〆切が明日だから徹夜してるのに隣は夜食を食っている

闇谷 紅

うがあああっ、ハラ減ったあぁぁぁぁ!


 思い出さなければ、きっと幸せだったのだろうか。


「いや、締め切りに追われてる時点で幸せもくそもねーぞなもし」


 思わず自分にツッコミを入れて現実逃避する時間があるなら作業を進めろと人は言うだろう。自分でも思うが、人は感情の生き物でもある。


「他の音が呆れるほど何もしない中でさぁ――」


 夜食をむさぼる音だけが聞こえたらどうだろうか。思い出してしまうのも無理がないではないか、後回しにして蓋をしていた空腹というものを。


「何か作るにしても手間がかかるし」


 こういう時に限ってすぐできそうなものを切らしている、お湯を注いで数分待つだけのカップ麺の類とかを。


「炊飯ジャーの中身は空だ」


 安易にご飯を握って塩振りかけて食うのも無理。


「冷凍食品? 出かける余裕も飯作る余裕もなくて夕飯で最後の一つを消費しましたが、何か?」


 棚にあったスナック菓子は背水の陣を敷くため昨日食べた。無事締め切り前に作業を終わらせたら新しいのを買いに行こうと自身に言い聞かせて。ゆえにこの部分は身から出た錆かもしれないが、悲しいまでにすぐ作れるモノは何もない。


「深夜でもコンビニとかならやってるだろうけどなぁ」


 今は買い出しに行ってる時間も惜しいし、手間をかけて何かを作る時間も惜しかった。作業が終わっていないのだから。


「というか、この時間に何食ってるんだ、お隣」


 太るぞと八つ当たりめいた言葉をこぼす。何か食ってる音が聞こえるのだ、こっちの声だって届くはず。


「うぅ」


 ささやかな意趣返しはしたつもりだが、思い出してしまった空腹はごまかされてくれない。ああ、お腹が減った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

〆切が明日だから徹夜してるのに隣は夜食を食っている 闇谷 紅 @yamitanikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