第7話

急いで到着した教室前で一正はある異変を感じ取った。すでにチャイムはなりホームルームが開始されているはずなのにやけに教室の中が騒がしい。不思議に思いながらも一正は扉へと手をかけて中へ入る。


「遅れました。すみません」


集まる視線と訪れる静寂。ここまでならいつも通りのことだ。だが今日はいつもよりその視線の数が一つ多い。ふと見れば教壇に立つ南濃先生の隣に見覚えのない女生徒が立っている。


(何で、他校の制服を来た奴がいるんだ? …って昨日保健室で会った美人さんじゃねーか)


ふと既視感を覚えた一正はようやく思い出す。その相手は昨日保健室で出会った他校制服を来た女生徒その人だったのだ。


「…七屋くん、今日は休むのかと、えぇと今はホームルーム中だから早く席についてね」


静寂はおどおどした南濃先生の声でようやく終わる。軽く頭を下げて一正は自分の席である窓側の一番後ろの席へと座る。


「ホームルーム再会するわよ。あっお待たせしてごめんなさいね宮ノ川さん」


「いえ、大丈夫です」


「改めて、今日から皆さんの仲間に加わる転校生を紹介します。中途半端な時期だけど彼女はお家の事情で急遽うちのクラスに転入することになったの、皆さん仲良くしてあげてね。じゃあ宮ノ川さん、自己紹介をお願いします」


「はい」


謎の女生徒はどうやら転校生だったようだ。凛とした声で返事をして名前をすらすらと黒板へと綺麗な字で書き出す。一正も昨日思ったことであるが態度も容姿も凛としていて驚くほどの美人だ。すでに男子の何人はデレデレとした顔を浮かべており女子からもため息らしきものが聞こえてきている。


「今日からお世話になります、宮ノ川 綾乃です。よろしくお願いします」


転校生、宮ノ川綾乃が名前を言って綺麗なお辞儀をみせたーーその瞬間に教室内にざわめきが起こる。


「ーーー宮ノ川!」

「いやまさかだろ」

「でも、あの制服って有名なお嬢様学校のーー」


クラスメイトの漏らした言葉を聞きながら一正も内心で少しの驚きを感じていた。もしも予想が当たっていればという話ではあるが。


「直ぐに分かることなので隠しても仕方ないですね。私の家は皆さんのご想像通り、宮ノ川グループを経営してます。」


どうやら予想は当たりのようだ。クラスの反応をみた綾乃が苦笑を浮かべながら告白する。


宮ノ川グループとは一正の祖父が率いる『七瀬』程ではないが国内で有名な大企業である。主に扱っているのは医薬品関係のもので数多くの特許を獲得している。故に薬品関係の多くには宮ノ川の名前が載せられており知らない者はまずいないだろう。


「でも私と家の仕事は別なので気兼ねなく話しかけて貰えると嬉しいです。私のことは名字でなく名前で呼んでください」


続けられた綾乃の言葉からはどこか嫌気のようなものを感じた。それに一正は少しのシンパシーを覚える。家族の影響で色眼鏡で見られることの辛さは一正もよく解っている。


「ごめんなさいね、色々質問もあると思うのだけど時間がないので切り上げます。休み時間とかに皆さん話しかけてあげてね。」


このまま質問などに移るかと思われた自己紹介だったが時計をみた南濃先生によって打ち切られた。話しかけてあげてと言っていたが今もそわそわしているクラスの様子を見る限りその心配は無用だろう。休み時間に人が殺到するのは目に見えている。


(まあ俺には関係ないがな)


例外は一正だけだろう。積極的に関わる気などない。そもそも逆に一正が近づいたら絡もうとしていると勘違いされるのが関の山なのだ。


「えーと綾乃さんの席を決めないとね…空いている席は」


教室の中をみんなが見渡す。今空いている席といえば一つしかない。それに気がつき皆の顔が強ばる。


「七屋くんの前の席…」


そう一正の前の席のみであった。ちなみにその席の本来の生徒は精神的なものにより長期休養に入っている。一正が何か実際にしたわけではないのだが回りからは一正のせいだと何故か言われていた。


「ちょっと待ってね…えーとどうしよう」


南濃先生が他の生徒達の席へと向けられてみんなの顔が強ばる。そんなに一正の前というだけで忌避されるものなのか。ここまで解りやすいとなると逆に笑えてきていた。


「先生、私はあの場所でも構いませんよ」


「えっでも綾乃さん…」


右往左往する周囲の中、声をあげたのは綾乃だった。心配そうな南濃先生の声、気の毒そうな視線を向けるクラスメイト達。


「もう授業も開始の時間ですから座りますね。そんなに気にしないでください」


綾乃は一言そう言って一正の前の席へとむかう。相変わらず心配そうな視線を向けていた南濃先生であったが、授業開始のベルが鳴ると慌ててホームルームの終了を告げて出ていった。


