怪我の功名くん

揺井かごめ

一日目

「こんにちは、僕は怪我の功名くんです。

 今日から暫く、貴方の中指に滞在します。よろしくお願いします。

 特徴は、水に弱いことです。次回はゲルインクボールペンではなく、油性マジックで描いていただけるとありがたいです」

 中指に巻かれた絆創膏から、少年のような声がした。

 知人から貰った、水濡れに強い絆創膏だ。多分ちょっと高いやつ。指の腹側には、カンタンな顔が落書きしてある。もちろん自分で描いた。水に濡れてちょっとだけかすれてしまったが、伸びたインクが睫毛まつげみたいで可愛いと言えなくも無い。我ながら良いデキ、と、眺めて悦に入っていたら、唐突に話しかけられたのだ。

 私は、呆気にとられて開いた口をぱくぱくさせてから、やっと返事をした。

「……誰?」

「だから、怪我の功名くんです」

「怪我の功名って感じ、しないんだけど」

 たまの休日だというのに祖母の料理教室に付き合わされ、カボチャを切り損ねて出来た傷である。年配のおばさま達に「若いわねぇ」とか「大丈夫?」とか言われて、恥ずかしいったら無かった。功名がどこにあるのか。あるのはざっくりいった中指の怪我だけだ。

「いや、思ったでしょう、貴方」

「何を?」

「『刃物の切り傷って、以外と痛くないんだ。発見かも』って」

 ……思った。

「『自分で切ってみようなんてひっくり返っても思わないし、普段こんな深い傷つくる機会なんて絶対無いし、良い経験したかも』って」

 …………思った。

「怪我してるくせに、ちょっとおかしいんじゃないですか?」

「そんな言う? てか言われる筋合いなくない?」

「ありますよ。僕の名前が変なことになっちゃったじゃないですか」

「別の名前を名乗れば良いんじゃない?」

「無理です。僕は貴方なんですから、貴方の決定には従わざるを得ません」

「……私、今、自分と会話してるの?」

「そうです。絆創膏の落書きが喋るわけ無いじゃないですか」

 私に、こんな生意気なモノを中指に宿したいという願望があったのだろうか。深層心理とは分からないものである。

「……っていう、貴方の思考に“添って”喋ることしか出来ないんですよ、僕は。本来なら小さい子供に呼ばれて飛び出て、『僕はにこにこくん! 痛いのがなくなるまでここにいるよ!』とか言うのが仕事なんですよ。だのに何ですか、この偏屈な喋り方は。貴方が偏屈で生意気だから、僕も偏屈で生意気にならざるを得ないんです。分かりますか?」

「さっぱり」

「ダウト」

 綺麗な少年ボイスに冷たくあしらわれてしまった。何か、心に来るものがある。

「今の説明は、貴方が一番理解しやすい、納得しやすい説明のはずです。僕は、になっているんですから」

 沈黙を返事とする。なんとなく、コイツのことが分かってきた気がした。

「そう、それで良いんです」

 満足げな声がする。落書きの顔はかすれたまま微動だにしないのに、この声が落書きから出ているという妙な確信がある。


「改めて、これからよろしくお願いします。

 くれぐれも、次に僕を書く時は油性マジックで」

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怪我の功名くん 揺井かごめ @ushirono_syomen

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