クラスの美少女の「弱み」を握ったので服従させる

湊月 (イニシャルK)

クラスの美少女の「弱み」を握ったので服従させる

「お願いします……その事は黙っていてください。その……何でもしますから」


 放課後の教室。

 彼女はその身を抱きながら、俺に懇願した。

 目じりにうっすら涙をため、悪魔を見たかのような眼差しで怯えている。


 ――持つべきものは何か。


 家族か友達か、金か地位か。

 いや、そんな不確かなものなどではなく、この情報渦巻く現代社会においてそれは『他者の秘密』なのかもしれない。


 誰しもが心に秘密を抱えているものだ。

 そのパンドラの箱を開けられると、あらゆる絶望や災いがその身に降りかかる。

 刑事ドラマなんかでは多額の金を要求されるし、エロい同人誌なんかでは肉体関係を強要される。


 秘密を守るためならば、命のやり取りすら厭わない。

 時に『弱み』とは、友情や愛情や金や権力なんかより、よっぽど絶対的な力と成りうるのではないだろうか。


 でも俺は他者の秘密を握ったからと言って、脅したり強要したりしないし、そんなクズ野郎には絶対に成り下がらない。

 そう思っていた。

 しかしどうだ。こうして目の前の女の子にどんな命令でも下せる立場になってしまうと、邪な考えを持ってしまう。


「何でも? じゃあ、今日からお前は俺の奴隷な」


 冷酷に、無慈悲に、そう宣告すると彼女の顔が歪んだ。

 秘密を握られた時の末路は、女の子の方が悲惨ではないだろうか。


「別にいいんだよ? クラス中にバラしちまっても」

「お、お願いです! それだけは絶対に……」


 ガタガタと身体を震わせ、絶望したように彼女は首を縦に振る。

 きっと、その様子に俺は下卑た笑みを浮かべているのだろう。



 その日から、黒川(俺)と柊真白の奇妙な関係が始まった。



~~~



 週末。俺は最低限の荷物と、例のブツを持って家を出る。

 両親には友達と遊びに行くと伝えているが、実際はデートだ。

 とは言っても、相手はそうは思ってはいないだろうが。


 俺はチャットの画面を開き、『一分でも遅れたら即バラすから♡』と良心的な忠告を送る。


 向かう先はとあるカラオケ店。

 先に到着して部屋を取り、中で適当にジャンクフードでも頼んでいると、すぐに彼女は現れた。

 時間ギリギリ。肩で息をしているところを見ると、余程家を出るまで葛藤があったように見える。


「ギリギリセーフだね。危うく友達に送信しそうになったよ」


 と言って、ある画像が添付されたチャット画面を見せる。

 あとは送信ボタンを押すだけで、クラス中に拡散されてしまう。


「ちゃんと言うこと聞きますから、その画像は消してアレも返してください……お願いします」

「別に頭を下げられてもねー。柊さんは別に悪いことしてるわけじゃないし。まあ、せっかくのカラオケなんだし歌でも歌ってよ」


 カラオケは歌を歌う場所だからな。

 しかし柊さんは心ここにあらずという感じだった。

 予め適当に入れていたプレイリストを再生する。


「ほら、これ――」

「そ、そのマイクで私に何をさせるつもりですか!?」

「……いや、普通に歌えばいいんじゃない?」

「…………ぁ」


 思いもしなかった返答をされた。

 マイクは歌うためのものだ。

 柊さんは数秒思考停止させてカーッと顔を赤らめた。


「……す、すいません」

「もしかして、変なこと想像した? 流石は18禁漫画を書いてるだけはあるね。想像力が豊かなのは作家としては財産だと思うよ」

「そんな言い方やめてください!」


 そう。俺が握った彼女の秘密。

 それは彼女がえっちな漫画を趣味で書いていること。

 しかもわりとハードな内容のBLだった。


 あの創作ノートは間違えて学校に持ってきたものだろう。

