第32話 運命の楔は断ち切った。君の人生はここから始まる。



 デリット強襲作戦から数日後、天羽の紋章絶技によって蘇生された八神たちは通常通りの業務に戻っていた。


「紫姫たんたしゅけて〜! 書類が、書類が終わらないよぉぉおおお〜」

「半分やってあげてるでしょうが。私だって眠ってる間に溜まった書類片付けないといけないんだからそんな余裕ないの。そもそも、割り振られた仕事くらい自分でしなさい。先輩でしょ」

「後輩が正論でイジメりゅぅぅ〜!!」

「舌ったらずに言っても見苦しいだけだからさっさと手を動かす」

「ぐすんっ」


 静は相変わらず書類が苦手なようで、八神に半分手伝ってもらって尚、一向に進んでいなかった。

 いつも通りならば、八神が代わりに引き受けてやっても良かったのだが、今回ばかりは話が別だ。

 蘇生から暫く眠ったままだったため、その間に溜まった書類が山のように溢れかえっているのだ。

 と、言っても大半はデータ書類なので見た目的には多くないのだが、処理する手間は普段の倍以上。

 頭も容量も良い八神や凍雲ですらギリギリなので、これ以上構ってやる余力などなかったのだ。


「静、諦めて」

「それはどっちの意味?」


 身長が低くて椅子に座ると僅かに足がつかない為、ぷらぷらと揺らしながらルミが静を諭す。


 しかし、これはただ“諦めて書類仕事をしろ”と言ってるわけではないだろう。

 “素直に書類仕事に励む”か“ルミに手伝ってもらって散財するか”の二択を迫っていると静は読み取った。


 八神に手伝ってもらった場合は修行相手をするだけなのでプライスレスなのだが、ルミの場合は大量のお酒を貢ぐ必要がある。

 それも高級日本酒ばかりだ。

 幾ら独り身で、高給取りな特務課職員といえど、うん十万円の出費はでかい。でかすぎる。


「当然。酒を寄越せという意味」


 ルミの返答は後者。案の定酒だった。

 “このロリッ子酒賎奴しゅせんどめ”と恨めしげに言うと、間をおかずスパァンッ! と小気味良い音を鳴らしてはたかれる。


「ロリは不要。次言えば八神にも手伝わないように言うから」

「それだけはご勘弁願いますお姉様!!」

「……それはそれでなんだかムカつく」


 心にもないお姉様呼びに血管を浮かせながらも、酒と引き換えに書類仕事を手伝うという商談が成立したことで、静の書類仕事を手伝うこととなった。

 ルミは書類仕事の処理能力は第五班内では並程度だが、蘇生組ではないので仕事が溜まってはいなかったのもある。


「う〜ん、できれば自分の仕事は自分でやってほしいんだけどねぇ」

「あら、それは無理な相談じゃない? 彼女の悪癖は何も今に始まったことでもないのだし」


 ソロモンの苦笑混じりな言葉にマシュが応える。

 マシュの言う通り、静のこの悪癖は八神が特務課に来る前からのものだ。

 それまでもルミやマシュ、糸魚川がなんだかんだ条件をつけて代行してやっていたのだ。凍雲だけは絶対零度の視線で“自分でやれ”と突っぱねていたが。


「貴様らが甘やかすからだ。残業させてでもやらせればいい」

「でも、一度それをやったけど、結局は泊まり込みでやっても終わらなかったでしょ?」

「…………ハァ、そうでしたね」


 ソロモンの言葉に嘗て一度だけ行った、凍雲監修残業チャレンジを思い出す。

 

 静がサボらないように凍雲がつきっきりで書類仕事をやらせたのだが、結局翌朝になっても終わらなかったのだ。

 こうなってはもうどうしようもない。

 記憶の底に封印していた悍ましき記憶を思い出した凍雲はため息を溢すと、我関せずと決め込んで書類仕事に没頭する。


「ま、まぁ良いじゃないですか。仲間をカバーするのが組織だって班長いつも言ってますし。静さんには任務でいつも助けてもらってますしね」


 そうフォローしたのは糸魚川だ。

 大人しい性格であまり自己主張しないタイプであるが、見るに見かねたのかフォローに入ったのだ。

 彼の言う通り、ソロモンは常日頃からこれを説いている。


 一人はみんなの為に、みんなは一人のために。

 誰かの欠点は他の誰かがカバーする。

 そうして助け合うことこそが組織の意味であると。

 実際、書類仕事ではポンコツな静も実戦任務では活躍することが多い。

 民間人は当然として、非戦闘員であるマシュや糸魚川を助けることも多いのだ。


「そうだね。まぁ、無理せず自分の出来ることをやれば良いよ。足りない部分は僕らがカバーする。それが組織っていうものだからね」

「さっすが! 分かってるぅ」

「調子づくのは良いけど、出来る範囲ではちゃんとやってね」

「はーい」


 そうして、一人の少女が新たに加わった特務課第五班は正常に回る。

 誰一人欠けることなく、この先も、ずっと先も共にいられるようにと切に願う。

 常に危険が伴う職場だ。

 もしかしたら、それは叶わない願いなのかもしれない。

 だけど、祈りはきっと届く。

 手を伸ばし続ければ、願いは叶う。

 それぐらいの救いはあっても良いはずだ。


「ずっと、この瞬間が続けばいいな」


 騒がしくも和やかな職場風景を見て、八神は密かに笑みを浮かべる。


 これこそが、望んでいた光景だ。

 冷たく無機質な研究施設で造られて、人工天使として利用されるだけの運命。

 その運命を仲間と共に切り拓いて手に入れた、特務課という新たな居場所。

 温かな仲間達と時に笑い、時に衝突し、時に背中を預ける。

 そして、誰の思惑も関せず、己が手で人生を切り拓く自由を手に入れた今、漸く始められる。



—— 八神紫姫一人の人間としての人生を。

 


「さぁて、まずは仕事を片付けるか!」



〜Fin〜


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【読み切り版】明けの明星〜ルシフェルを宿す少女は己が人生を切り拓く〜 ラウ @wako-bird

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