最終話 夏海

 後夜祭のキャンプファイヤーで俺はを選び、一方で彼女を選ばないという選択を取った訳だが、後悔はない。

 選ばれなかった彼女は俺とを泣き顔で祝福すると、友達に慰められながら姿を消したのだ。

 俺はとキャンプファイヤーのフィナーレまで一緒に踊った後、家まで送って行く。

 そうしてようやく家に帰ったわけだが、扉を開けると家の中がやけに騒がしかった。


「そんなに大騒ぎして一体どうしたんだ?」


「お兄ちゃん、夏海ちゃんが大変なのよ」


「さっきまであんなに元気だったのに……」


 大騒ぎをする母さんから話を聞くと、どうやら突然夏海ちゃんが意識を失って倒れたらしい。

 幸い息はしており体温なども正常なため体には異常が無いようだが、その原因が分からないため騒いでいたのだと言う。


「それで今夏海ちゃんはどこにいるんだ?」


「今は和人の部屋のベッドで寝かせてるわ」


 母さんの言葉を聞いた俺は急いで自分の部屋へと駆け上がっていく。

 そして部屋の扉を開けた瞬間、真っ暗な部屋の中から声が聞こえてくる。


「パパおかえり、待っていたよ」


「良かった、意識が戻ったんだな」


 そう言いながら部屋の電気を付けた俺だったが、ベッドの上にいた夏海ちゃんの姿を見た瞬間、息が止まりそうになった。


「な、夏海ちゃんの姿が変わってる!?」


 なんと俺の知っている夏海ちゃんと髪の色や顔が少しだけ違っていたのだ。

 今の夏海ちゃんの容姿は俺の記憶の中にある小さい頃のとそっくりだった。


「パパ、私思い出したよ。誰がママなのか」


「……えっ!?」


 夏海ちゃんは驚いている俺を無視してそのまま話し始める。


「まず私が恵美お姉ちゃんと美菜お姉ちゃんを懐かしいって感じてた理由なんだけどね、2人とも私のママになる可能性があったからなんだよ。だから私の前の外見が2人に少し似てたんだと思う。ママの記憶だけが無かったのも、2つの可能性が混ざってぐちゃぐちゃになってたせいなの」


 なるほど、未来が確定していなかったせいで複数の可能性が夏海ちゃんの姿を構成し、それで恵美にも美菜先輩にも似た姿になっていて、似た特徴を持っていたのか。


「夏海がこの時代にやって来た理由は分からないけど多分、優柔不断なパパやお姉ちゃん達の背中を押すためだったんじゃ無いかって思う」


 確かに、夏海ちゃんがこの世界に来なければ俺達の関係は進展していなかったに違いない。


「でも、もうパパがママと結婚する未来が確定したから夏海の役目も終わり。本当はもっと一緒にいたかったけど、残念ながらお別れの時間が来たみたい」


 夏海ちゃんがそう言った次の瞬間、体がどんどん透明になり始めた。

 恐らくこれで夏海ちゃんは元いた未来に帰ってしまうのだろう。


「さようならパパ、また未来で会おうね」


 最後にそう言い残すと、泣き顔をしていた夏海ちゃんは俺の見ている前でこの世界から完全に消滅してしまう。


「またな、夏海ちゃん」


 夏海ちゃんの姿が完全に消えたのを見届けた俺が下に降りると、凛花と母さんはいつも通り落ち着いた様子に戻っていた。

 俺は違和感を感じながらも夏海ちゃんが未来に帰った事を話すが、衝撃的な発言が返ってくる。


「えっ、夏海ちゃんって一体誰の事かしら。凛花知ってる?」


「私も知らないわ。お兄ちゃん、星綾祭で疲れて変な幻覚でも見たんじゃ無いの」


 なんと母さんや凛花の中から夏海ちゃんに関する記憶だけが完全に消えてしまったのだ。

 その後、俺は父さんや恵美、美菜先輩、おばあちゃんにも確認したが、誰一人として夏海ちゃんの事を覚えてなかった。

 スマホで撮ったプールやユニバースランドなどの写真も全部確認したが、写真の中から夏海ちゃんの姿だけがまるで初めから居なかったかのように消えている。

 だが、夏海ちゃんは確かにこの世界に存在したはずだ。

 少なくとも俺の記憶の中から夏海ちゃんの存在は消えていないのだから。


「それに写真とかは全部消えたけど、これだけは残ってるからな」


 記憶や写真など、夏海ちゃんがこの世界にいた痕跡が消えた中、唯一夏休みの宿題で書いた俺の下手くそな人物画の夏海ちゃんの絵だけは消えていなかった。

 下手くそだったから許されたのかどうかは知らないが、なぜかこの絵だけはそのままなのだ。


「夏海ちゃん、待ってろよ。絶対生んでやるからな」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 あっという間に月日は流れ、高校と大学を卒業して就職した2年後、俺は24歳の時に高校2年生の頃から付き合っていたと結婚する。

 そしてその1年後が子供を妊娠したわけだが、性別は俺が予想していた通り女の子だった。

 夏海ちゃんが以前話していた通り、やはり俺が25歳の時に生まれてくる運命のようだ。

 生まれてくる子供の名前決めようとなった時に、俺は夏海という名前を1番に提案する。

 もその名前がしっくりくるという事で、特に揉める事なくすんなりと夏海で決定したのだ。

 それから月日はさらに流れ俺が33歳になった時、夏海ちゃんは小学2年生になった。

 小学2年生になった夏海ちゃんは、あの日俺の前から消えた夏海ちゃんと全く同じ外見に育っている。

 ある日、家の壁に貼ってあった俺が高校生の時に書いた下手くそな人物画を見て、夏海ちゃんは立ち止まった。

 そしてボロボロと目から大粒の涙を流しながら口を開く。


「ただいま、パパ」


「おかえり夏海ちゃん」

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【完結】ある朝未来から俺の娘がやってきた結果、幼馴染と先輩がグイグイ迫ってくるようになった件 水島紗鳥@今どきギャルコミカライズ決定 @Ash3104

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