 放課後、彼女が教室に忘れたことに気づいて戻ってきたときには、ノートは俺の手にあった。

 『返してください』と懇願する彼女に、俺はノートを返すどころか服従を促した。


「きょ、今日はそのノートを返してもらいにここに来ました!」

「へえ……柊さんがそんなこと言える立場だっけ?」

「でも、やっぱりダメですよ、こんなこと。だってもう1ヶ月ですよ! この前だって急に夜に呼び出されて……」

「はあ、仕方ないな」


 俺は携帯を取り取り出して、マイクを手に持つ。


「こほん……『口では拒否してるけど、身体は正直だな。ほら、正直に言ってごらん。――襲い来る逃れようのない快楽に、徐々に身体は熱を帯び始め――」

「やめてぇ! 私の漫画をマイクを使って朗読しないで!」


 柊さんが耳を塞いで顔から火を吹く。

 趣味で描いたBL漫画を男子に読まれる。

 これ以上の辱めは存在しないだろう。


「やっぱり文章が多いんだよな。途中から官能小説みたいだったし。そういうシーンを描きたいのは分かるけど、導入部分がおそろかになってるんだよな」

「ダメだしですか!? しかも普通に痛いとこ突いてくる! というか最後まで読んだんですか!?」

「あと流石にプレイ内容がハードすぎ。なんとなく拘束陵辱が好きなのは分かったけど、こんなことされてすぐに快楽堕ちはないでしょ」

「ああああああああ!!!」


 頭を抱えて発狂するほど恥ずかしいらしい。

 流石にやりすぎたか。

 一応、この主従関係だけはハッキリしなくてはいけない。


「でも、画力は高いよね。筋肉の描き方が繊細だし、様々な角度から描かれてるのに違和感がないし」

「ほ、本当ですか……!?」

「ただち○こがなぁ。シルエットだけにしてもこれはち○こじゃねぇんだよ。他の人の作品とか見てて分からない?」

「わ、分かりますけど、自分でち……を描こうとすると恥ずかしくて上手く描けないんですよ!」

「よくそれでBL描けるよね?」

「……まさか、だったら俺のを見て勉強しろ――とか言い出さないですよね!?」

「ほんと思考だけは一流だよね」


 柊さんは物静かで美人なので男子に密かに人気がある。

 まさか彼女がBL描いてるなんて誰も思っていないだろう。

 さて。虐めるのはこのくらいでいいだろう。


「その趣味のこと、誰かに話したりとかしてないの?」

「言えるわけないじゃないですか。こんなこと……。誰にも理解されないですよ……」

「柊さんさ」

「なんですか?」

「自惚れすぎ」

「――!?」

「BL好きなやつなんて割といるでしょ。男子も百合とか普通に好きだし。自分の趣味が誰にも理解されないなんて、自惚れもいいとこだよ」


 柊さんは世界を知らなすぎる。

 ネットやSNSに疎いというのはこの1ヶ月で分かったが、もしかして創作漫画を投稿してるサイトとか知らないのだろうか。

 まあ、だとしても友達に気軽に言えるものでもないか。


「まあ、そんな話はこれくらいにして歌おうよ」


 呆気に取られる柊さんにマイクを渡して音楽を流す。

 結局その日は、二人で歌を楽しんだ後に解散した。

 意外と歌が下手だった柊さんを煽りつつ、普通に楽しんだ。


 もう引っ込みがつかなくなってしまっている。

 どうやってこの関係にケリをつけるべきだろうか。



〜〜〜



 また、返してもらえなかった……。


 あの恥ずかしすぎる創作ノートを盗られて1ヶ月。

 私は毎日が不安で仕方がない。


 なんであの日、間違えて持ってきちゃうかなぁ。

 それをなんで教室に落としちゃうかなぁ。

 しかもそれを拾ったのが、よりにもよってあの隠れドSの黒川くんなんて。


 弱みを握られたとき、私は絶望した。

 BLでも弱みを握られて肉体関係を要求されるのはよくある……というか、私の描いたやつがそういう展開だし。

