異世界料理研究家、リュウジ短編集⑩〜KAC2022に参加します〜

ふぃふてぃ

砂利豆と竹砂糖のつぶ餡子

 ルティの実家、ライネ村から古き都リゼルハイムに、巨大な怪鳥グリフィンに乗り帰る。ピューイは暖色系の羽根をはためかせ、目的地手前で降り立たった。魔力を使い切った怪鳥は見る見る、小鳥ほどの大きさに萎んでいく。


「夕飯に間に合うかな」

「朝取れだから新鮮うちに食べないな。野菜嫌いの子供も喜んで食べるだろうな」

「……だと良いわね」


「ぴゅぅい」


 申し訳なさそうに項垂れる小鳥。それでも、夕刻には谷に囲まれた自然の要塞都市リゼルハイムが見えてきた。


 板張りの頑丈な橋を渡り切る。鎖で繋がれた可動橋は、俺たちが渡り終わると端から跳ね上がり夕空にそそり立つ。俺とルティは商業ギルドを早足で抜け。街の北東。俺らの福祉ギルド「満腹食堂」を目指した。



 俺は異世界料理研究家リュウジ。異世界のあらゆるモノを調理して……。


「リュウジ!早く来て」


 俺たちのギルドは屋根のない平屋。中は伽藍堂がらんどうとしている。本来なら、この時間は子供達が食事を待っていて、賑わっていれハズなのだが……。


 ザザッ!と玄関先。多数の足音が聞こえる。


「我々は騎士団治安部隊。『リゼルハイムの福祉ギルドが作った料理で多数の腹痛者が出た』とカーベルンから報告が届いている。君達には騎士団本部まで御同行を……」


「ふざけないで!私たちはカーベルンをワイバーンから救ったのよ」


 問答無用というふうに腰のサーベルを抜く騎士団。その数はざっと見て二十は超える。ルティは退路の確保に思考を巡らしているようだ。俺もフライパンをグッと掴み少女の判断を待つ。


「僕の友人に手荒な真似はしないで欲しいな」


 声に従い男たちが左右に散る。軍の中央に道が出来る。そこから、見たことのある男性が歩み寄る。


「ここは僕を信じて武器を納めて頂きたい。リュウジ君」

「ラインハルト!」


「貴様、騎士団長を呼び捨てにするとは無礼な!」


 ラインハルトは騎士の罵詈雑言を片手一つで制する。この前とはオーラが違う。ラインハルトは、あの水山羊ウォーターゴートゥを倒した程の手練れだ。


 俺とルティはアイコンタクトを取る。2人がかりでも勝算は見込めない。ピューイも昨日からの戦闘で魔力切れを起こしている。


 逃げるにしても至難の業だ。


          ○


「出せ!ココから出しなさいよ!」


 ひんやりとした石の牢獄。鉄の格子戸には頑丈な南京錠。斜陽が小さな鉄格子の窓から入り込む。


 日没。唯一あるのはフライパンと、ルティが捕まるときに咄嗟に隠したダガー。食べ物は全て没収され、携帯食の竹砂糖だけがバックパックに大量に残っている。


 ぐぅと隣座る少女から腹の音が聞こえる。


「あぁ、もう。大声出したらお腹がすいたわ」


 せっせとクチバシに木の枝を掴み、運ぶ入れるピューイ。小さなグリフィンは手がやっと届くかくらいの高さにある鉄格子の窓から入り込む。俺は小鳥の頭を撫で、枝に火を灯してもらった。


「ピューイ!」


 火焔攻撃はグリフィンの得意技だ。今は魔力切れを起こしていて心許ないが、それでも枝には、しっかりと火が灯った。


 フライパンに水を注ぎ豆を入れる。


「アンタね。これ砂利豆よ」


 砂利豆とはバリンジュの木から大量に落ちる豆の事だ。殻を砕くと砂利のような細かな種子が入っているので砂利豆と呼ばれている。

 

 バリンジュの生える北区は、食に困る浮浪者多い。それでも大半の人々は、砂利豆を食べようはしない。エグみと食感。そのままでは食えたモノではない。


「こんなの食べモンじゃないもの!」


 道端に落ちてる砂利豆を食事として提供するのは牢屋くらいなものだ。


――笑えないな


 フライパンの砂利豆に、ルティの魔法で水をを足す。砂利豆を浸す。沸々と煮える砂利豆。黄金に輝くフライパン。


 このフライパンが黄金に光るとき、不思議なことに中の料理にはムラなく火が通る。砂利豆も例外ではなく、水を吸い膨れる煮豆。柔らかくなった紫色の豆を一掬い、口に放り込む。


