みゃあみゃあ〈我輩は元勇者の猫である〉

市亀

にゃおにゃお〈こんな大変なことがあったの〉

 世界を征服せんと人々を苦しめてきた魔王を、二人の少女が追い詰めていた。


「さあ、覚悟はできたよね――アタシはとっくにできてるよ」

 白銀の鎧をまとい、その身に不釣り合いな大剣を構えるのはルルトリア。聖剣に選ばれ、魔王を討つべく旅と鍛錬を重ねてきた。


「ルル・・・・・・本当に・・・・・・やるんだね?」

 ローブをまとい、魔力を練り上げているのはマリーリ。幼馴染みのルルトリアを支えるべく、懸命に魔法を学びながら、共に試練を乗り越えてきた。


「くっ・・・・・・いいのか勇者とやら・・・・・・その剣を解放するということは、貴様の身が果てるということだぞ!」

 苦悶しつつも、ルルトリアへ問いかける魔王。


 何度でも蘇る魔王を討つ唯一の方法は、聖剣オメガセイバーの最終奥義を解放することだ。しかしそのためには、使い手の肉体を捧げ魔力に変換する必要がある。


 幸せな結末を信じて旅してきた二人に待ち受けていたのは、勇者が犠牲になるしかないという残酷な真実だった。


 それでも。

「大丈夫、リリのこと信じてるから」

 ルルトリアは、マリーリへと振り返って微笑む。


 修行の果てにマリーリが身につけた、魂を操る秘術。

 ルルトリアの肉体が滅ぶ瞬間、彼女の魂だけを分離し、別の器に封じ生まれ変わらせよう・・・・・・というのが、二人で決めた答えだった。


「うん、任せて・・・・・・私が絶対にルルを守るから、ルルは安心して世界を救って」


 最後にキスをして。ルルトリアは聖剣を振りかざす。


「それじゃ終わらせる――いや、始めるよ、新しい時代を!

 最終奥義。命懸けし人の奇跡スーパーノヴァ!!」


 そして魔王城に、聖なる光の奔流が溢れ。



 その五年後。

 マリーリは、街はずれで魔法店を営んでいた。


 魔王が消え、世界が滅亡の危機から救われても、自然に生まれるモンスターの脅威は消えない。冒険者の需要は残っていたし、魔法による強化や治療を担う人材は求められていた。マリーリは過去を隠し、戦いに赴く者たちを魔法で支えていたのだ。


 一帯で活動する冒険者にとって馴染み深いだけで、マリーリの店が特に注目されているわけではない。ただ、店で飼われている白猫のルルは、ちょっとした名物だった。可愛らしいだけでなく、人の言葉が分かるかのように反応する賢さで、近所の人々に愛されていた。むしろ本来の商売より、ルルと戯れに遊びにくる客の方が多いくらいだ。


「きゃあ、ルルちゃん可愛い可愛い~~今日も店番してて偉いでしゅね~~」

 行商帰りの婦人が、文字通りの猫撫で声でルルを撫でる。みゃあみゃあと鳴いているルルであるが、マリーリだけには本当の声が聞こえていた。


〈お姉さんこそ今日も可愛いぞ~~さあもっとアタシを愛でてくれ!! 世界を救ったアタシを撫でる栄誉に震えなさい、ヒャッホウ!!〉


 白猫ルルの中には、ルルトリアの魂が入っている。

 原理は非常に難解であるが結果だけ言うと、母猫の胎内で育っていた子猫へと、マリーリがルルトリアの魂を注いだのだ。


 魔王との決戦の前、ルルトリアは語っていたのだ。

「もし体が消えるなら、猫に生まれ変わって、可愛がられながら余生を過ごしたい」


 その希望をマリーリが叶え、責任を持って育てているのだ。

 中身がルルトリアであるだけで、体は普通の猫である。かつての勇者の力など、全く残っていない。モンスターに襲われてはひとたまりもないので、マリーリがずっと屋内でお世話していた。


