『この世界にたった独り』ごっこ

秋空 脱兎

人目、憚らず

 深夜二時半。

 疲れ果て、帰って来て早々に寝てしまったからか、こんな時間に起きてしまった。

 何となく、外に出たくなった。

 ベッドから降りて、靴下を上げ直す。着替えずに上着を羽織り、肩掛けカバンを掴んで寝室から出る。冷蔵庫から食パン一切れとペットボトルのお茶を取り出し、パンを食べながら外に向かう。


 外の気温はそれなりに低く、玄関のドアを開けた瞬間に目が覚めた。

 静かだ。自分の呼吸と衣擦れ以外に音が聞こえない。

 玄関先から空を見上げる。雲一つないが、星は辛うじて見える程度だった。


 公園まで行ってみようか。

 特に理由もなく決めて、とぼとぼと歩き始める。

 向かっている公園は、家から徒歩十分くらいの場所にある。

 それなりの距離があるのだが──、誰ともすれ違わないし、車も通らない。人がいないし、人以外虫とか猫とかもいない。

 一人だ、わたしはどこまでも一人だ。


 結局何とも遭遇しない内に、公園に到着した。

 さて。着いたはいいが、何がしたいという訳でもない。

 ブランコに座り、お茶を何口か飲んで一息つく。


 夜は好きだ。特に、こういうそれなりの割合の生き物が寝静まる深夜は。

 わたしは常日頃、一人になりたいと思っている。人の中にいるのはそこまで苦ではないのだが、どうしても、原因不明の疎外感が付き纏っている、というか。

 それ以外にも、人の目が怖かったり、人が多すぎると段々疲れていく、というか。帰ってきた時に疲れ果てていたのはそれが原因、だったのだと思う。

 だから、人がぐんと少なくなる時間帯が好きなのだ。睡眠的によろしくないのは確かなのだろうけど。


 ……そうだ。

 日中はやろうともしない『思いつき』で、日中はやろうともしない事をやってみようと思い立った。

 おもむろに立ち上がり、公園の中央、広くなっている場所に移動する。


 肩掛けカバンを地面に置き、それから、ふらふらとぎこちなく踊り始めた。

 何かの曲に乗せる訳でも、カッコよく決まっている訳でもなく。さりとて、ぐちゃぐちゃ──例えば、盆踊りと揶揄されない程度に。


 てんで出来なくても、思いっきり笑い飛ばしてしまおう。

 たった一人だから出来る事。

 恥も外聞もなく出来る事。


 嗚呼今だけは、この世界にたった独り。

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『この世界にたった独り』ごっこ 秋空 脱兎 @ameh

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