第6話

窓から射し込む朝日の光に一正は目を覚ます。道場から帰って来たあとそのままベッドへと倒れこみ朝まで寝てしまっていたのだ。見ればその服装は学生服のままで皺がついてしまっている。


「あーやっちまったか…洗濯しないとな。ーーッつ」


弱冠の後悔を覚えて着替えるために起き上がった一正だったが、その瞬間に全身に痛みが走る。どうやら昨日の稽古の後遺症のようだ。


「気晴らしにはなったのは確かだけどやりすぎたな…これ程の痛みは久々だ」


久我道場の稽古は厳しく通い始めた当初は今のような痛みに連日襲われていた。しかし、長年通い続け鍛え上げてきた現在となっては日々の稽古くらいで痛みを覚えることなど無くなっていた。それは絡まれなし崩し的に起きる喧嘩の中でも変わらず。本当に久しぶりに感じる懐かしさすら覚える痛みだった。


「でも筋肉の痛みだけか。関節とかは大丈夫そうだ…やっぱり手加減されていたか。ほんとに師匠には敵わないな。」


膝、肘、手首などの関節を回して確認してみるが異常は見当たらない。昨日の一正は考えなしにただただ攻撃を仕掛けていただけだ。そんなことをすれば普通であれば関節なども傷める可能性が高い。それにも関わらずそれが無いのいうのはやはり受ける側であった八雲のお陰に間違いない。悠々と攻撃を捌くだけでなく一正の事も考えた方法をとっていたとなれば実力の差が自ずと知れるというものだ。一正のくちから思わずため息がもれる。

実際にこの事を八雲に伝えれば返って来る言葉は簡単に想像がつく。


『僕は君の師匠なんだよ、当たり前じゃないか。それに稽古で弟子に怪我を負わせるなんて師としては失格だ。それくらいは当然の事だよ』


笑いながら飄々と言ってのける八雲の姿が簡単に浮かぶ。それでも一正にとって悔しいことは変わりないのであるが。


「はぁ…休みたいけどそろそろ響さんの逆鱗に触れそうだから行くしかないか。」


今日は平日、通常通りに学校があった。ずる休みが頭に浮かぶが直ぐに打ち消す。ここ1ヶ月ほど喧嘩や抗争に巻き込まれて学校にいかない日が多々あった。そのためにそろそろ響女史の逆鱗に触れる危険が高いのだ。

怒鳴るのではなく笑顔を浮かべて淡々と説教を始める響女史はただ怒鳴られるより余程恐い。


「このままは…不味いな。さて着替えよう」


皺になった制服を脱ぎスペアへと着替える。身だしなみを整えた一正はリビングにある両親の写真へと目をむける。


「行ってきます」


一言呟いた一正は鍵をかけると学校へと歩きだした。


学校に到着して門を通る。通学中の他の生徒が多くいるというのに一正を見ると即座に道を譲り自然と人垣が割れて一本道が出来上がる。一正に気づくのに遅れて去りそびれる生徒もいたりするがその全てがヒッという悲鳴をあげて逃げ去っていく。




(俺は野獣かなんかかよ、別に捕って食ったりなんぞしないっての)




一正が内心で毒づく。イラつきによって眉が潜められそれによって回りはさらに畏縮して後退る。まさに悪循環であった。




無論そんな一正に声をかけてくる者などいるはずもなくーーー




「あれ? 一ちゃんじゃん、おはよー。学校に普通にくるなんて珍しい。今日は雹でも降るのかね?」




「誰かと思ったらお前か。おはよう司」




否ーー今日は違ったようだ。一正に片手を挙げながら軽い調子で話しかけてきたのはとある男子生徒。彼の名前は『睦月 司』この学園内で一正に普通に声をかけてくる希少と言って良い、いや生徒の中でも唯一の人物である。軽そうな言動とは違って見かけは眼鏡をかけた理知的な雰囲気を持った男だ。その容姿は大変整っておりアイドルとしてもやっていけそうである。何でも表立ってはないか裏でファンクラブなるものまで結成されているとか。




「何か不機嫌そうだけど、どうしたん?」




じっと一正が顔を眺めていると不思議そうに首を傾げる。女に持てる美形とだけで男から敵認定されそうなものであるが、この男はそうではない。




「朝っぱらからお前に会ったからだな」


「ひどいなぁ」




他の生徒であれば泣いて謝ってくるような一正の嫌味にも怒らずに笑顔で返してくる。


この反応からも分かるように、気さくで誰でも別け隔てなく接するために男連中からも信頼の厚い。まさに学園の人気者と言える。一正とは対極に位置する男である。真逆の理由であるが彼は一正と並んで学園で最も有名な生徒だ。




「逆に聞くがお前がこの時間に登校するのも珍しいんじゃないのか?」




「ん? まあね…ちょっと忙しくてこの時間になっちゃっただけだよ」




彼が有名なのには実はもうひとつ理由があった。




「なんだ生徒会長のお前が珍しい」




「僕も完璧超人ってわけじゃないよ。まあ生徒会の関係で遅くなっんだけど」




そう、この学園の生徒会を取り仕切っている会長が彼なのである。会長である彼は誰よりも早く学園に通い、こんなギリギリの時間になることなど珍しい。


ちなみに一正が通うこの『七陽学園』は生徒の自主性を培うという理由からほぼ全ての権限を生徒会に与えている。故に、この学園を実際に運営しているのは彼が取り仕切る生徒会なのだ。


そんな彼が成績が悪いはずもなく。常にトップの成績を維持している。容姿端麗、頭脳明晰となれば完璧超人と言わずしてなんと呼べば良いのか。そんな彼が疲れたようにため息をついている。




「お前でも対処しきれないことでもあったのか?」




一正のその質問は単なる興味からでた言葉だった。完璧超人の彼が何を困っているのかと。だがその何気ない質問は一正へとカウンターとなって帰ってくる。




「まあね…そういえば一ちゃんに関係あるといえばあるのか。理事会からの要請があったんだよ」




「…なに」




司の言葉に一正が押し黙る。七陽学園の理事会、それはつまりは七瀬グループの傘下であり、それを取り仕切っているのもまた一正の祖父源三郎である。




「うん、突然の様子だったから驚いたよ。なんでも会長自らの指示だとかでね。理事会の指示と言われたら僕達も断れないからね」




先ほど生徒会にほぼ全ての権限が与えられていると言ったがそれから残るその権限というのは只一つ『理事会からの指示が全てにおいて優先される』と言うものだ。




「まさか指示を受けるなんて思ってなかったよ。まあ、大変ではあったけど今回くらいのならどうにかなったけど。いや明日からも大変かな」




だがこの権限が行使されることなどほとんど、いや一正の知る限りは一度も聴いたことがなく合ってないようなものだとされてきた。それが使われた、しかも源三郎によってということで一正は頭の中が嫌な予感で真っ白になる。




「そうだ、彼女から君の事を聞かれたんだけど、なにか関係があるの? 凄く綺麗なこだったけど」




「ん? 何か言ったか?」




「だからーーー」




キーンコーンカーンコーン




話を聞いていなかった一正が聞き返そうとするがそれは予礼の鐘の音に遮られた。




「ヤバい!」


「話はまた後だね」




慌てて駆け出す二人。一正は話が気になってはいたがそれを確認する暇などなく。




対面、いや再会はすぐそこまで迫っていた。

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