スマートニャビ

古博かん

最近の猫の手はスマートシステム搭載のようである

 最近カクヨムは若干課金すれば広告がオフになる機能が追加されたようだが、相変わらず無料で読み専を貫く某人は、夜間の日課となった公式企画の参加作品をぽちぽち読み漁る日々を過ごしていた。


「ちょっとちょっと、そこのおにーニャン!」


 エピソードを読み進め、次へ読み進めを繰り返していると早小一時間が経過していた。

 メガネを外し、目頭を抑えてフーッと一息つき白湯を一口含んで再びマウスに手を添えた時だった。


「ちょっとちょっと、おにーニャン! 無視するとはニャニごとにゃ!」


「……?」


 カクヨムの右カラムに現れる正方形の広告では、両手を広げたブリティッシュショートヘアかシャルトリューかと思しきニャンコがちょいちょいと肉球を開いて閉じてを繰り返している。

 メガネを少し鼻にかけ直して凝視したが、にゃ〜んと笑う猫の顔があるばかりだ。小首を傾げつつ、某人は再び作品をスクロールしながら読み漁ると、画面の下からダブルで広告が現れた。やっぱり猫が両手を広げてにゃ〜んとこちらを凝視している。


「おにーニャン、おにーニャン。無視はよくニャイにゃ!」

「……? ?」


 カクヨムを読み漁りすぎて空耳が起こっているらしい。

 ダブルの広告が肉球をにゃいにゃいしながら動いている空目まで発症している。

「少し、休むか……」

 メガネをずらして再び目頭を抑えた某人が席を立とうとした時、画面からニャンコがにゃっと顔を突き出してきた。


「おにーニャン、休む前にぜひ話を聞いてほしいにゃ!」


 続けて抜け出した片手がタシタシとキーボードを打つたびに、画面左下に謎の入力バーが現れてにゃーろお買い得キャンペーンと勝手に文字を打った。


「おいおい……」

「今にゃら一年間ずーっとキュッパで猫の手使いたい放題にゃ!」

「いや、プロバイダーならもう契約してるし……」


 うっかりと普通に受け答えをしてしまった某人に、ニャンコはにゃ〜んと食えない笑みを浮かべて見せた。


「そんじょそこらの光回線と一緒にされちゃ困るにゃ! 我輩はスマートアシスト機能付きにゃ!」


「いや、お前と契約するんかい! 怪し過ぎるわ」


 某人の脳裏には一時期世間を騒然とさせた某鬱系深夜帯アニメに登場するナニカがよぎった。


「失礼にゃ。我輩はいたいけな少女たちを酷い目に遭わせたりしニャイにゃ。ついでに魔法も使えニャイにゃ。ただのスマートアシストにゃ……にゃ」


「自分で言って落ち込まないで?」


 画面から顔と前脚だけを出してイカ耳でしょんと俯いたニャンコに某人はおたおたしながらメガネを押し上げた。


「まあ、そんにゃわけで取り敢えず一年間お試ししてみるにゃ!」

「どんなわけで !? 」


 大事なところを一切合切端折ってしまうニャンコは某人の目の前で魅惑の肉球を開いて閉じてして見せる。

 子猫のあざと可愛い仕草に多少のトキメキを覚えた某人は、うっかりと詳細も聞かずに頷くところだった。


「にゃ。用心深いおにーニャンにゃ。まあ、昨今のセキュリティ的には正解の対応にゃ。特別に一日無料お試しの機会をやるにゃ! 我輩の肉球を精々堪能することにゃ!」


 画面からぬるりと出てきた掌サイズのニャンコが、タンっとキーボードの上で跳ねて某人の額にペタッと肉球を押し付けた。


 翌日。


 耳元でにゃにゃにゃにゃ鳴っているスマホをタップすると、画面にはニャンコがにゃ〜んと笑っていた。


「おはようにゃ。起床時間五分前にゃ!」


「……。せめて、起床時間ピッタリに起こして……?」


 いつの間にかスマホに陣取っているニャンコに、寝起きの頭はパニックを起こすこともないらしい。


「早起きは三文の得にゃ!」

「今どき通貨単位にモンは使わないなあ……」

「モンじゃニャイにゃ。ブンにゃ!」

「……」


 まあ、カクヨムの広告から飛び出してきたのだから然もありなんなどと思ってしまっている時点で、某人はだいぶ感化されている。

 大あくびをしながら顔を洗っている間に、昨晩レンジに放り込んでおいた残り物が塩梅良くチンされていた。

 庫内から取り出した朝食をローテーブルに置いたタイミングでテレビが付き、電気ケトルが沸騰する。まあ、なかなかに快適な全自動仕様だ。


「どうにゃ!」

「うん、ありがとう、ありがとう」


 適温のご飯を食べながら礼を言うと、「行儀悪いにゃ」とマナーまで注意される。いつも通り出勤前にパソコンでカクヨムを数作漁り(本当に三文だった)、スマホを片手に鞄を携え家を出ると自動で施錠された。


