真夜中の告白

冬城ひすい@現在毎日更新中

真夜中のましろ

「お兄ちゃん、静かに」


それは普段小生意気な妹が口走った真夜中の呪文だった。



♢♢♢



「……お兄ちゃん、私のプリン食べたでしょ?」

「ん? ああ悪い。お前のだったのか」

「ホント最低なお兄ちゃん」


大学生の黒夜こくやと高校一年生の妹であるましろ。

二人の仲は犬猿の仲と言ってもいい。

ただし、一方向の犬猿の仲である。


「今度プリン買っておくからさ……」

「いらない」

「ま、まあまあそういわずに……」


怒らせてしまったましろを何とかしてなだめようと黒夜は思考を回転させる。

何か、名案はないのか。


いつの頃からか、「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」と可愛らしく後ろをついてくる妹の姿はなくなっていた。

いつどこで、と聞かれても分からないくらいにゆっくりとしかし着実にましろとの距離ができていた。

それを埋めるために色々と努力してきた黒夜だったが、このようにうっかりミスもあり、なかなか打ち解けることができていない。


大学生の黒夜は数年長く生きているだけあって、頭の回転速度は速かった。

こういう時にこそおちゃらけた提案が雰囲気を和ますのだ。


「なら昔みたいに添い寝とかしてやろうか? はい、ダメですよね分かって――」

「――よ」

「ん?」

「それで許してあげるって言ってるの!」


黒夜は生まれて初めてとも言うべき、焦りを覚えた。

何気に頭脳明晰・運動得意の彼は、基本的にピンチに陥ることはなかった。

俗にいうハイスペック男子である。

数回ではあるが、異性から告白を受けたこともある。


そんな天性の才能と容姿を持つ黒夜。

今、神による無慈悲な試練の開始が宣告される。


「えっと……冗談だよな、ましろ?」

「お兄ちゃんは私を騙してたって――」

「はい、お兄ちゃんはましろのいうことを何でも聞きます……」


ツンツンした妹が表情を一切変えずに頷いた。

添い寝することで何が起こるのか、それは真夜中の恐怖である。



♢♢♢



「お兄ちゃん」

「ましろ……」


黒夜は本当に来たのか、という言葉を飲み込んだ。

時刻は日付変更まで数十分というところだ。

薄いナイトガウンを羽織ったましろが部屋に入ってくる。


「マジで来たのか……」

「なによ、私との約束を反故にするつもりだったの?」

「いや、冗談だって」


まったく洒落にならない。

兄妹とはいえ、大学生男子と高校生女子だ。

倫理的にもなかなかきわどい線を歩んでいる。


ましろはただ無言で黒夜に近づくとベッドに入り込む。


「お兄ちゃんももう寝るんでしょ? 早寝早起きがモットー、なんだっけ」

「そ、そうだな。じゃあ、電気消すぞ」


明かりが落とされた今、シングルベッドに二人の男女が横になっている。

それは不健全の象徴である。


「ねえ、お兄ちゃん。私――」


こんこんというノック音が部屋に響く。

ましろは黒夜をベッドから引き倒すと部屋の扉からは死角になる位置で口元を抑える。


「……ほぉ、ほぉい――」

「お兄ちゃん、静かに」


妹のましろに口元を抑えられ、黒夜は何もできなくなってしまう。

黒夜の腹の上にはましろの身体が密着しており、柔らかい感触が伝わってきている。


「黒夜、いるか? 父さんだ」


ガチャリという開閉音と共に室内に人の気配が感じられるようになる。


「……アルバイトか。黒夜に父さんの会社の跡継ぎを頼みたかったんだけどな」


そういうとさっさと去っていく。

後に残されたのはうら若き男女のみだ。


「あの、な。いくら何でも突き倒すことはないだろ」

「そ、それは……そう、緊急事態だったのよ! 兄妹といってもさすがにこれはやりすぎだし……」

「ならどうしてこんなことを俺に強制したんだよ。真夜中の添い寝なんてかなりアウト寄りのアウトだぞ?」


それを聞いたましろは深く頭を下げた。


「ごめんなさい。本当は私、お兄ちゃんに謝りたかったの」

「何を」

「いつもつらく当たってたこと。お兄ちゃんが好きだったから、その気持ちを押し殺すためにそうしてたの。本当にごめんね」


涙目で謝罪するましろに対し、黒夜はそっと頭に手を置く。


「気にしてなかったって言えばウソになるけどさ、お前の本当の気持ちが知れて嬉しいよ。俺もお前のことが好きだからさ。だから兄妹仲良くやろうぜ」


黒夜は爽やかな笑顔でましろを見る。

それに対しましろの反応は。


「異性として、好きなんだけどな……」


その一言は真夜中の室内に解けて消えていくのだった。

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