 閉店間際の今も、ルルはお得意様の娘に抱かれている。

「だから今度ね、お父さんのお師匠にね、わたしも剣を教えてもらうの!」

 みゃあみゃあ〈そうかそうか、シーちゃんも剣士デビュー目前だあ!〉

「ルルちゃんのこと、わたしが守ってあげるからね!」

 にゃおにゃお〈頼りにしてるぞ~、立派な後輩が育ってお姉さんは嬉しい!〉


「はい、お待たせシーちゃん。お父さんのお仕事、終わったからね」

「え~、まだルルちゃんと遊んでいたらダメ?」

「ルルもそろそろ晩ご飯なの、シーちゃんもでしょ?」

「うん、お母さんが待ってる! じゃあシーちゃん、また今度ね」


 別れの挨拶に応じて、ルルは尻尾をぺこりと曲げる。「本当に言葉が分かるみたい」と評判の仕草だ。実際分かるのだが。


 客がみんな帰ったところで、ルルはソファにごろんと寝そべる。

 みゃあ〈リリ、おなかすいた〉

「おとなしく待ってなさい、こっちは仕事終わったばかりなのよ」

 にゃおにゃお〈アタシだって接客してたもん!〉

「ルルはただ女の子相手にデレデレしてただけ!」


 やることなすこと全てマリーリ任せ。仕方ないとはいえ、なんともいい身分である。だがルルだって、命と引き換えに世界を救った過去がある。余生をずっとグータラしている資格なら、まあ、あるのだろう。


 そうしていつも通り、平和に更けていくはずだった夜だが。


 ドアが激しくノックされ、女の叫びが聞こえる。

「助けて、仲間が重傷なの!」

 営業時間外とはいえ、緊急なら対応するのがマリーリのモットーだった。しかし、ドアを開けた瞬間、その来客は豹変する。


「金を出せ! 騒いだら殺す!」

 短剣をきらめかせ、マリーリを脅す・・・・・・女相手と油断した、強盗である。

「あ~・・・・・・ちょっと待ってくださいね」


 答えつつ、マリーリは相手を検分する。近場では見かけない装いだ、あちこち旅しつつ盗みをはたらいているのだろう。

 構えは雑だ。魔防装備の気配もない。ぶっちゃけ、すぐ倒せる。

 しかしマリーリの攻撃魔法は対モンスター戦を想定しており、人間を殺さず無力化するには慣れていない。犯罪者相手とはいえ、さすがに過剰防衛の責めは免れない。


 ちらり、ルルと目が合う。

 にゃあ〈魔法かけてよ、アタシが注意引くから。その間に助け呼んで〉

 

 頷いて、金庫の前に座りこむ。するとルルが強盗へとじゃれついた。

「はあ、なんだこの猫・・・・・・邪魔だ、あっち行け!」

 すぐに蹴り飛ばさないあたり覚悟が甘いのか、猫相手に油断しているのか。マリーリはこっそりと、ルルに魅了魔法をかけた。


 効果はすぐに現れた。

「はあっ・・・・・・なんて可愛い猫さま・・・・・・わたくしめに撫でさせてくださっても・・・・・・」

 ルルに夢中な強盗を置いて、マリーリは裏口から外へ出て、近所に助けを求めた。すぐに駆けつけた戦士たちによって強盗は無傷で捕縛された、それはいいのだが。


「お願いですどうかあの猫さまをおそばに置いていただけませんかせめて最後にもう一度おなかを吸わせていただけませんかせめてせめて姿だけでもそれ以外はもう何もいらないから」

 数時間ほど、強盗はルルへの愛を叫び続けていたらしい。魅了魔法の出力が、ちょっと強すぎたかもしれない。


 とはいえ、迷惑な危機は去った。心配したご近所さんが夕食に呼んでくれた後、ベッドにて。


〈ねえリリ、あの強盗にスリスリされた後で気持ち悪いのよ〉

「・・・・・・つまり、私で上書きしたいと?」

〈さすが相棒、今日くらい良いでしょ?〉

「分かったよ、痛いのなしね」


 ルルはマリーリの肌へと体をこすりつける。

〈ああ、いい、猫になってもリリの温もりは落ち着くなあ・・・・・・へへ〉

 喉を鳴らすルルを撫でつつ、マリーリはぼんやりと過去を振り返る。


 ルルトリアもマリーリも、魔王との決戦で命を落としたことになっている。

 というのも、マリーリが実行した魂を操る魔法は、現代の魔法学ではぶっちぎりの禁忌なのだ。ルルの存在がバレたらマズい。かといって、マリーリ一人で故郷に帰るのも忍びなかったのだ。


 とはいえ。ルルトリアだって、故郷に帰りたかったかもしれない。マリーリの独断で決めないで、帰れる方法を探しても良かったかもしれない。


「ねえ、ルル」

〈なあに?〉

「いま、幸せ?」


 むぎゅ、と。ルルの肉球がマリーリの頬を押していた。


〈リリがいればどこでも幸せだよ、アタシ〉


 ルルトリアの表情が、今でも浮かんだから。

 マリーリはルルの首を撫でながら、「私もだよ」と答えた。


〈それに、勇者だった頃より今の方がモテモテだからな〉

「この浮気猫め」

〈妬いた?〉

「いや全然」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みゃあみゃあ〈我輩は元勇者の猫である〉 市亀 @ichikame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