「便利にゃろ?」


 車に乗り込むと、某人はいつもスマホをナビ代わりにセットするのだが、ポーンと音を立てて車体と接続されたスマホの画面にはニャンコがにゃ〜んと笑っていた。


「出発するにゃ!」


「行き先入力させて?」


 某人よりお出掛けにワクワクしているニャンコが、両手を上げて左右にふわふわ揺れている。


「今日は国道二号で玉突き事故が発生するにゃ! 急がば迂回にゃ!」

「えー?」


 そんな馬鹿なと思った某人だが、アクセルもハンドルもやんわりアシストされていて車は勝手に通常コースではない迂回路を選択して進んでいく。

 しかも、既に起こっている事故ではなく、これから起こる事故の予測などされても些か不審でしかない。


「信じる者は救われるにゃ!」

「何教の布教だよ……」

「にゃーろ光の宣伝にゃ!」


 そこはブレないニャンコのようだ。

 道中「にゃーろにゃーろ、チャオにゃーろー♪」とご機嫌で歌うニャンコは時々仕事モードに切り替わりながら大手ナビシステム顔負けのナビ力を発揮する。

 結局、予定時間より五分早く到着した某人はそのままIDをかざして従業員用入口を開けようとしたが、そこではたと肝心のIDを忘れてきたことに気が付いた。


「全く、ニャニやってるにゃ!」


 スマホを翳せというので翳してみると、認証システムが素直に反応する。非常に助かった某人だが、不法侵入している感がどうしても否めない便利さ加減だ。


「これ、悪用したら大変だよね」

「そうしニャイためのにゃーろ光にゃ!」

「それならいいけど」


 万が一、ハッキングなんがされたら一大事じゃないのか。そんな考えが脳裏をよぎったとき、画面上のニャンコが両目をカッと見開いて牙を剥き出しにする。上げた両手からシャキンと長い爪が飛び出した。


「侮ると痛い目見るんだにゃ」


「怖い怖い怖い怖い」


 某人が真面目に業務中、スマホのニャンコは会社のパソコンに飛び移ったりスマホに戻ったりと何が楽しいのかご機嫌で遊び回っている。

 誰かに見られでもしたらとヒヤヒヤしていたら、ニャンコがパソコン画面の左下でにゃ〜んと笑っていた。


「にゃーろ光使用者にゃら日常の光景にゃ」

「えぇ……?」

「振り返ってみるにゃ」


 言われるまま何気なく背中合わせの背後のデスクを振り向くと、そこでもニャンコが激しく電卓を叩く手に反応し、すかさず反復横跳びをしていた。


「……」

「部長の席も見てみるにゃ」


 言われて上座のデスクに視線を移すと、パソコン画面の上部にニャンコが尻尾をペシペシさせながら器用に寝そべってこちらを見ている。


「……」


 部長が軽く咳払いをした時、ニャンコはすかさず爪を立てて部長の額を引っ掻いた。


「会社のパソコンでむふふなサイトを覗き見しようとしてたにゃ」


「……」


 そんなことまでモロバレなのかあ……と少し背筋が寒くなった某人は真面目が一番と思い直して自分のデスクに向き直った。

 電話が鳴る前に先回りして誰からかかってくるかお知らせしてくれるし、缶コーヒーを買ったら二本目が当たり、トイレで用を足したら勝手に水まで流してくれる。

 順調過ぎるくらいの一日を終え帰路についたらニャンコの予言どおり、普段通行する国道二号で五台が絡む玉突き事故が発生しており、しかも内一台が大型トレーラーだったとかで終日通行止めになっていた。


「うーん、このままじゃダメ人間になりそうだ」


 無事に帰宅し、風呂が沸く間に冷凍焼き餃子(レンチンで美味いやつ)とレンチンご飯を食しながらテレビを見つつ呟いた某人に、ニャンコはにゃ〜んと例の食えない笑みを浮かべながら肉球をにゃいにゃいする。


「それが目的にゃ!」


「えっ……」

「もう、おにーニャンは魅惑の肉球、猫の手がニャきゃニャニもできニャイにゃ! にゃーろ光を契約するしかニャイにゃ!」

「えぇ……」


 餃子を摘み損ねた某人は唖然としてニャンコを見つめるが、ニャンコの方はにゃ〜んと笑みを浮かべたまま「明日にニャれば痛感するにゃ!」と妙に自信たっぷり言い置いた。


 翌日、目覚めの一番から笑えないくらい寝坊した某人は笑うしかない散々な一日を過ごしてのち、にゃーろ光の肉球を手に取ったのだった——にゃ〜ん。

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