「吾輩が前見た時より色が濃くなってる……やっぱ面白いな~!」

金髪の男が笑う。

私の目を見た?いつ?誰?

というかこの男、目が細すぎて瞳の色が分からない。

ゲームにこんなキャラがいた記憶がないけど……

「僕の瞳と真逆なんだネ!で、名前どうするんだネ?」

黒髪の少年も笑う。

黒い前髪に隠れていたその瞳は真っ白だった。

〝純白の瞳″

パラパラとゲームのワンシーンが頭に流れる。



 「ああ、予告、しとくヨ?」

 輝く月明かりの中、ヒロイン元悪役令嬢の寝室。

 高く柔らかい声が部屋に通る。


 「殺す。」

 

 黒い髪の少年が息がつまるほどの殺気を振りまいてヒロインを見る。

 「次は、確実に、ネ?」

 〝純白の瞳″で睨むようにヒロインを見、ヒロインのそばに立つ攻略対象を見、

 次の瞬間、素早く風が走り、攻略対象の背後に二本のナイフが刺さる。

 「さよーなら。」

 呆然とする二人に微笑み、少年は靄となって消えた。



そう、彼はヒロインローズモンドを殺しに来る殺し屋。

ちなみに登場は第一作。つまり、ざまぁ系シナリオがまだあるとき。

彼は攻略対象ではなく、完全な悪役。

そして何がアモレティーナに関係するかというと……



 バシュンッ

 ナイフを持った彼が、ヒロインを殺そうとしたその時。

 「……は、」

 パシュッ

 ディスプレイに一瞬かかる鮮血。

 その血はヒロインの物ではない。

 攻略対象の物だ。

 「○○攻略対象⁉」

 焦るヒロイン。急いで治癒魔法をかけようとする。

 「誰か‼いませんか!」

 ヒロインが叫ぶ。

 しばしば呆然としていた殺し屋がハッとする。

 「……くだらないネ。」

 そう吐き捨てて殺し屋はまた靄のように消えたのだった……



一見バッドエンドに見えるが、この話は終わっていない。

 ちなみにこれはまあまあな頻度で起こるイベントで、刺される攻略対象はその時ずば抜けて好感度の高いキャラクターになる。その攻略対象を推しまくっていた初見の方たちが号泣するイベントだ。

 ちなみに私の推しはヒロインなので号泣はしていない。発狂はしたけれど。



 目を覚まさない攻略対象に、精一杯治癒魔法をかけていたヒロイン。

 だが、その役を悪役令嬢元ヒロインが奪う。

 「どいて!私の方が治癒魔法が強いのよ!○○は私が助けるのよ!」

 だが、毒の塗ってあったナイフに刺されたため、

 いくら魔法を注いでも血は止まらない。

 だんだん血の気をなくしていく攻略対象。

 「どうして!どうして治らないの⁉」

 錯乱する悪役令嬢。ヒロインには何もできない。

 そんな時、扉を勢い良く開けてアモレティーナが現れる。

 「私の魔力を使ってください!」

 そう叫んでヒロインに駆け寄るアモレティーナ。

 「私の魔力をすべてあげます。それで治癒を……!」

 「だが、魔力を譲渡するとなると、君は……」

 医者が言い淀んだが、アモレティーナは首を振る。

 「いいのです。今こそ、私の魔力を使う時なのですから。」

 アモレティーナは魔力こそ多いものの、魔法の技術に全く生かせていなかった。

 そんな魔力は彼女にとって邪魔だっただけなのである。

 「ローズモンド・ミサエル様。あなたに私の魔力のすべてを授けます。」

 ここで選択肢が現れ、NOを押すと悪役令嬢にその魔力が渡ってしまうので、

 YESを押すと……

 アモレティーナは血を吐いて倒れた。

 代わりにヒロインの治癒能力が格段と上がる。魔力も増えた。

 「クルス嬢……あなたのことは絶対に忘れませんっ!」 

 そうしてヒロインが攻略対象を治し、攻略対象はさらにヒロインにほれ込み……

 ここを起点として、ゲームは折り返し地点。



そうしてなんやかんやあった後、殺し屋を無事牢獄に入れ、ハッピーエンド……

っなわけあるか‼

アモレティーナ良い子過ぎ!

