お母さんを救え!大作戦【KAC20229猫の手を借りた結果】

雪うさこ

僕、旅に出る。



「猫の手でも借りたいくらい忙しいのよね……お母さん。疲れちゃった」


 ある日。お母さんがそう言った。いつもは、ニコニコしたり、大きな声で怒ったりしているお母さんなのに。その日のお母さんは、なんだかしぼんだ風船みたいに見えた。


 ——そうか。猫! 猫を借りてくればいいんだ!


 僕はそう思い立った。いつも遊びに行く時のリュックに、ハンカチと、水筒と、グミを入れた。それから、キッズ携帯も持った。


 テレビを見る部屋のソファで、じっと動かないお母さんに気が付かれないように、僕は外に出た。


 ——猫なんて、そこいらで見かけるもの。捕まえるのはすぐだ。


 そう思ったんだけれど……こうやって、いざ見つけようって思うと猫っていないもんだな。


 まずは学校までの道を歩いてみた。毎朝、登校班でこのあたりを通ると、黒猫が塀の上から、僕のことを見ているんだけど。今日はいないみたい。


 神社に行ってみた。ここでもよく猫を見かける。白いヤツと、白と黒の牛みたいな猫。でも、今日はどっちもいなかった。


 今度は商店街に行ってみた。夕方になると、金色のシマシマの猫とか、いろいろな茶色が混ざっている猫を見かける。けど、それもいなかった。


 僕は、なんとか猫を探そうと、自分が行ったことがある場所をぐるぐる歩いて回った。でも猫はいなかった。


「あーあ」


 どうしたらいいんだろう。結局。あちこち歩き回って、なんだか見たことがない公園にたどり着いたのは、夕方だった。学校から「3年生は4時には家に帰りなさい」って言われているのに。公園の大きな時計は4時を過ぎていた。


 このままじゃ、お母さんが困ったことになる。なんだか気持ちが焦っていて、心臓がどきどきした。すると、目の前に灰色のシマシマデブの猫がゆっくりと歩いてくるのが見えた。


「いた!」


 思わず叫ぶと、シマシマデブは、からだを固くして、その場に立ち止まった。僕が猫のほうに歩み寄ると、同じように猫も後ろに下がってしまう。ああ、これじゃあいつまでたっても、猫を捕まえられないじゃないか。猫と仲良くするのって、どうしたらいいんだろう?


 僕は困ってしまって、その場にしゃがみ込んだ。猫は、僕がそうするのをじっと見ていたけど、あごを地面に近づけて、伏せに近い姿勢のまま、じっと僕の様子を伺っていた。


 もしかして、僕のことを怖がっているのかな。そうか。そうだよね。人間だって、初めての人には自己紹介をするんだ。名前も名乗らないで、近づいたら怖がるよね。


「僕の名前は、佐藤幸太郎。キミは? なんていうの?」


 小さい声でそう言ってみると、シマシマデブは「にゃん」と鳴いた。あ、返事した。少しずつ、だよね。


 それから僕は、そっと手を伸ばしてみた。シマシマデブは、僕の指先に濡れた鼻をくっつけてから、くんくんとした。


 猫は匂いで人を区別するのかな? それとも、僕が臭いのかな……。

 

 じっとそのままでいると、シマシマデブは、僕の差し出した手にすりすりと顔をこすりつけていた。そして、急にごろりんと転がったかと思うと、お腹を見せて、僕のことを見上げていた。


「え、えっと。お腹撫でていいのかな?」


 僕がそっとお腹を撫でると、シマシマデブは嬉しそうにからだをくねらせた。


「か、かわいい」


 僕は猫を触るのに夢中になった。家は、動物を飼ってもらえないんだ。お母さんが、動物はダメって言う。「なんで?」って聞いても、理由は教えてくれないんだ。僕は動物が欲しい。兄弟いないし。一人で寂しいんだもん。犬だって猫だって鳥だっていいんだ。


 砂が背中につくっていうのに、シマシマデブはしばらくそうしていた。だけど、そうしていても仕方がないんだ。時計の針はどんどん動いているし、お日様が沈んできているみたいで、辺りは薄暗くなってきた。


「帰らなくちゃ」


 そうだ帰らなくちゃ。でも、ここがどこなのかさっぱりわからない。ここはどこ?


 辺りを見回しても、家の近くとは違った景色。もしかして、僕。迷子!?