 だからえっちな要求をされるものだと思っていた。


 でも実際は、黒川くんはそういう要求は一切してこなかった。

 夜呼び出された時は『ついにか……』と貞操の危機を感じたものだが、明日の提出物が終わってないから教科書を貸して欲しいとの事だった。

 黒川くんは同じマンションのひとつ上に住んでいたのだ。


 私が男の子という存在を勘違いしていたのかもしれない。


 じゃあなんでノート返してくれないんだろ……。

 写真撮ってるなら返してくれてもいい気がする。

 それに普通にアドバイスとかしてくれるし、正直ちょっと嬉しかった。

 黒川くんは私の趣味を否定しなかったから。


「ホント何が目的なんだろ……」


 ベッドに寝転がり、天井をぼうっと眺める。


「……久しぶりに書いてみようかな」


 私は起き上がってペンを握る。

 思うがまま、本能のままに描いてみよう。

 今なら脅された主人公の苦悶の表情が上手く表現できそうだ。



〜〜〜



 新しいノートはすぐに埋まった。

 私自身が下品に口角を吊り上げてるのが目に浮かぶ。

 こんな顔、自分では見たくないし見せたくない。


「……投稿か」


 この前、カラオケの数日後。

 私は急に黒川くんに呼び出された。


「柊さんの恥ずかしい創作物、ネットに晒しちゃった」


 そう言って黒川くんは何かのサイトにアップされた私のBL漫画を見せてきた。

 初めて……本気で怒りが込み上げてきた。同時に目の前が真っ暗になるほど絶望した。


「……なんで、勝手にそんなことしたんですか?」

「この前、自分の趣味が理解されないとか自惚れてたのに腹が立ったから、創作サイトに投稿したんだよ」

「私は別に……理解されたいとか、そういうのじゃ……」

「見てみなよ。奇跡的に感想が来てたよ」

「え……?」


 渡されたスマホの画面を見るのを躊躇する。

 気持ち悪い。絵が下手。センスがない。やめた方がいい。

 そう言われてるに決まってる。

 

 そういうのに投稿してる人は、みんな才能に溢れた人達ばかりで、私みたいな素人はお呼びじゃない。


「怖くても見るべきだよ」

「…………え?」


 恐る恐るスマホの画面を見つめる。

 一件のいいねに『私の好みでビックリしました!』という文面が添えられている。

 ただ、そうとだけ。

 短い文章だけなのに、気づけば私は泣いていた。


「あれ……私、なんで……」


 評価されたかったわけじゃない。

 理解されたかったわけじゃない。

 なのに、心の奥底から嬉しかったのだ。

 顔も名前もしない『誰か』に救われた気がした。


「創作は大抵恥ずかしいものだし、趣味は万人に理解されるものじゃない。でも、自分を卑下するようなことじゃないし、決して誰かの趣味を馬鹿にしていいもんじゃない」


 黒川くんは静かに憤っていた。

 明確に誰かを叱っていたのかもしれない。


「アカウントはそのままプレゼントするよ。これから投稿するかどうかは柊さん次第だ」


 あの日、交わされた会話はそれだけだった。

 なんで彼は、ここまで私に良くしてくれるのだろうか。


「…………」


 あれから一度も動いてないアカウントを起動する。

 感想は増えていないが、いいねは少し増えている。

 閲覧数に比べれば、評価されてるとはお世辞にも言えない。


 でも、たった一人かもしれないが、私の『好き』を共感してくれる人がいた。


「……頑張ってみよっかな」


 私はノートの写真を撮って投稿した。



〜〜〜



 黒川くんとの奇妙な関係が続いて2ヶ月になった。

 未だにノートは返して貰えていない。

 もしかして失くしてるのではないかと思うほどだ。


 正直、ノート自体は返して欲しい。

 あれを誰かに持たれているというのは気持ちが悪い。

 それに曲がりなりにも一生懸命描いた作品だ。


