モノモースねこ

gaction9969

○ ■△

前小口まえこぐちくん? 唸るほどしんどいなら、さくり、ってやめちゃえばいいのに」


 ソファにそのしなやかな身体を投げ出し、ネイルの仕上がりを見ながらシヲリさんはそんな気だるげな感じで言うけど。低く艶のあってアンニュイなその声は、僕のよわよわな意志をそれこそ「さくり」と簡単に両断してくるほどなのだけれど。


「そ、そそそうはいかないよ……ッ!! KACなんだ……ッ!! 全十一回のうち九回目のここまで、仕事も生活も顧みず、三月の……三月の全部を費やしてきたんだ……ッ!! 副反応はキツいけれど、ここでやめてしまったら……こんなところでやめてしまったのならばッ!! ぼ、僕はとんだ富士見町の笑いものだよ……ッ!!」


 思い詰めるのも、その思い詰め方もどうかと思うけど、と、栞さんは心底軽蔑したような目で、リビングのテーブルでパソコンを開いたまま一文字も打てていない僕を見やる。分かってる。その彼女もないがしろ気味にこの数十日は突っ走ってきてしまった……四月になったら、お花見にでも行こうとは言ってるけど。桜がそこまで保ってくれと、祈る他は今は無い。


「……お題は何なの?」


 おっと、それでも食いついてきてくれた。何だかんだ言って僕は想われている……いやいや邪念は捨てろ。締め切り目の前の、KACこれに集中するんだ。


「……『猫の手を借りた結果』」


 ハァ? という呆れ声が返ってきた。うん……


 「切り札はフクロウ」でもう一本書いてやれば、との気の無い言葉がそれに続くものの、て、体裁だけは整えてお茶を濁したいんです……と僕の凍えた唇からもそんなネガティブに毒された言の葉しか紡がれていかないのであった……が、


 そこでひらめいた。いや、アイデアがひらめいたのでは無く、過去のことを思い出した。その「切り札はフクロウ」の時、初っ端から絶望的に煮詰まってしまった僕に何気ない会話の中かた「星座」という乾坤一擲のアイデアを与えてくれたのは他ならぬ彼女だったじゃあないか……ッ!!


「……栞さん、これから僕の言う言葉から連想される言葉に、直感で答えて欲しいんだ。頼むよ」


 いいけど早くしてね、との不承不承了承の言葉に食い気味に、僕は手元の紙の辞書を適当にめくりつつ目についた単語を放っていく。思考が固結した時ほどbrainstormingブレストだよ。そうだ、互いのやり取りの中で醸される思考の奔流を貫いて、凄まじいほどのアイデアの泉が吹き湧き上がることを信じて……ッ


「小判」「猫」

「またたび」「猫」

「額」「猫」

「杓子」「猫」

「紙袋」「猫」

「借りて来た」「猫」

「傾城は」「猫」

「窮鼠」「猫を嚙む」


 あっるぇぇぇ~、すっごい偏っていってしまうふぅぅぅ……


 徐々に白目になっていっていく僕の狭まる視界の中で、ソファの上にきちんと香箱座りした栞さんが心底アホくさという顔で、反らし伸ばした首元に嵌まった最新型2055年モデル「ナ゛オ゛オ゛オ゛リンガル」を暖色のダウンライトに煌めかせながら、ヒゲを震わせ大きなあくびをする。


(了)

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