 僕が心配しているのをわかってくれたのか。シマシマデブは、僕の足にからだを寄せてきた。さっき背中についた砂がじゃりじゃりして変な感じ。


 リュックからキッズ携帯を取り出してみたけど、電池が切れていた。そうだった。昨日「充電しておきなさい」って怒られたのに、忘れていたんだった。どうしよう……。お母さん。どうしよう……。


 なんだか急に悲しくなって、涙が零れた。


「ふ、ふえ……」


 何回も涙を拭いたけど、止まらない。こんな夕方に公園に来る人もいないだろうし。どうしたらいいのかわからなかった。しかも、シマシマデブは、ピンと耳を立てたかと思うと、僕の目の前から走り出した。


「ま、待って! 置いて行かないで!」


 シマシマデブは、僕の声なんて聞こえないみたいで、一目散に公園の入り口のほうに走って行ってしまった。僕は本当に独りぼっちだ。お母さんに「猫の手」を持って帰ろうって思ったのに。こんなんじゃ、余計に心配させちゃうじゃないか……。


 しばらく、どうしたらいいのかわからなくて、そこに体育座りをしていると、シマシマデブが戻ってきた。デブの後ろには、高校生のお姉さんがいた。


「どうしたの? 僕。迷子?」


「ぼ、僕。ここがどこだか、わからなくて……」


「まあまあ、なんでしょう。まあこがね。私のことを呼ぶから、おかしいなって思ったのよ」


「まあこ?」


「この猫のことよ。家の猫なの。太っていて可愛いでしょう? 人懐こいの。キミ、家の住所とか言える?」


 住所は言えないけど。——僕は、リュックから、「なにかあった時、お巡りさんに見せるように」って言われている名札を取り出した。小学校の名札の裏に、お母さんが住所と、自分の携帯番号を書いていてくれるんだ。


 お姉さんはそれを見ると、ポケットからスマホを取り出して、さっそくお母さんに電話をしてくれた。


「お母さん、お迎えに来るって。キミは随分遠くまで来たと思っているかも知れないけれど、キミの家から歩いて10分くらいだよ。一緒に待っているね」


「にゃん」


 まあこも「そうしよう」と言った。すると、お姉さんの言った通り、お母さんはすぐに走ってきた。お母さんは泣いていて、僕を見るなり、ぎゅーっと抱きしめてきた。


「黙って出かけない! 心配したんだから! キッズ携帯も電源切れているよ!」


「ご、ごめんな……さい……」


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 なんだかすごく悪いことをしたんだなって思った。お母さんのために、猫の手を探していたのに、逆に心配をかけちゃったんだ。


「ね、猫の手、見つからなかった。お母さん、ごめん……」


「猫の手? まあ、猫の手も借りたいって言うのは、ことわざなのよ。猫の手でもいいから借りたい、それくらい忙しいってこと!」


 僕はなんだか恥ずかしい。隣にいたお姉さんも笑っている。まあこも「にゃあ」と言った。なんだか笑われているみたいだった。



***



 帰り道。お母さんと手をつないで歩いた。


「お母さんね、本当は猫ちゃんが好きなんだ。けど動物って、人間よりも先に死んでしまうでしょう? なんだか見ていられなくって。飼わないほうがいいなって思っていたんだけど。今日、幸太郎を助けてくれたのが猫だって聞いて、ちょっぴり嬉しかったんだ。——猫、飼う?」


「うん! あのね。まあこみたいにデブな猫がいい」


「そうねえ。お店で売っている猫はまだ赤ちゃんばっかりだからね。最初からデブな猫ちゃんが欲しいんだったら、保健所にでも相談してみましょうか」


「保健所?」


「捨てられた猫ちゃんたちを保護してくれているの。ちゃんと飼ってくれる人に譲ってくれるんだよ。家に帰ったらネットで検索してみようか。気に入った猫ちゃん、いたらもらいましょう」


「そうだね! お母さんも少しは楽になる? 猫がきたら。猫の手もくるもんね」


 お母さんは、目を丸くしてから「そうね」と笑った。


 よかった。いつものお母さんだ。まあこのおかげかも知れない。まあこがいたから、僕は家に帰ることができるし、お母さんもニコニコになった。


 ——やっぱり猫の手って借りたほうがいいのかも!



—了—

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お母さんを救え!大作戦【KAC20229猫の手を借りた結果】 雪うさこ @yuki_usako

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