第4話 私の名前が決まったようです(2)
ボーン……
低く、響く鐘がなる12時。
「客は来たのか?」
「う~~~ん……あっ‼来たみたいだヨ。」
夜の闇のような黒い髪を持つ少年が、大きく口を開けて笑う。彼は窓の欄干に親父座りしながらふりむいた。
「ナナシ、ご苦労様。もう帰って大丈夫だ。」
「なんてこと言うのさ、主。ボクが面白そうなことから簡単に離れるわけないネ。」
「それもそうだった。で、タナカは?」
「呼んだか~?」
ひょうきんな声と共に天井から、ふっとぶら下がりながら一人の男性が現れる。その明るい金色の髪が光を反射した。
「タナカも、もう帰っていい。」
「帰ってもどうせ暇や。しかも『も』ってことは、帰るならナナシ『も』ってことやろ、主?」
主は何も言わず、タナカを見た。
「ボクはゼッタイに帰らないヨ!」
「ほらな!俺はこいつを連れていくのは面倒くさいんだ。だから、俺は帰らない。」
二人の主張に声を上げて笑う主。
「まあ……絶対に特別手当は出さないけどね。」
「ケチ。」
「守銭奴。」
さらに笑い声が、黒い城の中でふくらむ。
「ん~楽しみだネ。タナカはあったことがあるんだーネ?」
「ああ!会ったぞ。と言っても向こうは吾輩のことを知らないがな!」
タナカが天井から床に移動すると、ひょいと窓枠からナナシが下りた。思い出し笑いをするタナカにナナシは口をとがらせる。
「タカ君だけなのケチ!ボクも会いたかったネ!」
「今日会えるじゃん、ね。ハト君?」
「だ・か・ら、ハトって呼ばないでよ~ネ。」
二人がじゃれあう様子をみながら、口角を上げる一人の男。
それが二人の主だった。彼が立ち上がると、冷たい白の髪がサラサラと舞う。
「ほら、出迎えに行くよ。」
「「はーい。」」
3人は、城を訪れる客のために入口へ移動した。
ドラマを見ている気分だ。
「ほら、もうすぐで12時だ。」
白い手紙のようなものを開きながら、ジェードは声を潜めて言った。リリーがうなずく。
暗い部屋にカーテンからの月明かりが細く差し、ゆれていた。私は外行きの白くてヒラヒラがたくさんついた可愛いベビー服を着て、リリーの胸に抱っこされていた。
いつも見ている部屋とは、雰囲気が違う。
ドキドキしてきた……
「よし、行くぞ。」
「はい。」
「だうっ!」
3人で、大きくて複雑な転移陣の上に乗る。
私人生初めての転移だ……!
ワクワクしてきた…
ジェードが息を吸った。そして白い手紙に息を吹きかける。
『転移!』
そして、それ呼応するように、場を謎のチカラが支配した。
あれ。なんだろう、これは。
何か暖かいものが体を包んでいるような……
ジュードが目を閉じる。リリーも目を閉じていた。
リリーが私の目を手で覆う。なんだろう、と思った瞬間に。
「だぅっ⁉」
いきなり光がリリーの手の隙間から漏れた。
え、まぶしい!
その黒い城は、影の城と呼ばれていた。
昼が訪れないという山頂にあり、常に白い月と星を背負う幻想的な城だ。
金色の鐘が、その影の中にぼんやりと浮かぶさまは、夜の太陽さながら。
「ようこそ、僕の城へ。」
玄関に立ち、にっこりと笑う二十歳くらいの青年。目を隠すほど長く、サラサラした白い髪を持つ彼が、この城の主人だ。
「今日は招待に応じてくれてありがとう。」
銀にも近い白い髪は、月明かりを反射し、まるで月の欠片のように輝いている。
「貴方が、ハーヴェルト卿ですか。」
「ええ、そうです。僕が、ソージェマニー・ロール・ハーヴェルトです。」
さらに微笑みを深めるソージェマニー。その笑みは魔力を持つように、すべての者を魅了するという。だが、それはジェードやリリーには効かなかった。
ソージェマニーはその髪の下で、目を細めた。
「そちらが、『漆黒の瞳』のお嬢さんですか。」
「はい。」
「ふぅん……」
リリーの腕に抱かれてすやすやと眠る幼女。転移の時に眠ってしまったらしい。
彼女の体から無意識に魔力があふれている。それが動いて、薄い見えない幕となり、リリーたちをソージェマニーの魅了から守っていた。
転移の時に眠ったのも、自衛だろう。転移陣に込めた自分の強力な魔力を受けた幼児の魔力が反応したのだ。
それにしてもなんてのんきに寝ているのだろう。
ソージェマニーは考えた。
(おもしろい。)
「そこに座って。ああ、気楽にしていいよ。」
卿が三人を案内したのは、暖かい光が行き届いた部屋だった。
ジェードがソファーに座ったのをみて、お嬢様をしっかり抱き締めながら座る。お嬢様の安らかな息を聞くと、だんだん落ち着いて部屋を見ることができた。
そうだ、冷静にならないといけないわ。お嬢様は絶対に守るのよ。
眉間に力を入れる。
華美すぎる装飾はないのに、どこか洒落ていて上品な部屋。
ここは客間かしら。
入ってから屋敷を観察していたが、神秘的な禍々しい黒い城の中は、窓から静かな月明かりが差す、寂しげな城だった。
でも、掃除はしっかりされていて、蜘蛛の巣はもちろん、埃ですら無い。
侍女やメイドは見当たらなかったけれど……実際城に入ってから卿の姿しか見ていない。どういうことでしょう?
