第31話
「そんなこと、ないです。めちゃくちゃ適当です。航平さんが以前作ってくださった朝食のほうがとても美味しかったです」
「あれこそあり合わせで作った料理だから」
謙遜がすぎます、航平さん!
航平さんはまだじーっとわたしのお弁当を見ている。どうしてわたしのお弁当ばかり見るのですか。あなたが買ってきた中華弁当に注目してあげてください。ナスと豚肉のみそ炒めが可哀そうです。わたしは心の中で悲鳴を上げた。
「おかず交換しない?」
「えぇっ」
「せっかくだし」
何がせっかくなのだろう。一ミリもせっかくという言葉について理解ができない。
「でもでも、本気で適当なので。もしも手料理に興味があるのなら……もっとちゃんと事前に準備を」
「卵焼き食べたい」
「これは……ええと」
お弁当用に小分けにして冷凍したものだから、水気が多くて駄目なんです。わたしは心の中で言い訳をした。せっかくなら作り立てを食してもらいたい。この中でまだなんとか取り繕えるもの……はどれだろう。
「……ミニトマトならいいです」
「……焦らす美咲ちゃんも可愛いから今日はミニトマトで我慢する」
よかった。なんとか納得してもらえた。
けれども、次の瞬間航平さんの瞳がきらりと光った……気がした。
「美咲ちゃんが食べさせてくれたら」
「!」
とんでも発言に肩が飛び上がった。
「人が。誰かに見られるかもなので」
「もう俺たちの関係はみんなに知られているんでしょ。なら誰に見られたって大丈夫」
いえいえいえ。わたしが困ります。
真っ昼間の日比谷公園で、いい年した男女がキャッキャウフフといちゃいちゃしていたら、それだけで大ひんしゅくを買ってしまう。航平さんの隣にいるのがわたしみたいな冴えない女性なら尚更だ。
「美咲ちゃん。早くしないとお昼休憩なくなっちゃうよ?」
「うう……」
拒否権はないらしい。
わたしは観念してミニトマトのへたを指でつまんだ。
それからそっと航平さんの口元へ。
航平さんが口を開く。スローモーションのように時間がやけに長く感じられる。
これってどういう状況? と疑問が付きまとうのに、きっと鈴木さんのような可愛い女の子ならこういうときも、きゃっきゃと楽しく食べさせっこをするんだろうなと考え気持ちが沈んだ。少しの間忘れていた罪悪感が身をもたげたからだ。
わたしはえいや、とミニトマトを航平さんの口の中に押し込んだ。
とりあえずミニトマトノルマは達成。ものすごくやりきった感がある。
航平さんは気が済んだのか、買ってきたお弁当に箸をつける。
「なんか、いいね。こういうの」
「え……?」
「緑の中で一緒に食事をすると癒やされる」
航平さんは、普段仕事ばかりで緑に囲まれることがないから、と続けた。
「最近のオフィスビルは緑化に力を入れているだろう? 環境面への配慮もあるけれど、なんか今日分かった気がする。こうして緑に囲まれて過ごすと、時間がゆっくり流れているような感じがして気が休まる。美咲ちゃんの隣だと尚更」
お弁当を食べ終わった航平さんは心の底から寛いだように穏やかな顔をしている。
航平さんがわたしの手に、そっと自身のそれを重ねてきた。
「またこうして一緒にランチしよう」
「……はい」
わたしはつい頷いてしまっていた。自然とフェードアウトしよう作戦のはずが、気が付けば次の約束が交わされていて、それに頷いている。
そわそわドキドキしてしまうのを止められない。心臓が持たないと心の中で叫ぶのに、わけもなく、航平さんの隣が心地いいと感じてみたりして。あどけない表情にドキリとするのだ。
もうすぐお昼休みが終わってしまう。一時間の休憩時間が今日はやけに短く感じる。離れがたいと思ってしまうことを、わたしは止めることができなかった。
わたしの処女をもらってもらったその後。【書籍版】 高岡未来/メディアワークス文庫 @mwbunko
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