レンタルショップ猫の手
宮瀬優希
【猫の手いかがですか?】
「猫の手も借りたい」ということわざがある。本当にピンチのときは誰の手でも良いから借りたいという意味のことわざなのだが、実際に借りる人はまず居ないだろう。つまり……俺が最初の例になるという訳だ。俺は「レンタルショップ猫の手」と書かれた店の前に立っていた。重厚そうな木の扉を押し開け、中に入……れなかった。引き戸かよ!先言えよ!!改めて、俺はカントリーテイストの店内に入っていった。
「いらっしゃいませ」
ガランとした店内の奥、黒髪の少女がこちらを見て言った。歳は、15、6ほどだろうか。とにかく美しい少女だった。この店の店主か?にしては若いような……。俺が無言のまま少女を見つめていると、少女が先に口を開いた。
「レンタルショップ「猫の手」にようこそ。何の助けをお求めですか?」
ふんわりと笑って定型文と思しき言葉を発する。レンタルショップなのに、助け?違和感があった。俺は助けなど求めちゃいないし、帰ろう。そう思ったが、一つ心当たりがあったのを思い出した。そうだ、俺はダメ元でここに来たんだった。俺はぶっきらぼううに訊いた。
「……ここは、どんなことでも助けてくれんのか?」
「はい。なんでも。ただし……」
少女は怪しげに双眸を煌めかせ、ゆっくりと言った。
「誰の手でも良いから借りたい、そう思っている方に限ります」
「誰の手でも……?」
「はい。例えば、猫とか……ね」
少女の瞳には、妖艶な光が揺らめいていた。
オレンジ色に染め上げられた空の下、俺は猫のマークがついた紙袋を抱え歩いていた。買ってしまった……。その思いが俺の心中を席巻しているが、それと同時にえもいわれぬ満足感もじわりと俺を満たしていた。てくてくと帰路をたどる。
「猫の手、ねぇ……」
俺は、誰へでもなくそう呟き、あの少女の言葉を思い出した。
──良いですか?その子が助けてくれるのは一度だけ。一度使ったら、もう助けてくれるようないい子じゃなくなります。
いい子、ねぇ……。商品をこの子と呼ぶ店員はいるが、いい子という店員は見たことが無い。先程も感じたその違和感に、ざわざわと胸騒ぎがした。が、俺の手中には「助け」がある。それだけで、まぁいいかと思えた……。相当、俺は参っていたのだろう。
「ただいまー」
シンと静まり返った部屋に、俺の声だけが響き渡る。普段なら娘の夏実が「おかえりー」と出迎えてくれるのだが、今は修学旅行でいないのだ。椅子に荷物を置き、紙袋を見る。
「さて、と……」
開けてみるか──……。ガサガサと紙袋を漁り、中身を取り出した。と同時に後悔した。くっそ、買わなきゃよかったああああああああ!!!!俺がこう思ったのは、中身が不良品と思しき物だったからだ。ふわふわとした白く柔らかい毛。ぷにぷにとしたもも味のグミのような物体。……猫の手だった。猫の手のぬいぐるみだったのだ。
「騙された……。猫でも良いとか言わなきゃよかった……。くそぅ……」
やり場のない怒りと己の間抜けさに、思わず本音が溢れる。説明書が同封されているのが実に腹立たしい。何なに……?
『助けてほしいことを言うだけで、この子があなたを助けてくれます』
……説明短くね??ええ??深くため息をついて、せっかくだし助けてほしいことをボヤいてみた。
「Gをどうにかしてくださーい……なんてね」
にゃお〜ん
ははっと乾いた笑い声を漏らそうとしたが、俺の言葉に呼応するように、どこからか猫の声が聞こえた。
うおっ!!?な、猫!!?敵国にこんな情報なっ……ぎゃあああああああああああ
その後、漫画チックなセリフと共に、断末魔の叫びが聞こえてきた。……え?訳がわからず、俺はただ呆然。すると、冷蔵庫の方から白い猫が出てきた。右手には息絶えたG。机の上にあった猫の手は無くなっていた。
「……え?……まじ?」
消えた猫の手、白い猫、息絶えたG……。カチリとピースが嵌まる音が聞こえた気がした。詐欺なんかじゃ、なかったのか。そうわかった途端、ものすごく申し訳ない気持ちになってきた。目の前の猫は、じっと俺を見つめている。
「G、どうにかしてくれてありがとうな」
優しく猫に声をかけつつしゃがみ、そいつの喉をふわふわと撫でた。猫はゴロゴロと喉を鳴らし、ふわりとあくびをした。
「じゃあ、飯持ってこいよ」
「ん?ああ、待ってろよ」
(((……ん?)))
「おまっ、喋った!!?」
「ん?……おう」
「しかも口悪くね!!?」
「そういうルールだったろ、聞いてねぇのか?」
「え、いや、あぁ……」
──いい子じゃなくなります。
そういうことかぁ……。目の前でふてぶてしく俺を見上げる猫を見つつ、深いため息。日本語とは、なんて難しいんだろう。それと同時に、こんな猫に居座られてしまっても困る、お帰りいただこうと思った。が、俺が口を開くより前に、そいつが口を開いた。
「あ!そうだ俺、今日からここ住むから!!よろしくな!」
「……え、えええええええええ!!!?」
これが、スパイGの父を殺め、その子であるスパイGと激闘を繰り広げた敵国の猫型兵器の、最初の物語である。
レンタルショップ猫の手 宮瀬優希 @Promise13
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます