猫の手を借りたアスファルト

葛鷲つるぎ

第1話

「あっ。猫の足あと! かわいい~~」


 ボクはしゃがみ込んで、それを見た。

 まだ乾いていないうちに歩いてしまったんだろう、アスファルトに猫の足跡が点々とある。この前、おばあちゃんに教えてもらったから知ってる。


「猫、足、大丈夫かな……」


 だから、そのあとの猫の足が気になった。

 ずっと先まで続いてる足跡を、たどっていく。

 ちょっと面白くなってきたところで、ふと、いつまで続いているんだろう、とボクは思った。


 おかしいのだ。

 工事中の看板も、黄色と黒色のしましまもなくなってるのに、猫の足跡だけが続いている。


「どこ……? ここ~~……!」


 気が付けば、見覚えのないところだった。チャイムはまだ聞こえないけど、家に帰らなくちゃいけない時間だと思う。

 足も疲れてきて、しゃがみ込む。だんだん泣きたくなってきた。


『帰りたいなら、来た道を戻って、猫の足跡の上を歩きなさい』


 しわしわの声が聞こえた。顔を上げたけど、暗くてよく見えなかった。でも、おばあちゃんに似ている気がする。

 ボクが何も言えないでいると、しわしわの声の人が、また教えてくれた。


『足を下ろすところは、かならず猫の足跡の上。それだけ守っていれば、帰れるからね』

「……うん」


 早く帰りたかったから、素直に頷いた。立ち上がって、鼻をすする。


「教えてくれて、ありがとうございます」


 お礼を言うと、笑った声がした。

 ボクは最後に頭を下げて、言われた通り猫の足跡をたどって帰る。

 帰り道、ぽつぽつと雨が降り出して、でも、ボクは言われた通り、足跡の上を歩いていった。それで門限も過ぎてびしょ濡れになって帰ったから、お母さんにいっぱい怒られた。

 熱が下がった後は、ちょっと怖くなって帰っちゃったのを勿体なく思ったけど、あれ以来、猫の足跡は見当たらない。




※※※


「残念だったねぇ」


 離れていく子供の背中。しわしわの声は言った。しっぽが揺れる。


「残念だったねぇ。お出迎えできなくて」 


 猫のような形をした大きな黒いソレが、大きく開けていた口を閉じた。ごろりと動けば、万華鏡のようにコロコロと景色が変わる、異界の入り口が姿を見せる。

 しわしわの声は笑った。


「ま、お前さんの魂一個分だ。あの子を守るにすれ、食べるにすれ、せいぜい分岐点をうまく使うんだね」


 な"ーーーーお"。


 分かっているというように、ひと鳴きした後、大きな黒いソレは黒猫へと姿を変えた。足先は白いが、毛皮のそれではなくセメントの汚れだ。


 へくしゅっ。


 猫がくしゃみをする。

 何か赤い物がまろびでたが、転がり切る前に霧のように消え去った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の手を借りたアスファルト 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説