深夜0時を食らう
めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定
第1話
「……今日もチャンネルを開いてしまった」
もう見たくないと何度思っただろう。
それなのにこの時間になると見てしまう。
ブックマークからは何度も外した。
チャンネル登録も何度も外した。
何度も外せるということはそのたびに登録し直してしまっているわけだ。
俺の意志が弱すぎる。
見ているのはいわゆる動画配信の映像だ。
なにも珍しくはない。
このチャンネルは特にバズったこともないし、登録者数もこの半年の間ずっと三桁台だ。
別に人気があるわけでもない。
でも見てしまう。
スマートフォンに映し出されるLIVEの文字。
映し出される時間は現在の時刻0:00のデジタル表示。
そして無駄にデカいフォントサイズで表示される本日のメニュー。
なんと「肉」の一文字だけ。
素人にはなんのことかわからないだろう。
このサイトの常連ならこの一文字だけでわかる
今日のメニューは焼肉かステーキだ。
それも特大サイズの肉盛りだ。
文字数が極端に少ないときは配信者がお腹が空きすぎてメニューを考えるのが面倒になった時だ。
気合をいれるとフォントサイズがデカすぎてメニュー名の半分が見切れることがある。
こうなるとこの配信者は一切喋る気がないので完成形を見るまでなにか分からない。
たまに完成形を見ても何の料理かわからないことがある。
作っている本人すら感覚だけで創作料理を作っている回もあるので余計に訳が分からない。
案の定画面に表示されるのは五百グラムはあろうかという肉塊だった。
それを包丁を持った少し疲れた表情の女性が切り分けていく。
顔は美人に分類されるだろう。
なにも喋らないし、化粧気もなく、無表情。
ジャージ姿で豪快に男の料理を作る姿は姉貴の異名で親しまれている。
登録者三桁のチャンネルで親しまれているだけだが。
分厚く切ったステーキ肉。
豪快に切られて二人前。
約二百五十グラムのデカいステーキが二枚だ。
熱されたフライパンに豪快にサラダ油が投入されている。
少し溜まりができるほど。
どうやら揚げ焼き風らしい。
そこには薄く切られたニンニク片が何枚も泳いでいた。
パチパチという音が画面も見たし、白かったニンニクも茶色を帯びてくる。
その間に姉貴は肉に塩コショウを振っていた。
何回かけるのかと言うほど豪快に振っていた。
少しかけ過ぎたと思ったのか肉をはたいて余分な塩コショウを落としてさえもいた。
まさに男の中の男である。
さすが姉貴だ。
姉貴は肉をフライパンの中にステーキ肉を投入する。
二枚とも一気だ。
ジュ――――という音とともにステーキ肉が一気に焼かれていく。
火力が強いのだろう。
一分もしないうちに肉がひっくり返されて焼き目がしっかりついていた。
上面はちゃんと揚げ焼きになっている。
姉貴は火を消してそのままフライパンに蓋をした。
肉に火を通すためだろう。
その間にご飯の準備をする。
白米だ。
毎回炊いているので早い段階で省略されたが一合はある土鍋ご飯だ。
実に旨そうだが深夜には重すぎる。
そんなツヤツヤの白米をどかんと丼に盛っていく。
この姉貴の姿に何度惚れてしまったかわからない。
男として尊敬せざるえない。
丼の準備を終えるとフライパンの蓋を外した。
そして箸で重いステーキ肉をまな板の上に移す。
二枚ともだ。
生肉を切ったまな板はすでに洗われて立てかけられているので安心してほしい。
姉貴の動画で不衛生な汚さは一切ない。
ただどこまでも男らしいだけだ。
包丁で約一センチ五十ミリメートルほど切り分けられていくステーキ肉。
中は少し赤みが残っているミディアムレア。
絶対に焼く時間とか計っていない感覚派なのに姉貴が焼き加減でミスしたところを見たことがない。
リスペクトだ。
実に旨そうなステーキの完成だ。
皿にはステーキしかない。
普通ならば野菜や付け合わせが用意されるが姉貴には不要だ。
ただ目の前の肉を食らい、丼の白米を頬張るのみ。
それがとても旨そうなのだ。
余計なモノは何もない。
胃もたれするぞ。
深夜に食うと太るぞ。
そんな常識なんて捨ててしまえとばかりに食い続ける。
瞬く間に一枚目のステーキがなくなり、ついでに丼のご飯もなくなった。
姉貴は丼を持って土鍋に向かう。
あの丼二杯で一合炊きの土鍋ご飯がちょうどなくなる。
毎回思うがその姿は芸術的ですらある。
姉貴が美術館に飾られていたら俺はその芸術の前に涙して拝むだろう。
再び復活した丼ご飯。
姉貴は一切れずつ食べていたさっきとは違い、切り分けられたステーキを全て丼ご飯の上に乗せた。
オンザライスだ。
ついでに皿に残っていた肉汁込みの油も全部丼ご飯にかけてしまう。
姉貴に怖いモノなんかない。
この流れはついにあれがチャンネルに投入されるのだろう。
姉貴と土鍋ご飯以外だと肉塊と並んで準レギュラーのアレだ。
冷蔵庫から姉貴が取り出したのはお馴染みの焼肉のタレだった。
それを豪快にかけてステーキ丼の完成だ。
美味くないわけがない。
姉貴の箸は迷わない。
ただひたすらに食い続けるのみ。
たまに頬っぺたにご飯粒がついているところさえ愛せる。
俺は姉貴に惚れている。
異性としてはどうかと思うが姉貴が一声召集をかければ海外だろうと駆けつけるだろう。
このチャンネルを見ている奴らはそんなバカばかりだ。
いつの間にか丼の中身は空になった。
姉貴は最後まで喋らない。
そのまま洗い物を済まして画面も真っ暗になる。
このチャンネルの動画を見終わったあとは無性に腹が減るのは言うまでもない。
今も無性にステーキが食いたい。
でも我慢だ。
俺は瘦せ型の姉貴とは違うので太ってしまう。
この時ばかりは尊敬する姉貴を呪う。
むしろなぜ姉貴が太らないのか謎だ。
お願いだから少しは太ってくれと呪う。
でも姉貴はずっと痩せ型でニキビもできない。
そしてチャンネル登録を外して、もう二度と見ない決意をするのだ。
でもまた見てしまうのだろう。
「……腹減ったな」
深夜0時を食らう めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定 @megusuri
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