繋がらない世界

於田縫紀

私の快適時間

 午前2時を過ぎた。

 もう終電帰りの連中も飲み屋から追い出された連中もいない。

 絶好のお散歩時間だ。

 私はマイバッグ代わりのディパックを引っかけ、部屋を出る。


 外は予想通り静か。

 大通りを時折通る車の音くらいしかしない。

 今日は風もないのでそういった音もしない。


 暖かくなってきたな。

 そろそろもう少し涼しい格好でいいだろうか。

 歩きながらそんな事を考える。


 純粋に気温だけで外出スタイルを考えられる。

 それが当たり前なのがこの時間のいいところ。

 誰も私の格好を気にするような人はいない。

 というか、そもそも人と会わない。


 強いて言えば買い物をするコンビニや深夜スーパーの店員くらいかな。

 いつも眠たげな彼らが客の1人1人を気にしているとは思えない。

 他の客も他人に構わず、自分の買い物をしたらさっさと去って行く。

 真夜中はそんな無関心で居心地のいい世界だ。

 

 いつからだっただろうか。

 昼間に外出するのが苦痛になったのは。

 前の仕事を辞めたのは2年前だから、その少し前か。


 外出すると急に心拍数が増え、嫌な汗が出る。

 我慢しているとまずは手首付近から、そして腕、横腹に蕁麻疹が出てかゆくなる。

 それでも我慢していると頭痛と吐き気に襲われる。

 そんな感じで。


 内科でも皮膚科でも、心療内科でも原因はわからなかった。

 ただ通勤するのが無理になったから会社は辞めた。

 幸い社畜生活を続けていたので貯金はある程度あった。

 それで通販頼りで外出しない生活を続けた。


 夜に外出できる事に気づいたのはそんな生活を続けて、季節が夏から秋に変わった頃だった。

 通販の注文し忘れで食料が切れた。

 仕方なく一大決心をして、せめてもの抵抗で抗ヒスタミン剤を飲んで、そして最寄りのコンビニまで出かけたのだ。


 出てすぐ気づいた。

 静かだと。

 風が木々等を通り抜ける音、遠くを車が走り去る音。

 それらだけ。

 他人の気配がない。


 快適だ、何となくそう感じた。

 そして少し歩いて確信した。

 嫌な汗が出ない。

 動悸がしない。

 以前なら蕁麻疹もそろそろ出る頃だ。


 約3分歩いてコンビニ到着。

 他人の気配がある、その事で少し動悸を感じる。

 まずい、このままではやっぱり……


 早々に逃げようと、残っている適当な弁当を2個選択。

 さらにスパゲティの乾麺と缶詰をカゴに放り込んでレジへ。


「いらっしゃいませ。お弁当は温めますか……」


「そのままで」


 言って、そして店員の方を見て、そして私は気づいた。

 店員は私の方を見ていない。  

『私』を見ていない。

 ただ『やってきた客』に対応しているだけだと。 

 

 ふっと動悸が収まった。

 大丈夫だ、そう感じた。

 そしてその後は部屋に帰るまで動悸を感じる事は無かったし、嫌な汗も出なかった。

 部屋に帰って確認したけれど、蕁麻疹も出ていなかった。

 

 そうして私は、夜なら外出できる事に気づいたのだ。

 そして何回か試した結果、夜でも深夜2時くらいの真夜中が一番楽だという事もわかった。

 他人の気配が一番少ないから。

 わずかに存在する他人も私に無関心だから。


 そうして深夜暮らしに適応した私は、その後、ネット越しで出来るお仕事場に転職。

 深夜しか外出しない生活を現在まで継続中だ。


 最近ネットで知ったのだが、私と同じような生活をしている人は多いらしい。

 昼間に外出できない症状に対し、正式な病名もつけられるそうだ。


 しかし私は別に他人がどうであろうと構わない。

 同じ症状の人が多数いる事に連帯感を覚えるなんて事も無い。


 誰も私を気にしない、誰も他人を気にしない。

 そういった無関心さ、誰とも繋がらない事こそがこの真夜中時間のありがたさで本質だと思うから。


 Web空間ですら孤独になれないこの世界へのアンチテーゼ、なんて面倒ものじゃない。

 この時間を私は快適に思う。

 ただ、それだけ。

 

 深夜スーパーが見えてきた。

 さて、今日は何を買おうかな。

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繋がらない世界 於田縫紀 @otanuki

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