「(……あ、この前感想くれた人、読んでくれてる)」


 昨日投稿した作品にいいねがついていた。

 欲を言えば感想が欲しかったけど、私の作品だからと見に来てくれたことは凄く嬉しい。


「何見てんの?」


 と、画面をだらしない顔で見つめていると、目の前で弁当を一緒に食べていた梓(あずさ)に不思議がられれる。

 梓は最近仲良くなった女の子友達だ。

 ちょっと前までは所謂陽キャ集団のギャルで、私なんかとは住む世界が違うと思っていた子だ。


「ひみつ~」

「何それ。最近、真白元気だよね?」

「え?」

「先月はずっと体調悪そうにしてたじゃん?」

「あー。最近ちょっと悩みが解決したって言うか、薄れたって言うか」


 黒川くんに「弱み」を握られて、命令には逆らえない関係は未だに続いているが、彼がそんなに悪い人ではないということは最近分かってきた。


「あの、さ……あたし、真白に言わなくちゃいけないことがあって……」


 梓が神妙な面付きで口を開いた。

 実は、初めて梓が私に話しかけてきてくれたときから、彼女が何かを隠していることは知っていた。


「実は……」


 梓が切り出そうとした瞬間、画面に新着のメッセージが表示される。

 黒川くんから『今すぐ校舎裏に一人で来い』という、久しぶりの命令が下る。


 最悪のタイミングだ……でも行かないとバラされそうだし。


「ご、ごめん! 私ちょっと先生に呼ばれてるんだった!」

「え……じゃあ、また今度話すよ」


 そう言って私は指定された場所へ急行した。

 校舎裏へ行くと、今は使われていない焼却炉の近くに黒川くんが立っていた。

 なんだか告白のシチュエーションみたいだ。


「お待たせ、黒川くん!」

「柊さんさ。何か勘違いしてない?」

「え?」

「俺は柊さんの『弱み』を握ってて服従させているだけ。ただの主従関係で、別に友達なんかじゃないんだよ」

「あ……そ、そうですよね。馴れ馴れしくてごめんなさい」

「で、さ。こんな関係そろそろ終わりにしなきゃいけないって思うんだよ。俺たちもう高3で、受験に入るから。俺としても厄介事は避けたいわけ」


 今までとは雰囲気が異なっている。

 この関係が終わる。私はそれを望んでいるはずだ。

 でも、何故か少しだけ寂しく感じてしまった。


「俺たちの関係って、このノートが原因だよね?」

「あ! ついに返してくれるんですか!」


 黒川くんはノートを見せびらかした。

 何故か裏表紙の方だったが、間違いなくあれは私のものだ。


「こっちの方が分かりやすいと思うんだよ」

「え……」


 あまりの一瞬の出来事に言葉を失った。

 黒川くんはそのノートに火をつけて、焼却炉の中に放り込んだ。

 そして私を一瞥もせず、脇を通って帰っていく。


「なんで……燃やしたんですか?」

「……俺は、不器用だから」

「最低……ッ。信じられない!」


 それを最後に、私たちの関係は終わりを迎えた。

 焼却炉の中には黒焦げのノートがある。

 投稿なんか考えずに一生懸命好きなことを描いていた思い出が、炎に埋もれて消えていった。


「友達だって思ってたのに……」


 私は焼却炉の前で静かにすすり泣いた。



〜〜〜



 あれから結局、私は黒川くんと一言も会話することなく高校を卒業してしまった。

 もともと学校では会話する仲ではなかったこともあるが、それ以上に、あのノートを燃やされたことが許せなかった。


 だから、最後まで分からなかった。

 黒川くんは何が目的だったのだろうか。

 何故ノートを燃やして、私との関係を絶ったのか。

 3年経った今も、それが分からないままだ。


 そういえば、梓はあれから何も言わなかった。

 気が動転して思い至らなかった。

 あの日、梓は何を言おうとしていたのだろうか。


