24時間耐久ソフトボール大会

葉月りり

第1話

 文化祭で運動部は何をしているか。カフェや焼きそば屋など食べ物屋をやる部もあるが大抵は何もしない。お客さんとして文化祭を楽しむかクラス展示に協力するか。何かをやらなければいけないわけじゃない。なのにうちの野球部は創部以来毎年同じ催しをやっている。それは、


「24時間耐久ソフトボール大会」 


 本当に24時間やるわけじゃない。ただ、文化祭の2日間、始業から日没までずーっとグランドでソフトボールをやる。参加は自由、誰でも歓迎だ。部員はシフトを組んで交代で校舎内のイベントも楽しめるようにする。クラスの出し物に参加しないといけない奴もいるからそこはきっちりやる。だけど、毎度のことだが、弱小野球部、部員が少ない。


 3年生は最後の文化祭、シフトに含まれない。マネージャーはシフトに含まれているが、後夜祭だけは勘弁してと言ってきた。どうも彼氏がいるらしい。1、2年生合わせて16人、なんとか2日間持たせなければ。


 それが、意外と参加者はいる。昼休みにほうきとゴムボールで野球をやってる奴は必ず来てくれる。ウチのイケメンピッチャー目当ての女子とか、プロ野球ファンの女子、あと、男の先生たちもみんな一回は打ちに来てくれる。そういう時、ピッチャーはマネージャーにやってもらう。


 ウチの女子マネは中学の時はソフトボール部だった。入学時に故障しててソフトボール部に入り損なったって言ってた。ポジションはピッチャー。結構やってたみたいでいい球を投げる。コントロールが良くて真ん中高めにいい放物線で投げるから、先生たちは気持ちよく捉えて外野に運ぶ。真ん中とはいえ、何球も続けてそこに放るのは難しいと思うんだけど。


 初日昼過ぎ、この大会のメインイベントが始まる。毎年恒例、野球部対ソフトボール部の試合だ。これを楽しみにしてる奴らがいる。写真部だ。試合と言ってもマジじゃない。なんたってソフトボール部は制服姿なんだから。ミニスカートでバットを構えるソフトボール部員を狙って写真部という仮の姿のカメコが動く。


 ピッチャーはエース、イケメン佐々木、ソフトボール部からのご指名だ。やつはまだ一年生、慣れない下手投げでストライクが入らない。連続四球で1、2塁。


「佐々木! 大丈夫か! 鼻血出てねえか⁈」


なんと、味方から野次が飛ぶ。


「松川! バッターの足ばっか見てないでちゃんとリードしろ!」


「キャッチャーがバッターの足位置見るの当たり前じゃないスか!」


一年生バッテリーが野次の餌食になっているが、油断してると自分も野次られる。


「平沢! ショートはそこじゃないだろ! 何でベースに張り付いてんだよ!」


セカンドランナーが美人キャプテンだったもんで。


この後長打を打たれ、松川は内股のチョコチョコ走りに盗塁を許した。


 やっと佐々木が落ち着いて、チェンジになった。ソフトボール部が守備にちる。見ると、バッテリーだけスカートの下にジャージを履いている。これは、本気の勝負にきてるのか? 練習からバシバシ投げ込んでいる。


 ソフトボール部の本気球に全くタイミングが合わず、野球部は9人連続凡打。悔しいのでもう1イニングお願いしようとしたら、


「おーい! もうすぐMAX Japanのコンサート始まるよー」


と、声がかかった。なんと、ソフトボール部はそのまま9人とも去ってしまった。と、同時にカメコも消えた。


 こういう時だ。この大会の大変な時は。体育館や教室で目玉イベントが始まると、グランドは野球部だけになる。シフトで抜けてる奴がいるから、今は12人だ。守備に9人、バッターが3人。もし、満塁になったら次に打つ奴がいない。

とりあえず順番にバッターになったり、守備をしたりして誰か来るのを待つ。


「コレって、ただのシートバッティングじゃね」


1年が言う。確かに…


 野球部だけでただ漫然と打ったり守ったり野次ったりして時間を過ごす。忙しくはない。忙しくはないが人が足りない。猫でもいいからバッターボックスに立ってくれと思う。


「猫の手お貸ししましょうか」


マネージャーが、クラスの仕事から帰ってきてくれた。マネージャーが投げると守備が締まる。打ちやすいボールで守備陣を飽きさせないからだ。


 コンサートが終わったようで、またポツポツ、猫の手が来てくれるようになった。18人揃うことはなかったが、なんとか1日目を終えた。また明日、これをやる。



 2日目はOBも来てくれて、午前中はベンチに常に人がいる贅沢な状況だ。今日は女子テニス部が練習試合の後、スコートのまま来てくれて俺たちもカメコもテンションが上がった。


 2日目の難関は最後にやってくる。後夜祭だ。俺たちは後夜祭にも出ず、ひたすらソフトボールをやる。後夜祭の係をやってる部員を除いた野球部1、2年生は全員グランドにいる。マネージャーは今頃彼氏とジルバでも踊っているのか…いいなあ。


 ほぼシートバッティング状態のソフトボール大会も後一息だ。もう猫の手は来てくれないだろうと思っていたら、向こうから女子が一人歩いてくる。お、猫の手になってくれるのかと見ていたら、マネージャーだった。


 マネージャーは泣いていた。野球部全員がどうしたんだと駆け寄る。マネージャーは鼻を啜りながら


「清田のやつ、二股かけてた。そばにいったら、「あれ、お前と約束してたっけ」だって。一年の子とどっかいっちゃった」


全員が引いた。


「ひでェ」


中村キャプテンがマネージャーの肩をポンポンして


「そんなひどいやつ、こっちからアカンベしてやれ! いいからソフトボールやろう! どこやりたい? たまには打つか」


マネージャーは首を振って、


「投げたい」


と言った。


 マネージャーが袖で涙を拭きながら、マウンドの踏み出し位置を念入りに均している。中村キャプテンがバッターだ。マネージャーが軽く何球か投げた後、プレイボールがかかった。マネージャーは大きくテイクバックをとる。いつもとフォームが違う! 速い!


ドスッ


「いてェー」


キャプテンの尻に当たった。


「あ、ごめんなさい」


「大丈夫、大丈夫、ナイスピッチ」


キャプテンは尻をさすりながら一塁へ歩いた。


 その後もマネージャーは制球を欠き、キャッチャーは飛んだり跳ねたりして、バッターも必死で避けた。それにしても速い。速さはソフトボール部の本気球に勝るんじゃないかと思う。


 マネージャーは何も言わず黙々と投げていたが、段々と球筋が整ってきて、満塁で迎えたウチの4番を三振で仕留めた。


 日没になってゲームセットとなった。

キャプテンの


「また来年!」


にドッと疲れる。スコアは、毎度のことながら、20回ぐらいまでしか書いてない。


 道具を片付けてグランド整備をする。見るとマネージャーもトンボを持って部員の後をついて行く。もう泣いてない。

マネージャーがスッキリしたならキャプテンの尻も報われる。


おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

24時間耐久ソフトボール大会 葉月りり @tennenkobo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説