第3話 起因


この子は過去の僕じゃなくて、僕の子供ーー?

コイツはおれの記憶を見せているんじゃなかったのか?



「お得意の状況分析をしているみたいだな。まず一つ言いたいのが、俺はお前に記憶を見せてやるといったが、誰も「お前の記憶」を見せるとは言ってないぞ?本能的に良い記憶に塗り替えたかったのか?人間はいろいろな奴がいる。面白い。良い奴の中にも種類がいる。お前みたいな都合の人間もいることだ。呆れるよ。」


「ここからがお前の記憶だ。」




コイツがニヤッと笑った瞬間、記憶の場面が変わった。最初に見た記憶にいた、僕が母親と思っていた女性が部屋で泣いている。部屋は狭くてボロボロ、どうやら古いアパートの一部屋らしい。そして女性のおなかは膨らんでいる。妊娠をしているのだろう。



「分かるだろ、お前の妻だ。お腹にいる子はさっきの子供、お前の息子だよ。お前は仕事を理由に妻が待っている家にはなかなか帰ってこなかった。妊娠している妻はさぞかし苦労をしただろう、一人で生活をしていくことは困難だ。普通に考えたら分かるだろ?でもお前にはその普通が分からない、家には全く帰ってこなかったからな。」




思い出した。春子(はるこ)ーーーーーーーーーー。僕の妻の名前だ。

春子とは高校が同じで、二十歳の時の同窓会で再開した。理系大学に通い、研究に没頭をしていた僕に出会いはこれまで全くなかった。当時お世話になっていた教授に研究ばかりでは、頭がパンクする、息抜きも込めて大学生らしく恋愛でもしてみたらそうかという提案からだった。付き合いを始めてからこの記憶まで、僕の頭の中は春子の事よりも研究だった。だが事実としてもちろん愛していた。



そして大学を出て僕は、同じ研究を続けるため、教授に推薦された研究所に勤め、日々研究に没頭した。そこからだ。僕の人生が変わったのは。



僕は息子と同じ、治療薬の研究をしていた。生活習慣病の一つ、糖尿病の進行を防ぐ治療薬の研究だ。血糖値を急速に通常値へと戻し、病気を促進させる作用を全てダウンさせ、そして薬を投与した日には完治する。魔法のような薬だ。そんな薬があれば良いなと思っていた。



大学時代から必死に研究をしていたが、ようやくそれが現実になる。実験体のマウスでの成功、そして治験薬として承諾を受けたうえで患者への投与を行い、糖尿病は完治した。


僕はひたすら嬉しかった。ようやく誰かの為になる事ができた。僕は報告書を整理し、上司に報告した。上司は僕を誉め、糖尿病患者を大幅に減らすことができる。素晴らしいと言った。

そして春子のことが頭に浮かんだ。連絡はとっていたものの、研究に明け暮れ、気づけば家を出て3カ月が経っていた。研究の成果を、春子に報告したい。



そう思い僕は、溜め込んでいた有給を取得し、自宅に帰る。ボロボロの6畳半のアパートだ。2階にある僕たちの部屋へ向かう為、築50年のギシギシとなる鉄製のボロい階段を上がる。玄関を開けると、部屋は電気がついておらず、暗かった。

誰もいないのかーーーーーー?



すると、女性の泣いている声が聞こえている。春子だ。

電気をつけ、部屋の隅っこで三角座りをして泣いている春子に声をかけた。



「春子、、、どうした?」


春子はまだ泣いている。


「泣いていたら分からない。どうしたんだ?」


春子は口を開く。


「私、、、もう限界。」


「何が?」


「もう終わりにしましょう。私たち。」


「子供も生まれるのに?どうして?」


「あなたは私のことを愛していない。」


「愛しているに決まっているだろ。」


「信じられない、そうだったら家には帰ってくるでしょ普通。妊娠している妻を置いて仕事?どうしていつもそうなの?」


「研究があったんだよ、仕方ないだろ、、、」


「その研究で成果は出たの?そもそも何の研究?誰かの為になるの?」


「なるさ。なったんだよ。今まで言えなかったけど、ようやく誰かの為になろうとしてるんだよ!!」


僕は声を荒げた。研究を否定されたのが悔しかった。


「もう聞きたくない。私は決めたの、あなたとは別れます。」


決心が固い彼女に対して、当時の僕は理解できなかった。苛立ちを覚えた。



僕は彼女のほほを平手で打った。



「分かったよ、僕が出ていく。君は両親と疎遠だし、行く場所もないだろう。ここで暮らしなよ。」


そう言い放ち僕は扉を勢いよく閉め、研究室へ戻った。



春子との関係が絶たれたことに悲しみを覚えるという事より、苛立ちだった。むしゃくしゃしたこの感情を自分の中で殺そうと試みる。その対策として、気を紛らわすためにラジオでも聞こう。



イヤホンを携帯につなぎ、早速ラジオを聴いていると、ニュースが流れている。



「しかしすごいですねえ。糖尿病が薬を飲んだだけで直ぐに完治するなんて。医学の進歩にあっぱれです。」



評論家として出演している大学時代の教授がコメントを残している。まさかこれは僕の研究のことか?


「この薬を開発したのは私の教え子でして、、誇らしく、本当に幸せです、、」


間違いない、僕の研究だ。この研究は確かに成功したが、正式に公表するのは早すぎる。何故公表されているんだ。

ここから最終確認が入り、修正を入れていきながら、初めて完成がなされる。僕はすごく焦った。研究所の最寄り駅を降りて走る。



研究所の扉を開けると、研究員、上司たちの姿が見えた。様子がおかしい。何かを探している。



「どうしたんですか?何を探しているんですか?」


「実験体だったマウスが、、いないんだ、、部屋を掃除していたら、殺処分をしたはずのマウスが生きていて、、驚いてマウスを保管していた箱を落としてしまって、、」


「何をしているんだ!早く見つけないと!」


その後、僕もひたすらマウスを探したが、駄目だった。保管していた数十匹のマウスは姿を消し、消えた。


この数時間で色々なことが起きた。春子の事で頭がいっぱいになるはずなのに、それができない。疲労はとっくに限界を超えていた。

そもそも、どうして世にこの研究が流れている?



「どうして世間に情報を流したんですか。まだこれは未完成です。」


僕は上司を詰める。


「心配ない。この研究に失敗は無い。君が一番よく知っているだろ。」


「勝手に決めつけないでください。公表は早すぎます。今すぐ取り下げてください。」


「それはできない、既に世界にこの研究は公表された。不可能だ。」



このクソ上司は人の研究を勝手に世に公表した。本人への確認も無しにだ。はっきり言って意味が分からない。この場合、もう今後何も起こらないことを願うしかない。

世には出してしまったものの、継続して研究を行い、完成に徐々に近づけ、修正をすればなんとかなるだろうと思っていた。そう考えるしかなかった。



数週間後、1匹の実験体のマウスが死体で敷地内にて発見された。死因は見たことのない新型のウイルスによるものだった。

その他のマウスは悪性ウイルスの運び屋となり、他の生物にも影響を及ぼした。もちろん人間を含めてだ。



このウイルスは後に世界に流行し、人々は苦しみ、世の中を狂わせる。





僕が起こしたんだ。殺戮ウイルスによるパンデミックを。

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記憶回讐(きおくかいしゅう)〜僕は何者〜 小林一茶 @daiysn

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