「ジャリジャリしないの」

「おう、大丈夫だ」


 煮汁を捨て竹砂糖の汁を加えていく。その間も煮出しながら豆を潰していく。冷たい風に温かな甘い水蒸気が部屋を包む。鉄格子から入り込む月明かり。


――もう夜更けか


「へぇ。砂利豆を料理するとは興味深いね。流石はリュウジ君だ。そこにいるんだろ。どうせなら昔にそのレシピを知りたかったよ」


「アンタね。勝手に閉じ込めておいて流暢に耽ってるんじゃないわよ」


「ハハッ。そうだったね。すまない。騎士団を欺くのに時間がかかってしまった」


 そう言うとラインハルトは手に持つ巨大な大剣を振るい石壁を破壊する。切り口は鮮やかに、石切で加工したかのようにバラバラに石壁が破壊され、最後にカランと小さな格子窓が地面に落ちた。


「此処は面白いよね。ドアだけ頑丈なんだから」

「普通に考えて、石壁を壊せるのアンタくらいだからね」


 唖然とするルティ。


「そうかな、他にも……おっと、話は後にとっておくとしよう。衛兵が来る」


「捕まえたり助けたり、アンタはどっちの味方なのよ」

「僕は無駄に血を流したくないだけだよ」


 そういうと北区、廃墟のような場所に案内された。日干し煉瓦のような壁。天井は崩れ落ちて吹き抜けになっている。


 ラインハルトは剥き出しになっている床に何やら不思議な装置を突きさし、魔法陣を書いていた。


「ゲートを繋いでいるんだ。さすがに警備が厳しいからね。リゼルハイムで争わずに脱出するには、この方法しかないと思って」


「ゲート?」と首を傾げる少女。どうやらゲートを知らないのは俺だけではないようだ。ラインハルトはゲートについて説明はしてくれたが、難解で理解できるような内容ではなかった。


「簡単にいうと、繋いだ場所に瞬間移動が出来ると……」


「そうだね。でも、安定するまで時間がかかるんだ。夕飯にしようか……とは言ってもパンくらいしか持ってこれなかったが」


 フランスパンをダガーで切り分け先ほどの餡子をつける。


「美味しいわね。これが砂利豆なの」

「君は凄いな。コレが砂利豆か。僕まで頂いちゃって、すまないね」


 疲れた体にほんのりとした甘みが染み渡る。ピューイも喜びの余り飛び回る。


「アンタ、見つかったらどうすんのよ」とルティの一喝にションボリする小鳥。


「大丈夫。北区は元老院側のテリトリー。騎士団が動く場合は許可証が必要なんだ。今は真夜中。どんなに急いだとしても、夜明けまでは動けないハズだよ」


「ほぉ」と感心する俺の横、ルティはフン!と鼻を鳴らす。


「それよりね。アンタ、フィリアは無事なんでしょうね?」

「大丈夫だ。フィリア様は、リゼルハイム騎士団の手に渡る前に僕が保護した。今はバルボア様のところで親子水入らず、世界の平和について語り合っていることだろうよ」


「バルボアですって」

「バルボア?」


「リュウジ君は転生者だったね。バルボア様は優所正しき皇居の血筋、セイラ・マーガレット様の婚約者だったお方だよ。ディシュバーニー帝国の司祭を務め、世界を平和に導くため尽力する。光の女神アステカ様に認められた唯一の聖職者」


「違う。バルボアは世界の混乱の元凶。リゼルハイムを廃都に追いやった、黒き魔物をけしかけた張本人。そんな奴とフィリスが……なんで」


 ルティの物言いに顔を歪ませるラインハルト。


「戦乱は話を捻じ曲げる。会えば全てがわかるハズだよ。さぁ、バルボア様がお待ちだ。もちろん、フィリア様も……君達にはフィリス。そちらの方が馴染み深いだろうけどね」

               

           〇


 ゲートを潜ると、そこは別世界だった。


 天井は高く、豪奢なシャンデリアが存在感を放っている。赤い絨毯、鎧騎士の置物、大きな絵画。どこを見ても、豪華絢爛が散りばめられている。


「ここは……どこだ……?」

「ディシュバーニー国王の治めるアルバトリア宮殿。バルボア様は奥にいらっしゃる」


「フィリスもいるのよね」

「あぁ、フィリア様も一緒だよ」


 大剣の騎士が先頭を歩く。見えてきた頑強そうな扉。その扉の両隣りにいた兵が、ラインハルト見て姿勢を正し開門する。


「ようこぅそ。我が国、我が城へ」


 煌々と燃える燭台。料理が陳列する長テーブルの先。「クハハハ!」と豪快に笑う白髪の男性。威圧感のある大柄な男の年齢は五十か六十か、いまいち掴めない。


「「フィリス!」」


 その男の横。純白のドレスを着飾ったフィリスが目が入り、俺たちは走り出した。




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