残されたクラス内は相変わらずの静寂。


素晴らしい勇気だと賞賛すべきかと投げやりに考えていた一正だったがその考えは中断せざる終えなくなる。


「私は貴方を絶対に認めませんから」


一正の前までやってきていた綾乃が小さく告げてきたその一言によって。その睨み付けてくるような目には確かな意志が籠められていた。


ようやくの昼休みになったところで一正は席を立つ。


(さて、購買によって昼飯を買ったらどこに行こうか…)


 少し悩んだ末に屋上にでも行こうかと決める。昼飯時だからと理由をつけてはいたが、正直に言えばこのまま教室の中になど居たくないというのが彼の本音であった。

 その感情は学校に来ればいつも感じていたものではあったが今日に関して言えばいつもの倍以上だった。それが何故かと言えば他ならぬ例の転校生、綾乃に関してである。あの呟かれた謎の一言も気になってはいたが、一番に気になっていたのは授業中なども常に一正へと向けられていた敵意についてだった。恐怖ではなく忌避でもなく敵意。その理由が全く分からない。

 いや恨まれることなどは一正にとって日常茶飯事である。だが敵意を向けられるほどの何かが過去に彼女との間にあったという記憶は全くない。あれほどの存在感を放つ人物との記憶が印象に残らないはずがないのにだ。

 ちなみに実はその敵意は常人であれば気が付かないレベルのものだ。本人は隠してるつもりなのかもしれないが八雲の元で修業を積んでいる一正にとってそれを感じ取るくらいは簡単なのである。逆に『隠している』という事実が一正のイライラを募らせる。そんな事を出来る相手など『普通の人』であるはずがなかった。


 教室を出る際にふと一正が後ろを見ると一瞬目があったように感じた。しかし彼女はそのあとすぐにほかのクラスメイトに囲まれてしまったためにすぐに視線は切られた。

 一正が外に出て扉を閉めた瞬間に教室の中が騒ぎに包まれる。それに一正は先ほどとは別な理由でイライラし始める。聞こえてくる声でその騒ぎが転校生である綾乃への質問攻めであろうことは簡単に予想が付いた。それは授業との間の小休止ではなかったこと。


「本当にわかりやすい奴らだよな!!」


忌々しげに一正は呟きを漏らす。その理由は間違いなく一正が教室からいなくなったからであった。


 ◆ ◆ ◆


不機嫌を隠そうとしない一正に廊下ですれ違う他の人達は皆が皆慌てて進路を譲る。昼休みに入ったことで混みあっている廊下であっても一正の回りだけは見事に空くのだった。


そのお陰と言うべきか列に並ぶまでもなく簡単に購買で昼飯を買うことが出来た一正は当初の予定通りに屋上へと向かった。


そして到着した屋上への出入口。一正はその扉の前で足止めをくらってしまう。


「…何だよ鍵が閉まってるのかよ。」


南京錠型の鍵によってその扉は閉められていたのだ。


「やっぱりあっちに行くしか無いのかね…」


実はこの学園の校舎には二つの屋上があった。普段生徒達が昼食などで使っているのはA練の屋上である。その場所は人気のスポットであり常に人が大勢いる。それを嫌った一正はあえてB練の屋上へと来たのであったが、こちらは閉鎖されていたようである。

他の生徒にとっては衆知の事だったかもしれないが普段学園に来ることが少ない一正はそういった情報には疎いのだ。


「戻るか…いや、これならどうにかなりそうか」


一度戻ろうとしかけた一正だったが、扉を閉めている南京錠へと視線をとめて扉の前へと舞い戻る。

見たところその扉の施錠は南京錠のみのようで、扉本体の鍵は壊れているのか掛かっていない。


「扉を壊すわけにはいかないんだが…南京錠くらいなら良いよな」


本来であれば南京錠であろうが鍵を壊す事は間違いであるし道具でも持っていなければ壊す事など不可能であるはずなのだが、イライラが溜まり爆発しかけの一正にそれらは歯止めになり得なかった。


「さて、よっーーーと」


ガキンッという鈍い音が響く。南京錠を掴みその馬鹿力でもって壊したのだ。壊れた南京錠を外して扉を開ける。そして無理矢理ではあるが当初の予定通りに屋上へと出たのだった。


◆ ◆ ◆


誰もいない屋上に寝そべり空を眺める。この屋上は教室の窓から見えるような位置にはなく、出てしまえば見つかる心配などなかった。昼飯として買ってきたパンをかじりながら考えに耽る。それはやはり転校生の綾乃のこと。過去に接点でもなかったかと今一度記憶を探る。だがやはり思い当たるものなどなく。


「あーっ、いくら考えても記憶にねーよっ誰だってんだよアイツは!!」


ガリガリと頭をかきながら叫び声をあげてしまう始末だ。


ーーーそんな中、ポケットの中の携帯電話がメロディとともに着信を伝えたる。


「やっぱりこの曲は良いよなー誰からーーーげっ」


その自分の好きな音楽で少し気力を取り戻した一正だったが、その通話相手を知り地獄へと落ちる。


「また爺かよ」


その相手はまたもや源三郎であった。

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