「ここの領だけで生産されるお茶です。この領だけにある、咲くときに氷に閉じ込められる花が原産なのですが、その氷の花にお湯を注ぐと、お茶の色が変わり、同時に匂いもたつのです。王都ではそのお茶の色で占いをするお嬢様方やご婦人方がいるようですね。」
そういいながら棚から白磁に金の蔓が装飾されたポットと、おそろいの三つのカップを出す。そして、透明な小さなケースも出した。ケースからコロコロと音がする。
カップに、ケースの中に入っていた小さな氷の塊を入れ、ポットからお湯を注ぐ。カップからふわりと湯気が沸き立った。上品な花の香り。
「……ヘーヴェルトフロストだな。」
「さすが、ご存じでしたか。領で生産されたもののうち、小さいものや劣るものを城で安く仕入れているのですが、香りも味も、なかなかですよ。」
へーヴェルトフロストとは、王都の上級貴族の間でどうやっても手に入らないと高価なお茶で、味もよく見栄えもよく、効用もよい有名なブランド茶。
さらに、
例えば、美容、体力増強、安眠……その効用だけでも多いのにさらにかけ合わせれば十を超し、百ぐらいはあるかもしれない。
なんのために?
卿がにっこりと笑う。
ハーヴェルト卿の微笑みは魔力があり、老若男女問わず惹きつけるのだと屋敷のメイド達から聞いたことがあるが、この人の顔は全然タイプじゃない。私は強くて素直な、豪快に笑う人が好き。
「ほら、見てください。お茶の色が変わってきましたよ。」
ジェードが面白そうにカップをのぞき込む。
「これはすごいな。」
「おや、見るのは今回が初めてですか?」
「遠目から見たことはあるが、人から淹れられたのは初めてでね。」
ジェードの話に耳を傾けながら、少し屈んで目の前に出されたお茶の色を確認する。
へーヴェルトフロストの花の中心部から、だんだんと色づいていっていた。
花が咲くようで、かわいらしい。流石、ご令嬢たちの間で流行るものだ。
「オレンジ、ですね。」
頭上からいきなり声がして、ギョッとと顔を上げる。
見るとさっきまでジェードのそばにいた卿が自分のお茶をのぞき込んでいた。
白い髪に隠れていた目は細く閉じられて入れ、瞳の色がわからない。
何を考えているのか、わからない。
「先ほど、色を使った占いがあると言ったでしょう?」
「……もしかして、このお茶にもあるのですか?」
「ええ。質は落ちるのでほぼ仮定に近いですが。一応できますよ。」
「おr……私は紫だな。あまり飲みたいと思える色ではないが。」
「まあ、香りでわかる通り、味に変わりはありません。」
ジェードが首をかしげる。手でひげを撫でた。
「ところで、色で何を占うんだ?」
「今回のへーヴェルトフロストは、雑種なので未来予知関係はできないのですが、だいたいは今感じている気持ちを表します。」
「ほお、それはおもしろいな。」
今感じている気持ち……?オレンジ色ってどういう気持ちでしょう?
