第2話 過去


赤ん坊の泣き声が聞こえる。ある女性がその泣きわめく赤ん坊を抱えあやしているのが分かる。



見覚えのある女性だ、おそらく僕の母親、そしてこの赤ん坊が僕だろうか。



「ここはもともとお前が暮らしていた家だ。母子家庭で育てられたこの子は後に偉大な研究者となる。世界的に流行したウイルスの治療薬を開発し、世界を救う。確かにウイルスによって多くの犠牲者は出たが、紛れもなくこの子は世界を守る。屍の上に立つ英雄(ヒーロー)だ。」



まだ記憶があまり戻っていないが、確かに治療薬完成に心が喜びに満ち溢れていたことを覚えている。



人間の体を虫食むウイルスは世界的に流行し、、そうだ。人口の半分が消えた。その治療薬で世界が救われたことは事実だ。



確かにうっすらと記憶がある。コイツの言っていることは本当だと確信した。



「死人がやたらと多いと覗いてみたらウイルスが暴走していた。俺はこの世界には干渉ができないから、本当に困ったよ。どうやらこの子のたった一人の家族の母親までもがウイルスに殺されたみたいだ。そこから研究を重ね、やっとの思いで叶えた。天才でもあり努力家であることは間違いない。」



確かにこの女性が亡くなったことは覚えている。心が悲しみ、何もできなかった自分を恨んだことを。



「次だ。行くぞ。」




すると場面が変わり、急に寒気を感じる。冬だ。

視界には大きな建物がそびえ立ち、ボールを打ち込む野球のバットの金属音、そして吹奏楽の音色が聞こえる。学校だろうか。



下を見るとグラウンドで陸上部が声を合わせて練習をしている。空から眺めているが、僕たちのことはどうやら見えていないらしい。



「あそこの部屋を見てみろ。グラウンドでスポーツを楽しんでいる景色を見ている学生がいる。あれはさっきの赤ん坊だ。」



教室にいる彼は、確かに顔を見みると赤ん坊の面影がある。どうやら高校生であった当時の記憶のようだ。




「青春を謳歌するべき学生時代に、家庭が貧しいということからやりたいことができない、可哀想なやつだ。」



その学生を見ると、何も考えずに景色を眺めていることが分かる。



「朝から夜、くたくたになるまで働く母親を支える為、自分も働いた。空いた時間には唯一取り柄だった勉強に打ち込んだ。ここから既に世界を救う物語は始まってたってハナシだ。素晴らしい。」



この記憶を見て、僕は苦しかった学生時代を耐えたんだと自分を誉めた。身体が弱い母親であろう女性を気にかけていたことは覚えている。



「母子家庭で育った事は確かに、両親がいる家庭に比べれば苦しいものだ。当たり前の事が当たり前ではなくなるからだ。

だが苦しい環境で生活する事は、普通の家庭では得る事ができない報酬が手に入るのだろう。それはのちに将来の成功のきっかけの一つでもあるということだ。」



「そしてこの子は現在、世界に賞賛された後に、今も成功者として研究を続けている。」





良かった。僕は今も誰かの為に貢献している。







ーーーーーー待て。今も?





僕はもう死んでいるじゃないか。





すると驚いている僕の顔を見て、コイツは大きく笑った。

そして笑った後に、目を見開き、僕を見た。





「この英雄はお前じゃない。何を勘違いしてるんだ。馬鹿か。」



じゃあこの子はいったいーー




「この子はお前の息子だよ。」



勘違いで創られた記憶が、僕の頭の中から消えた。

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