自分から全部の魔力を提供すると引き換えに死ぬなんて……

裏話になるが、ファンの中にいる推察班によると、アモレティーナが魔力を譲渡した理由は、「攻略対象への愛」故だと思われている。


話がそれてしまった。

兎にも角にも、今目の前にいる少年はその殺し屋である。

「目が黒いからクロとかどうだ?」

「猫につけるべき名だネ。可愛くないから却下ヨ。」

……本当にその殺し屋なのだろうか。

ものすごく目を輝かせて私を見ているというのに。

足音がして、また別の人がやってきた。

「君たち、勝手に名前を決めようとするな。名づけは俺がやるんだ。」

「「主。」」

あるじと呼ばれた人は、

「初めまして、不思議な魂のお嬢さん。」

「ゔっ。」

ただのイケメンだった。



サラッサラだがボサボサなのが少し残念な白い髪。甘い金の目。顔の造形は嫌というほど整っている。

たぶん攻略対象よりもイケメン。

だが、残念ながらこんなイケメンは記憶にありません!誰!?

「ハーヴェルト卿。本当にお嬢様の名づけを……。」

リリーの顔が固い。ハーヴェルト卿ってだれだろう。

「もちろん。」

「その意味をご理解で……?」

「使い物にならない侯爵の代わりに、俺が後見人になるってことだろ?」

「……」

まさか、この人が名づける

リリーがため息をつく。

「……任せます。今頼れるのは、辺境伯爵でもあるハーヴェルト卿だけですし。」

「そうだろうな。漆黒の瞳に嫌悪感を抱かない貴族はいないからな。」

ハーヴェルト卿が肩をすくめる。

漆黒の瞳に嫌悪感を抱かないこの人は貴族ではないのだろうか。でも、辺境伯爵って言っていたし、貴族ではあるはずだ。

意味がわからない。

「で、名前は何にするんだ?」

「だぁぅっ!」

ジェードがひょっこりと現れた。

よかった、ジェードいた!顔が見えないからどうしたのかな、って思った。

「そうだな……実はもうひらめいてはいる。」

ハーヴェルト卿が口に手を当てる。

そういえばこの人ずっと微笑んでいる。ちょっと怖い。

「主、はやーいネ!」

「ひらめいたってなんだよ~!そういや吾輩らの名づけの時もそうだったな。」

ハーヴェルト卿のことを主と呼んでいるということは、二人は従者か何かだろう。

あれ、まって、二人を名づける……?

二人にもともと名前がなかったかとでもいうように……

でも、確かゲームに出てきた殺し屋には名前がついていなかったはず。

この少年は他人の空似か?

