第8話

「邪魔だ‼」


「ひぃーー!」


昼休みで混雑する廊下を一正は全力で走り抜ける。廊下にう全ての人間が彼の声に悲鳴を上げて道を開けていく。いつもはその反応に苛つくのが常ではあるが今はそれどころではないし逆にありがたいとすら感じる。


ようやく到着した目的地は一正自身の教室。駆けてきたいきおいそのままに扉を思い切りあける。集まる視線、訪れるのは静寂。突然戻った俺の雰囲気に気圧されてクラスメイト達は固まっている。


そんなクラス内を見渡して目的の人物を見つける。皆が一正へ視線を向けたまま固まる中でただ1人視線を向けることすらなく変わらぬ様子の女子生徒、転校生の宮ノ川 綾乃。彼女へと一正は足を向ける。


相変わらず彼女を取り巻く人の輪は数多いが、一正が近づくと皆が後退り道が開ける。難なく綾乃の目前まで近寄る事ができた一正は彼女の前で立ち止まった。


「何か私に用でもあるの?」


ここまで全く反応を見せていなかった綾乃だったが目前まで来たことでようやく一正へと顔を向けた。一正へと向けられる綺麗な目、だがその視線もどこかキツいもので言葉もまたひどく冷めた声音だ。それを受けて引き下がりたくなる一正だったが今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。


「少し確認したいことがあるんだ。少し時間を貰えないか?」


「…良いわ。私も貴方とは一度話をしないといけないなと思っていたの。でもここだと不味そうだから場所を移動してからにしない? どこか良い場所はない?ゆっくり話が出来そうな…ね」


「そうだな。それなら第二屋上にしようか。案内するよ」


場所を変えるというのは一正も賛成だった。綾乃の言葉を受けて少し考えを巡らす。人がいなく二人だけで話せそうな場所。真っ先に浮かんだのは先ほどまで自分のいたB練の屋上、正式名称で呼ぶならば第二屋上だった。その提案に綾乃が頷くのを確認してから一正は彼女を引き連れて屋上へと向かった。


◆ ◆ ◆


(本当なら話なんてしたくないが…あの話が事実なら確認しないわけにはいかないよな。全くもって忌々しいぜ‼あの化物爺が)


屋上へ向かう途中。後ろを大人しく付いてくる綾乃を一瞥した後で一正は彼女と話をつける原因となった源三郎からの電話を思い出していた。




ーーー数分前


「…はい一正です」


「元気にしてるかの、一坊よ。」


電話先から聴こえてきたのは間違いなく源三郎その人の声。別な相手であってくれという一正の願いは脆くも崩れ去った。かけられる呼び名に反論する元気もない。イライラが最高潮の今出来るならば早く終わらせてしまいたかったのが一正の本音であった。


「…何か用でもありましたか?」


「ふむそんなに急くでない…何やら機嫌が良くないようじゃな」


「…いえ、そんなことはないですよ」


一正が極力感情を圧し殺して話していたのにも関わらず源三郎にはその胸の内を簡単に見透かされてしまっていた。思わず舌打ちしそうになるのをギリギリで抑える。


「俺の事は良いですから用件を教えて下さいよ。なにかあったから電話してきたのでしょう?」


「そうじゃったな。今回の用件は前と同じ話になるんじゃが対面してみての感想を聴きたくての」


「…感想ですか?」


源三郎の言葉に一正は首を傾げる。そう言えば前の電話でも似たようなことを言っていたのを思い出す。しかしあの時と同じく何の感想を求められているのかが分からない。


「すみませんが何の感想の事を言っているのか分からないのですが…」


「ん? なんじゃまだ分からないのか。さすがに今日であれば会わないはずがないのじゃがな。束の間事を聞くがまさかお主学校をサボったりはしてないじゃろうな?」


「いえ、ちゃんと来てますよ‼ 今は昼休みで屋上に居ます」


若干低くなった源三郎の声に慌てて否定をする。なぜそんな事を聞くのかが一正には分からない。意味も分からずだんだんと苛立ってきていた。


「それであればもう会っている筈じゃぞ。こちらへの連絡では今日から学校に登校するという話じゃったし。儂の権限を使って無理矢理お主のクラスに捩じ込んだのじゃなからな」


「え?」


面倒になって聞き流しかけていた一正だったが源三郎の話したその内容を理解したと同時に素の驚きの声をあげてしまった。今、源三郎は何と言っていた?


