一方通行の真夜中の逢瀬

伊崎夢玖

第1話

僕は死んだ。

事故だった。

人が死ぬのは、意外とあっけないもので、正直自分でも「あぁ、死んだのか…」くらいの認識。

親兄弟は「めんどくさい…」と言いつつ、僕の死後の手続きをしていた。

正直、親兄弟とは仲がよくない。

ゆえに、僕が死んでも悲しむことはなかった。

そんなこんなしているうちに葬式も滞りなく終わり、僕がやらなければならないことといえば、成仏だけだった。


「なんで死んじゃったの…」


そう呟きながら真夜中に泣く声がひとつ。

僕の彼女。

世界一、いや、宇宙一愛していた人。

彼女が今泣いてる。

僕を思って…。

これが成仏できずにいた理由。


『どうか泣かないで』


そう彼女に言ったところで、僕の声は届かない。

だって、死んでいるから。

当たり前のことだ。

次から次へと大粒の涙が彼女の目から零れ落ちる。

僕はそれをただ見ているしかできない。

届かないとは分かってるけど、声を掛けずにはいられなかった。


『僕のことは忘れて新しい恋を見つけて』


僕の呼びかけに反応を見せず、泣き続ける彼女。

どうにか僕の存在を知ってほしくて、彼女の部屋の物に片っ端から触れていった。

カップ、電気のスイッチ、テレビのリモコン…。

どれもハズレ。

最後に、触れたのが生きている時に最後にデートで行った遊園地のぬいぐるみ。

今まで感触がなかった手のひらに、明らかに触れた感触が伝わってきた。

ベッドサイドに置かれていて、落ちるはずのないところに大事に置いてある。

それが床の上に落ちた。

彼女がビクリと肩を震わせて驚く。


「そこにいるの?」

『いるよ』

「どこにいるの?」

『ここだよ』


聞こえるはずのない声を掛け、触れられるはずのない手で触れる。

愛しそうにこちらを見上げる彼女。

僕はこの顔が好きだった。

死ぬまでずっと僕に向けられるはずだった彼女の顔。

もう僕の手から解放してあげなくちゃ。

彼女が前に進めない。


「ねぇ、どこにいるの?」

『ここだよ』

「まだ一緒にいたかったよ」

『僕もだよ』

「寂しいよ」

『僕もだよ』

「私もそっちに行っていい?」

『それはダメ』

「ダメって言ってるんだろうな」

『分かってるなら言わないの』


この時、僕の中で一抹の不安を感じた。

今のは冗談で言ったのは分かっているのに、このまま彼女がこちら側へ来てしまうかもしれないというものだ。

それだけは絶対阻止しなければならない。

僕は無駄だと分かっていても、彼女を抱きしめずにはいられなかった。


『絶対こっちには来ないで。お願いだから。来ても、僕が追い返すからね。

君は生きて。そして、僕のことは忘れて、新しい恋を見つけて、幸せになって……』


僕の思いが届いたのか、彼女がびっくりした顔でこちらを見上げる。

きっと見えてはいないし、聞こえてもいない。

でも、何かを感じたんだろう。


『ごめんね。さようなら。いつまでも見守っているからね』


ようやく彼女に思いを伝えることができた。

とても満足した気分だった。


――そして、心残りがなくなった僕は、成仏した。

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一方通行の真夜中の逢瀬 伊崎夢玖 @mkmk_69

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