借りもののネコの手を汚してしまった
ヤミヲミルメ
借りもののネコの手を汚してしまった
たかがネズミの魔物と聞いて侮っていた。
ギラつく日射しの突き刺さる密林で、俺と向かい合うのは人間ほどの身の丈のある巨大ネズミ。
その身体能力は、人間をはるかに超えていた。
武器がある分、こちらが有利なはずだった。
ネズミの爪より俺のロングソードのほうが、リーチも切れ味も上だった。
だがその剣は根もとから折れ、戦うすべはなくなっていた。
(これまでか……!)
こんなことなら戦士になんかなるんじゃなかった。
武器なしで戦える武道家にしておけば……
いや、いっそ僧侶にでもなって、クールな女戦士の影に隠れながら回復呪文を唱えていればよかったんだ。
俺についてきてくれる可憐な乙女僧侶なんか最初から存在しないんだから、自分が僧侶をやればよかった……
ネズミの爪が振り下ろされる。
(神様……!)
祈りは……届いた!
僧侶でもない俺の祈りに応え、俺の右手が光に包まれる。
俺の手に生えた爪が、ネズミの爪をガッシリと受け止めた。
(これは……!)
黄色い毛皮。
聖印の如き肉球。
これは間違いなくネコの手だ。
古よりこの地で崇拝されるネコ神様が、俺に力を貸してくれたのだ!
「でやッ!」
ネズミの爪を押し返し――
「ハッ!!」
ネコの爪で一気に斬りつける。
巨大ネズミはあっけなく事切れた。
―――
ネズミの皮を剥ぐ作業も、ネコの爪のおかげであっさり終わった。
この皮を討伐の証拠としてギルドに届けて、依頼完了。
俺の右手はいまだにネコのままだけど、大抵の状態異常なら、宿で一晩眠れば治る。
ギルドの受け付けのお嬢さんが新人で、ちょっと毛皮の色素が薄いってだけで上位種のホブネズミンと勘違いしてたんで、そのまんまホブネズミンとしての賞金をもらってホクホクで宿に戻る。
今日はまさにラッキーデーだ。
受け付けちゃん、かわいかったな。
騙されやすいってところがイイよな。
あの娘の手は、この肉球みたいに柔らかいのかな?
―――
夜が明けた。
右手はネコのままだった。
汗が出てきた。
これってまさか、一生このまんまなんてことないよな?
かわいい女の子ならコレもアリだけど、俺は男だぞ?
今はまだしも数年後にはオッサンだぞ?
ニャンコの手をしたオッサンなんて、魔物以上に人類の敵だぞ?
宿の女将さんに相談してみる。
「ネコ神様からお借りした力を、ネコ神様に返しておいで。神殿の場所は……」
さすが地元民。
ネコ神様の神殿は、町外れの丘の上にあった。
国王が信仰する光の神の神殿が町の真ん中に建てられてからは、こちらにはあまり人が来ないらしい。
朝早いせいか神官すらもいない。
小規模ながらも白い柱の眩しい神殿の中、ネコの像の前にひざまずいて目を閉じ、人の左手とネコの右手を胸の前で合わせて祈る。
まぶたの裏に、ネコ神様の姿が映った。
『戦士職の冒険者よ、昨夜、お前はニャニをした?』
昨夜?
魔物と戦ったのは昼間だ。
『余が貸した手を汚しおったニャ!』
手を汚した?
「た、たしかに魔物の返り血は浴びましたが、それは……」
『そのあとの話ニャ!』
「あ……あう……ギルドで……賞金を……」
『そのあとニャ!』
「そのあと? そのあとは……」
肉球を他人に見られるのが嫌で、まっすぐ宿に……
『宿のベッドで一人きりでニャニをしてたニャ?』
「!?」
『肉球は気持ちよかったかニャ?』
「バレてる!? てか、見てたの!?」
『神様はニャンでもお見通しニャ。借りたものを汚すとはとんでもないヤツだニャ。その手はもう返されても困るからお前がとっとくニャ。その代わり、担保であるニンゲンの手は、このまま余がもらっておくのニャ!』
「うっ!!」
神像が衝撃波を発し、俺を神殿の外まで弾き飛ばした。
「どわっ!!」
庭に敷かれた玉砂利の上に転がる。
ここはまあ、冒険者なのできっちり受け身を取ったわけだが。
起き上がろうとした肩に、ポンっと手が置かれた。
「よォ、同士」
頬をかすめる毛皮。肉球の感触。
猫の手だった。
振り返ると、俺と同じ手をした男たちが二人、三人……すぐ近くでニヤニヤと笑っている。
さらに遠巻きに俺を眺める男が五人、十人……
「仲間だ」
「こいつも仲間か」
「また一人増えたな」
待て待て待て待て。何でこんなにいるんだよッ!?
俺は、俺と同じ罪で手を汚した男たちに囲まれていた……
借りもののネコの手を汚してしまった ヤミヲミルメ @yamiwomirume
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