「それですら不正確なので、正しくはいくつか感じている気持ちの一部ですが。」
「「……」」
「まあ、特に意味はないです。変化を楽しんでほしかっただけなので。」
卿がクツクツと笑う。
ジェードはニカッと笑って、
「ああ!とてもおもしろかったよ。おいしくいただこう。」
と言った。
正気だろうか。警戒心がなさすぎる。
「それは良かった。」
卿は一口、自分の茶に手を付ける。そういえば、卿の茶の色は赤だった。
何て風変わりなお茶なのだろう。
「そうだ、質が落ちているから、魔力による効力もほぼないんだ。あまり期待はしないでほしい。」
「もともと期待などしていない。こんな紫のお茶に効力があるといわれてしまうと逆に疑いたくなってしまう。」
ジェードがカップを持ちながら茶を眺める。
紫のお茶……ものすごく鮮やかな紫だった。オレンジのお茶は普通にあるからあまり抵抗はない。
「私の物と交換しましょうか?」
「いいのか?」
「お茶の色にこだわりはないので。」
「待っ……」
「「ん?」」
制止しようと右手を上げた卿が苦笑した。
「はあ、気が早い方たちですね。」
「どういうことだ?いや、面白いが。」
ジェードが紫色のお茶が入ったカップを私に渡す。すると、そのお茶はオレンジに変わってしまった。
今度は私がもともと持っていたオレンジのものをジェードに渡す。その手に渡ると、それは紫になった。
何度繰り返しても、ジェードが紫、私がオレンジだというのは変わらない。
ジェードがうなる。
「俺は紫の紅茶を飲むしかないのか?」
卿は困ったようにうなずく。
「実は、その
「つまり、質が良くて『今の気持ちが分かる』効用のへーヴェルトだと……」
「……飲んでいる間に感情変化があると色も変わります。」
「ほぉ!それは屋敷に一缶は欲しいな。」
ジェードが楽しそうにしている。
でもそこまで精度が高いお茶は果たして観賞用なのでしょうか。
「それほど質がいいものはほぼ無いので売れないのですけどね。あくまでも占いとして売り出すので。」
たまに卿は私の心を読んでいるのではないかと思ってしまう。
卿がもう一口お茶を飲む。ジェードもあきらめて飲むことにしたようだ。
私も口をつけた。
静寂が続く。
冬の気候で寒いと思っていた部屋は暖かく、屋敷は綺麗。出された紅茶は質が劣るといっても貴重なもので、何より美味。卿はにこやか(本心はわからないが)で、殺気も嫌な感じもしない。しかも向こうはお嬢様に名前をくださるという。
これはもう、警戒し続けている方が失礼かもしれないわ。
「では、卿。本題に入る前に一つお聞きしてもいいでしょうか。」
「はい。如何しました?」
ジェードが笑みを保ったまま言い放つ。
「先程から天井にある気配は何でしょう?」
「……!」
私はさっと警戒を強めた。ジェードの目が笑っていない。
「ああ……やっぱり気づかれていましたか。」
「何か後ろめたい事でも?」
「いえ……彼らは僕の優秀な部下です。」
ジェードの冷たい目線にも卿は笑って返した。
「はあ……だから家に帰れって言ったのに。」
卿が天井を見てつぶやく。
きっとそこに『部下』がいるのだろう。私にはわからない。
「あー……もう!いいや。いい加減に出てきて、二人とも。もうバレてる。」
ため息とともにいきなり卿の口調が崩れる。
「え~主、もうその口調やめちゃったネ~?」
「やめろ。どうせ俺は丁寧に生きられない。」
「あーやっぱりその方が主だわ~」
ふてくされたように卿は前髪を掻き上げる。
ジェードが豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。
たぶん、私もそんな顔になっている。
卿の笑みは、まだ顔から消えていない。だが、がらりと雰囲気が変わった。
それだけではない。
「ジェード・ミュレさんとリリー・ミュレさんだったよネ?ナナちゃんだヨ!」
相も変わらず黒いフードに体をつつむ黒い髪の少年。
「吾輩は初めてだな。ナナシと同じく、
身長が卿よりも高く、猫背の明るい金髪を持った青年。
その二人に挟まれて黒い笑みを絶やさずも、口調が年相応になった卿。
ひくり、と自分の口角が動く。
「卿、そんなに軽い口調でもよいのですか。」
思わず聞いてしまった。
「今更何の噂が増えるというのさ?俺の噂なんて死ぬほどある。はぁ~。」
ため息をつく卿。
本当にこの人がさっきの気持ち悪いほど良い性格の卿だったのだろうか。
「気にすんな。主は眠くて思わず口調のスイッチオフにしちゃっただけなんだよ。性格はこっちが本性だ。」
「眠くない。」
タナカが卿の顔をつつく。卿が髪を掻いた。もうすでにぼっさぼさである。
「じゃ、わたk…俺も軽く行こうか。」
「ジェード⁉」
ジェードまでもが口調を崩してしまった。
「おっさん、いいね~。吾輩、ノリ良い人好き~!」
「も~タカ君。お客さんをおっさんって呼ぶんじゃダメネ!」
「ハッハッハ、君たちから見たら俺はもうおっさんだよ。」
「いやでもまだ若いネ。僕これでも君より年上ヨ。」
わちゃわちゃしている。
私たちは、お嬢様の名前をもらいに来たはずなんですけれど……
お嬢様がこの騒ぎでも起きないことが不思議でたまらない。
相も変わらず寝息を立てるお嬢様を見る。
なんて気持ちいい寝顔……
はぁ……
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