敗北寸前の勇者は猫を頼る。
くるとん
猫の手を借りたら
「ケヒャヒャヒャヒャッ!」
禍々しい漆黒の羽を広げ、空中を我が物顔で移動する男。自らに立ち向かわんとした者を煽るように、手前上空から右奥の岩場へ、あるいは上空高い場所から地面スレスレの高さへと、三次元に。
「くそっ…!」
俺は必死の思いで大剣を手にとる。杖のように使い、よろよろと立ち上がった。
「その程度で我を屠ろうとは…笑止!」
「くっ!」
男が鎌のような武器を構え、それ自体が攻撃といわんばかりのスピードで迫る。俺は勇者のスキルを使い、護りの力を発動した。護りの力…それは、勇者のみが使用できる防御系最強のスキル。自らの周囲に光の防壁を築き、邪悪な攻撃を防ぐというものだ。
―――時間稼ぎにしか…ならないか…。
既に3回発動している。1回目は3分ほど持った。2回目は2分になった。3回目は…どれほどの猶予があるのかわからない。解決策を考えなければ。
―――しかし…どうやって…。
敵は魔王。この世界、最悪にして最強の敵だ。勇者である俺が倒すべき、いや、倒さなければならない敵。ありとあらゆる修行を積み、この地…魔王城に攻め込んだ俺。攻撃は…全くきかなかった。
絶望の縁、そこに指1本でぶら下がっているような状況だ。
「何か使える魔法は…。」
焦りを必死におさえこみ、思考を加速させる。意味のない思考であっても、考える以外に答えは出てこない。心に絶望の色が押し寄せるその瞬間。
『ミャオ…?』
「え?」
何かの鳴き声が聞こえた。いや、そんなはずはない。ここは護りの力のなか。破られない限り、ここに存在できるのは俺だけだ。
『ミャ』
「ね…ねこ!?」
『そうだよ』
「しゃ、しゃべった!?」
人間の言葉らしきものを話すモンスター、それならば会ったことがある。もちろんその言葉に意味はなく、人間を油断させるフェイクのようなものだ。しかし、今、俺の目の前にいる真っ白の子猫は…。
―――会話…してる…。
いや、そんなはずはない。あまりの絶望感に、幻でもみているのだろう。いけない、心を落ち着かせねば。
『あのさ、勇者さんだよね?』
「あ、あぁ。」
『ピンチだよね?』
「いや…なんとかして魔王を…。」
『なんとかなるの?』
「…。」
『力、貸してあげよっか?』
「…ねこが?」
『どうする?』
俺は自らを支えていた、プライドという柱をへし折った。
「頼む。」
『オッケー。』
諦めにも似た感情に支配された俺。気力を失くした護りの力は、もろくも崩れ去る。そして次の瞬間。
「キャハハッ!これで…終わりだ!」
『キミがね。』
「は…?」
それが魔王の断末魔だった。魔王を包み込むにあまりあるほどのサイズ、超巨大な光の球に包まれた魔王。シュン…という、風をきるような音ともに、禍々しい空気が消滅した。
■
「キミは…いったい?」
『ねこだよ。』
「いや、それはわかるけど。」
『じゃあ、これ。』
「何これ?」
『請求書。』
「請求書!?」
かわいさを凝縮したような見た目…それに全く似合わない単語が飛んできた。請求書ってあれだよな。お金を払えってことだよな。
「1000万ゴールドッ!?」
ぼったくり極まりない。家が建つレベルの額を請求された。
『安いもんでしょ?魔王倒したんだし。』
「そりゃ…そうだけど。」
『勇者さんなら払えるよね。はいこれ、振込先。』
「わ…わかったよ。」
『約束だからね。』
そういって、右の前足をあげた子猫。優しい光とともに、現実感が戻ってくる。
―――なんだったんだ…?
手には請求書と振込先が書かれた紙。振込先は「ねこ」となっている。そのまんまだ。
■
俺はギルドにとんぼ返り。魔王討伐を報告するとともに、1000万ゴールドの振込手続きを行った。
―――これで…良かったんだよな?
ギルドが保有する水晶によって、魔王討伐という事実が確認されている。この水晶を誤魔化すことはできないため、あのにっくき魔王が消えたのは…間違いないようだ。
「勇者殿、やったじゃねーか!」
「ギルドマスター。えぇ、いろいろと…あったんですが…。」
「なんだかうれしそうじゃねーな、何かあったのか?」
「実は…かくかくしかじか…でして。今、振り込みをしたところなんです。」
事実をありのままに告げた。隠して栄誉を独り占めするというのも…ありなのかもしれないが、俺の良心がそれをとがめた。
「それは…ねこだな。」
「いや、それはわかってます。振込先もねこでしたし。」
「まねく猫だ。」
「まねく…猫?まねき猫ではなく?」
「あぁ。まねき猫は、金やら人やらを呼んでくれると言われてるだろ?」
「えぇ。」
「まねく猫は、自分に金やら人やらをまねくんだ。」
「は?」
理解ができず、失礼な返事をしてしまった。
「だから、お前さんはまねかれちまったってことだよ。ねこに。」
「え…。」
「ねこの儲けのために。」
あっけにとられた俺。猫に小判…この世界でその意味は違ったらしい。
敗北寸前の勇者は猫を頼る。 くるとん @crouton0903
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます