婚約者様の愛猫の手
人紀
婚約者様の愛猫の手
何が悪かったのだろうか?
やはり、迂闊だったのだろうか?
「もう、忙しすぎて猫の手も借りたいよ」
確かに、僕は言った。
うん、言ったよ!
だって、実際の所、忙しかったんだ。
僕は父である国王からの命令で、国境付近の場所に拠点を作る仕事を受け持っていた。
だが、その仕事はかなり滞っていた。
理由は簡単、王命で僕の下に付いた武官達が、第一王子である僕に対して、露骨では無いにしても、足を引っ張るようなことをしてきたからだ。
歴戦の武人である彼らから見たら僕は、偉大なる父の血を引くってだけの十四歳の若造に過ぎない。
どうやら、そんな僕なんかの下にいることが気にくわないらしかった。
……本当は、王命で、しかも国のための事業なんだから、ぐだぐだ言わず働け! って言ってやりたい。
だけど、後々が面倒どころの騒ぎじゃ無くなるから、ぐっと飲み込み、宥めたり、機嫌を取ったりしながらも、何とか前進させていた。
それには、使者を立てては駄目だ。
直接顔を合わせて、話をしなくてはならない。
そうしなければ、『誠意が無い!』とか『あいつには会ったのに!』とか、とにかくうるさいんだ。
だから、ただでさえ書類仕事が多いのに、あっちに行ったりこっちに行ったり忙しすぎて目が回りそうだった。
そんな中、何とか時間を調整して訪問した、婚約者であるエリーの屋敷で、昼食を取りながら僕は愚痴を言ったんだ。
本当に、罪の無い、ただの愚痴だ。
僕としては愛する婚約者が「まあ、大変ですのね!」とか「頑張ってください!」とか言ってくれるだけで良かったんだ。
それだけで、力になり「君のためにもう一働きするよ!」とそんな気になったはずなんだ。
だけど、婚約者であるエリーの答えは違った。
「なら、我が家の
そう言い出したんだ。
……やはり、慣用句とはいえ、猫を使ってしまったのは良くなかったのかもしれない。
エリーは自身の愛猫を、娘と言って可愛がっている。
そして、困ったことに、多くの飼い主と同じく自分の愛猫は誰の目から見ても愛らしいと思い込んでいる節があった。
猫の品評会があると聞きつければ、呼ばれてもいないのに押しかけて、ご令嬢方を失神させ、大騒ぎになったこともある。
余りのことに、僕の母である王妃がエリーを呼びつけて説教するほどだった。
それでも、自身の愛猫、その愛らしさへの信頼は揺らがないのか、自信満々な表情で「我が家の
そんな風に、愛する婚約者様に言われたらどうだい?
断る選択肢なんてあるわけ無いだろう?
だから、僕は一日、婚約者の愛猫の力を借りることになったんだ。
スカッとした。
そして、父である国王に、めちゃくちゃ怒られた。
翌朝、僕は婚約者の愛猫をお返しするために、婚約者の屋敷に訪問した。
屋敷の門の前に立つ
そんな様子に、エリーも嬉しそうに抱き寄せながら「お疲れ様! 殿下のお役に立って立派よ!」と
ほのぼのしながらも、美しい光景だ。
ただエリー、僕らはそろそろ正しく認識すべきだと思うんだ。
十四歳になる僕の美しい婚約者、その体を一飲みにしそうなほど巨大な”彼女”をただの猫と呼ぶには無理があることを。
来たばかりの小さな頃ならともかく、
え?
隣国に大規模な猫の品評会がある?
彼女をそこに連れて行く?
いやいやいや!
止めて!
怒られるの、僕だから!
婚約者様の愛猫の手 人紀 @hitonori
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