「もう一度言って貰えませんか?」


「じゃから今日から登校じゃと…お主のクラスに転校してきている者がいるはずなのじゃがな」


「今日」、「転校生」、「一正のクラス」その言葉で即座に理解した。それに当てはまる相手など間違いなく『彼女』しかありえない。


「名前は何と言ったかの…たしか宮の~」


「宮ノ川 綾乃…」


「そう、その娘じゃよ。なんじゃやっぱり会っているではないか」


「な…に…」


己の予想は見事的中した。一正は疑念と怒りが混ざりあい言葉を一瞬失う。


「それでじゃが、会ってみての感想はどうじゃったかの?」


もはや源三郎の声は一正には聞こえていない、我に帰ると共に一正は爆発した。


「何で爺がアイツの事をしってるんだよ‼まさか全て爺の企みか? そもそもアイツは一体誰なんだよ! 」


その叫び声は素に戻ってしまっていた。朝からたまっていたイライラも含めて怒りをぶちまける。普段であれば源三郎を相手にしてこんな態度をとることなどありえない。しかしこの時ばかりはそんな事は頭に浮かばず思った言葉をそのままぶつけていた。


「ふむ、その言葉使いは後で矯正せねばあるまい。」


「う…」


言うだけ言って我に帰り告げられた言葉に青くなる。しかしそれも長くは続かない。何故ならばとんでもない爆弾が後に控えていた。


「しかし何にも伝わって無かったようじゃな。一度彼女と話をしなさい。何と言っても彼女はお主のーーー」


◆◆◆


到着した屋上。その端、学校の周囲を見渡せる転落防止用の柵の前で一正は振り返り綾乃へと向き直る。


「ここなら良いだろう?」


「そうね…誰もつけてはいないようだし。話を他人に聴かれる心配は無さそうだわ。気になるとすれば扉の鍵が壊されていたように見えたことだけね」


自分たちが出てきた扉を振り返り綾乃がそんな言葉を返す。呼び出された彼女を心配してついてこようとしていた生徒は実は何人かいたのだが、それに気づいた一正が威圧したことでここまで来る途中で全員が脱落した。

逆に不機嫌な一正を前にして態度を変えないでいる綾乃は異常とすら言えるだろう。もし『あの話』が本当ならば必要な技能なのかも知れないのだが。


「聞きたいことがある…」


「何かしら?」


一正は覚悟を決めて口を開く。その内心は間違いであって欲しいという願望と爺から聞いたことが間違いであるはずがないという諦めの半々だった。


「君が俺の婚約者というのは本当か?」


「え?」


一正の質問に綾乃はポカンと不思議そうに首を傾げる。この反応は違ったのかと喜びそうになる一正だったが…


「まさか聞いてないの? …そうだからそんな反応だったんだ。そう言えば挨拶もしてないわね…」


何かブツブツと小さく呟いた綾乃が突然姿勢を正す。


「挨拶が遅れて申し訳ありません。この度、貴方と婚約することになりました宮ノ川 綾乃と申します。仲良くするつもりはありませんがこれからよろしくお願いしますね」


綺麗なお辞儀と笑顔でもって伝えられたその言葉は一正の希望を裏切り、源三郎の言葉が事実であったことを間違いなく告げていたのだった。

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英雄志望の荒くれ者 虎太郎 @kuromaru

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