「よし、やっぱりこれが一番しっくり来た。」

ひとりでうなずくハーヴェルト卿。

こくり。

リリーの唾をのむ音が聞こえる。

「お嬢さんの名前は、」



「アモレティーナ。アモレティーナ・ハーヴェ・クルス、だ。」




……

沈黙がつづく。

「……あれ?俺、何か間違えた?」

苦笑するソージェマニーハーヴェルト卿

「「主……。」」

二人の部下達が振り向く。

「さいっこう、っすよ。」

「いい名前、だネ。」

部下たちの反応に、安心したように笑うソージェマニー。

「アモレティーナ……」

リリーがつぶやく。ジェードがその肩をポン、と叩く。

「良い名前じゃないか。侯爵夫人の名前にはティーナがついていたんだ。」

「そうだったんだ?」

「知らなかったのか……」

「本当にひらめいただけだからね。」

その言葉に苦笑するジェード。

「アモレティーナ、ハーヴェ、クルス……」

リリーが震えている。

「ハーヴェは俺が後見人ってことの証だよ。これでお嬢さん、いや、アモレティーナ嬢と言った方がいいかな。アモレティーナ嬢に手出しをするものはいないだろう。」

「っ、」

リリーが一呼吸おいて言う。

「本当に…ありがとう、ございます。」

頭を垂れるリリー。

ソージェマニーが眉尻を下げる。

「そんなにかしこまらないでよ。」

リリーがふと気づいて、抱いているアモレティーナを見た。

「あれ、お嬢様、寝て……」

「大切な名前発表だというのに、もったいな~いネ!」

ちなみにアモレティーナは自分の名前を聞いて気絶していた。

それはそのはず、彼女アモレティーナは絶対に死ぬモブなのだ。

何を想像したのか、とにかく赤ん坊の脳では耐えられなかったのだろう。

じっ、とナナシがアモレティーナの顔をのぞみこむ。その目はキラキラしていた。

「ナナシはアモレティーナ嬢が気に入ったのか?」

ソージェマニーのことばにぎょっとするリリーとジェード。

「もちろんネ!こんなに珍しい魔力は滅多にないネ。」

うん、うん、とうなずくナナシ。

「それならナナシ、」

「何だネ?」

「君がアモレティーナ嬢の家庭教師だ。」

いつもの笑みなのにドヤりを感じる顔のソージェマニー。

「「は?」」

リリーとジェードはぽかんと口を開ける。

「小さいからまだ魔力制御も効かないだろうし、俺は忙しくて面倒をなかなか見に行くことができないと思うんだ。ナナシの役目は伝書鳩だろ?毎日暇そうだし。

 それに、給料は増やすし……」

「いいネ!やるネ!」

給料の話をし始めた途端にナナシはうなずいた。

「いいのか?大事な部下を借りても……」

「心配するな。家庭教師と言っても赤ちゃんに教えることはないし、悲しい事故を起こさない様にそばにいてもらうだけだ。ナナシの社会勉強にもなる。」

ジェードがうなずいた。

「ハーヴェルト卿には本当に感謝しきれないな。俺からも言わせてくれ、本当に、ありがとう。」

頭を下げるジェード。リリーももう一度頭を下げた。

「うん、どういたしまして。」

柔らかい月明かりが、窓から部屋を照らす。

紅茶を入れ直し、必要な書類に書き込んだ後、何度もお辞儀をしながら、ジェード、リリー、アモレティーナの一行は、ソージェマニー達に見送られて、転移で屋敷へ帰っていったのだった。



「俺も家庭教師に行きたいなー。」

「タナカはだめ。君には別任務がある。」

再び執務室に戻ったソージェマニーは書類を分別しながら一束の紙をタナカに渡す。

「はい、よろしく。」

「……ははっ、こいつは、吾輩の出番だな。」

タナカが細い目の目じりをあげ、ケラケラと楽しそうに笑った。

ぺら、ぺら、と紙をめくる音が続く。

「ここに書いてある通り、は吾輩の勝手でいいんだよな?」

「泳がせる奴らはできるだけ痛めつけておいてよ。それ以外は……」

ソージェマニーは手で首を切る仕草をする。タナカは嬉しそうに口角を釣り上げた。

「痛めつけるのは、ナカも、ソトも?」

「ぜんぶ。」

「はーい。」

タナカが紙の束を燃やしたのを確認し、ソージェマニーは月を仰ぐ。

ここハーヴェルト領から見える月は青白い。

パタン、とタナカが扉を開け、執務室から出ていった音を聞き、ソージェマニーは、笑う。

一言。

つぶやいて、彼はぐいっと背伸びをし、執務室から出ていったのだった。


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侯爵令嬢に転生したけど、常に命を狙われるモブの方でした。~とりあえず生かさせてください!~ 鬼灯あヰず @Hozuki-Eyes

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