 梓とは最後まで良い友達で、今もたまに会う仲だ。

 今度、思い切って聞いてみよう。

 そう思った矢先、久しぶりに梓と会うことになった。



〜〜〜



 大学へ進学した私と違って、梓は立派な社会人に成長していた。

 久しぶりに会えたことを喜び、近況報告などの雑談を一通り交した後、私より先に梓が切り出した。


「やっぱり言うべきだよね、あいつのこと。それにあたしも真白に謝らなきゃいけないって思ってるし」

「……どういうことなの?」

「ごめん! 全部あたしのせいなんだ! 黒川があのノートをネタに真白を脅したのも、最後まで返さなかったのもさ。あたしも真白とここまで仲良くなるなんて思ってなかったし、だからあいつも言い出せなくなったんだと思う」

「ちょ、ちょっと待って! なんでそのこと……」


 梓は机に手をついて土下座するように頭を下げた。

 謝られたことより、あのノートのことを梓が知っていることに動揺を隠せなかった。

 梓は私がBL好きで描いているということは知っているが、かつて黒川くんに脅されていたことは勿論言っていない。


「……実はさ。あのノートを拾ったのってあたしなんだよね。正確には、あたしと悪友二人」

「……嘘」


 バツが悪そうに梓は真実を明かす。

 そんなこと、一言たりとも黒川くんは言っていなかった。


「で、さ……あの頃のあたしって大分グレてたでしょ? だからあのノートを見てさ、友達と三人でキモイって言って笑ってさ……あのノートに、酷いこといっぱい描いた」

「え……」

「本当にごめん! 今はもちろんそんなこと思ってないし、他人の好きな物を笑うなんて最低だって思うよ! だから時効ってことで、これからも仲良くしてくれると嬉しいんだけど……」


 恐る恐る梓は私の顔を伺う。

 あの頃の私なら酷く傷ついて、口も聞かなかっただろう。

 それに梓は実際何も書いていないのかもしれない。

 でも梓は、『あたしは止めたんだよ』とか『その悪友がさ』とか、責任から逃げようとはしない。


「許すよ。親友を失いたくはないしね。それに大抵の人から見ればキモイって思うのは自然だと思うよ」

「真白ぉ……ううん! もしあんたに酷いことを言うやつがいれば、絶対にあたしがぶん殴ってやるから」

「そこまでしなくていいって。それより――」


 私が教室に帰った時、ノートを持っていたのは黒川くんで、その場には他に誰もいなかったはずだ。


「それであの後――」


 梓はあの日の真実を語り始めた。

 梓たちがそのノートに暴言を書き連ねていると、そこに何かの忘れ物をしたのか黒川くんが教室に入ってきた。


『何してんの?』

『黒川も見なよ。柊のやつ、キモイ漫画描いてやんの』

『…………ああ。確かにキモイな』


 黒川くんはそのノートを受け取るとそう言った。


『他人の好きな物を馬鹿にするお前らがだ』

『はあ?』

『確かにお前らからすれば理解できないことかもしれない。でもそれは、誰かにとってはかけがえのない個性なんだよ。それを馬鹿にするやつは、どんな理由があろうとクソ野郎に変わりねぇよ』


 黒川くんはノートを渡さず、梓たちを教室から追い出した。

 そのすぐ後に、私が教室に戻ってきたのだ。

 だから彼はノートを私に返すわけにはいかなかった。


 自分が落書きの犯人だと思われるのが嫌だったのかもしれない。

 けど黒川くんは多分、これを見せれば私が傷つくと思って返さなかったんだ。


「その後、あたしは真白と話すようになったから、余計黒川は返しづらくなったんだと思う。――あっ、でも私が真白と話すようになったのは罪悪感からでもあったけど、本当に親友だって思ってるから!」

「もう分かってるってば、心配性だなー」


 梓が私をそう思ってくれているのは十分伝わっている。


 黒川くんは梓たちが犯人だと言うことだってできた。

 でもそうすれば、私と梓の友情は壊れていたかもしれない。


 だから黒川くんは悩んだんだ。

 ノートは返せない。けど、ノートを奪ったままではこの関係はずっと変わらない。

 だから、ノートを目の前で燃やすという考えに至った。


 あの時、裏表紙を見せなかったところを見れば、表紙には酷い暴言が書いてあったのだろう。


 黒川くんは私の知らないところで、ずっと私のことを気づかってくれていた。

 それなのにそんなこととは露知らず、ノートを燃やされたことに憤って彼と話し合おうとすらしなかった。


 会いたい。あって話がしたい。

 謝るのではなく、感謝したいのだ。

 今、私がBLを好きでいられるのも、私が私でいられることも間違いなく彼のお陰なんだから。


「梓。――私、黒川くんに会いに行こうと思う」



〜〜〜



 黒川くんの居場所は直ぐに分かった。

 梓が黒川くんの知り合いと連絡をとってくれて、本人には内緒で会えることになった。

 正直、ここまで勢いで来てしまったため何を話し、どんな顔をすればいいのかさっぱりだ。


 そんなことを考えている内に待ち合わせ場所に黒川くんがやってくる。

 雑踏の中で、彼は友達の姿を探していたが、私の姿を見て嫌そうな顔をしてすぐに逃げようとした。


「ちょ! ま、待ってください!!」

「……こんなところで偶然だね、柊さん」

「偶然ではありません。会いに来ました」


 その言葉で、黒川くんは全てを悟った。


「あいつゲロりやがったな。あのことバラしたら人生終わらせることだってできるんだぞ」


 そ、そういえば梓たちが素直に黒川くんに従っていた理由は聞いていなかった。

 もしかしたら、私と同じように「弱み」を握られているのかもしれない。


「で、柊さんが俺に何の用?」

「全部聞きました。なんで最後まで教えてくれなかったんですか」

「別に言うようなことじゃないでしょ。それに柊さんを弄って楽しんでたのは事実だしね」

「それは何となくそうだと思ってました。いやそうじゃなくて! なんですか? 悪役として罪を被るダークヒーローにでも憧れてたんですか? 名乗らず立ち去る侍かなんかですか?」

「……なんか饒舌というか憎たらしくなってない?」


 いつもの涼し気な表情ではなく、ムッとした表情。

 もしかしたら図星なのかもしれない。

 ちょっといい気味だ……じゃなくて。


「私、黒川くんのこと友達だと思ってたんですよ。あんな風にノート燃やされて絶交して、結構傷ついたんですよ」

「友達? なんで?」

「そこです! 黒川くんの最大の誤解は!」


 何言ってんだ? という怪訝な目で見られる。

 黒川くんは私に嫌われていると思っている。

 弱みを握って脅して、そりゃ『どうせ憎まれているなら俺だけが悪者になればいい』という考えになるわけだ。


「私は、BLが好きな自分が恥ずかしくて、ずっと自分のことが嫌いだったの! でも黒川くんのおかげで、私は好きな物を誇りを持って好きって言えるようになった! 私が私らしくいれるのは黒川くんのおかげだから! だから、その――ありがとう!」


 私は勢いよく頭を下げた。

 言えた、スッキリした。


「……そんなこと言いに来たの? 馬鹿なの?」

「うう……それは否定できない」

「でもまあ、柊さんらしいよね」


 黒川くんが前髪を引っ張ってそっぽ向いた。

 あれ? もしかして、あの黒川くんが――

 

「照れてる! もう可愛いなぁ!」

「……本当に変わったね。あのことバラされてもいいの?」

「別に、BL好きなことバラされても痛くも痒くもないもん!」


 私は満面の笑みで黒川くんをからかった。

 やっぱり、持つべきものは友達だな――と私は思った。

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