第9話 80年前と現在の話。

ヴァンが興味を持って「選べるんですか?」と聞くとコーラルが「ええ、これよ」と言ってペンダントを見せてくる。薄いピンク色のペンダントトップは間近で見ると人間の髪の毛だった。


「イブひいひいお婆さまの遺髪。ミチトひいひいお爺さまの残された術は思いが強く残る遺品や遺髪なんかを持ってその人間として生まれ変わらせる術」

このコーラルの説明は出来過ぎていて確かにコーラルはこれで助かったが、こんなピンポイントで人を助ける術というのはどうなのだろうかと思いヴァンは「なんでそんな術…」と言ってしまう。


これにはオルドスが「ミチト君は後年、自分がいなくなった後で自分のような器用貧乏が必要になった時に同じ考え方をできる人が居ないと困るからと転生術を考えていたんだよ。まあどうしても使用に難があってね。使えても30日前後なんだ」と説明をする。


「30日…だからコーラルは早くラージポットを目指したの?」

「ええ、イブでいる間は体が誤認してくれて欠術病が止まってたの。でも一度術を使ったり転生術が解けてしまうとダメだったから」


「転生術でイブになったコーラルを寝かしてミチト君がもう一つ考えていた断時間術で石棺の時間を止めたんだ」

「あ、だから花がいい匂いしたんだ!」


ヴァンはあの石棺を開けた日を思い出して納得をする。

時間が止まっていたのならいい匂いは残っていて不思議はない。

だが花の話が出た時にジト目のコーラルは「あの花って誰がやったんですか?」とオルドスに聞く。

オルドスは意外そうに「え?嫌だった?」と言い、横の女性が「オルドス様がやったぞコーラルよ」と告げ口をする。


ため息をついたコーラルは「…イブだったからアイリスの花を見て苛立ちましたからね?」と感想を言うとヴァンが「アイリスの花?イブは嫌いなの?」と疑問を口にする。


「…イブ・スティエットの本名はアイリス・レス。同じ名前の花があるからイブはそれを見ると嫌な過去を思い出すのよ」

「アイリス…レス…」


本には載っていない事実。

これでヴァンは合点が行っていた。

コーラルが転生術で変わっていたイブにはイブの情報とコーラルが玄孫として知っていた情報がある。

だから話す時に自分の経験と言うより聞いてきた話という感覚があった。



オルドスが「さて、話は大体済んだよね?」と言うとコーラルは「まだよ、おじ様」と言う。


「ヴァン達に石棺の回収を求めた相手と散々邪魔してきた相手は?」

「回収を命じたのはここだけの話だけどメロさんの直系、まあ回収と言うか別の連中が君を手に入れようとしていたからドウコの寺院に逃がそうとしたんだ。そして妨害なんかをしたのはサルバン家の者だよ。そのサルバンはスティエットを名乗って王都にいる」

サルバンの名に反応するコーラルは「なんですかそれ!?そんな!サルバンがそんな事を!?」と慌てる。


「…オブシダン・サルバンは覚えているね?」

「弟ですね…」


「グラス・サルバンは?」

「妹です」


少し困った表情で頷いたオルドスは「彼らも天寿をまっとうして天の国に行ったよ。君達3きょうだいの違いは言えるね」とコーラルに聞くとコーラルはハッキリと「私とグラスは先天性の無限術人間真式でした」と答えた。


「うん。オブシダン君も決して無才ではなかった。いや…むしろ優秀だったよね。だからこそ後年自分を追い込んで真式になったんだ。それでもオブシダン君には先天性の真式では無かったことが心の傷になった。

だからこそ力こそ正義、かつて北のオオキーニに生まれた無限術人間真式ジャスパー・ワーティスのようになった。彼は子供達にも力こそ正義と教えてしまった。

そして今、彼の孫ヘマタイト・サルバンは生まれながらの無限術人間真式としてヘマタイト・スティエットを名乗って王都にいる。

彼は大地の根に身体を下ろして国に恩恵をもたらす代わりに対価を求めた」


言いにくそうに話すオルドス。

実際に見てきた者だから言える事、見ていない者に言わなければならない事がオルドスには辛かった。


「そんな!あれは不可侵の!エーライ様とミチトお爺様の盟約なのに!」

「今のトーシュ王、スーゴイ君も愚かではないが困窮を知り恩恵を前にした臣下達の声には真っ向から逆らえない」


コーラルは愚かではない、状況を推察できる頭はある。

だからこそ今の状況に「そんな…」と言ってしまう。


「ではどうするんだい?」

「アクィお婆さまの宝剣を手に取ってスティエットを名乗ってヘマタイトを止めます。とりあえず倒して恩恵をもたらすのは仕方ないが横暴を認めさせません」


コーラルの目は力強く凛としていてヴァンは目を奪われた。

「ふぅ」と言ったオルドスは「まあ…それもコーラルの自由だね」と言う。

状況が飲み込めないヴァンは「コーラル?」と聞く。


「ヴァン、私コーラル・サルバンはコーラル・スティエットとして不義を働く親族に鉄槌を下すわ」

この言葉は本の中に書かれていたアクィ・サルバンに似ていた。

ヴァンが「伝説のアクィみたいだね」と言うとコーラルは嬉しそうに「ふふ。ありがとう。皆からも似てると褒められたわ」と言った。


「でもなんでサルバンだったりスティエットだったりするの?」

「ミチトお爺さまの遺言よ。メロ大叔母さまやタシア大叔父さま達はスティエットを名乗ったけどミチトお爺さまの死後はどうなるか分からないから…それは確かにモブロン家やカラーガ家、ドデモ家にヤミアール家、他の名家が全霊でスティエット家を守ると言っていた。それを聞いたミチトお爺さまは穏やかな笑みで感謝を告げた後でアンチ家、リミール家、チャズ家、トーシュ王にも距離を置くように伝えてきたから気にする事はないと言って、孫から先の子供達にはイブの血筋にはアイリス・レスのレス、ライブの血筋にはヒスイ・ロスのロス。アクィの血筋にはサルバン、リナの血筋にはミントを使うように申し付けた。

そして覚悟のある者だけがスティエットを名乗って国を支える手伝いをするとトーシュ王やオルドスおじ様と約束をしたの」


「じゃあコーラルは普段はサルバンだったの?」

「ええ、私は大きくなったらスティエットを名乗りたいと言った。サルバンは弟のオブシダンが名乗ればいいと思っていた。それに伝説のスカロ・サルバンやパテラ・サルバンの血筋も途絶えてないからサルバン家を継ぐ必要は無いけど名乗れたわ。でも…名乗る前に私は病気になった」


「そっか…それで石棺で眠っていたんだよね」

「ええ。皆でお葬式…お別れ会をしたわ。どうしても治療法が見つかるまで皆とお別れで、あの当時は欠術病は死の病だったのよ。発症の条件もわからない。わかるのは人にうつらない事と助からない事だけ。皆悲しんだけど私は素敵な病気だと言った。術が不足すれば起きられずに死ぬだけだけど、それまでならお別れがきちんと言える。

だから家族でお葬式をしてもらった。

でも父様も母様も弟のオブシダンも妹のグラスもお別れ会だと言ってくれた。最後にはおじ様に転生術をして貰って眠りについたわ。家族の手紙には今生の別れだが、起きた先で私が幸せになれると思うと悲しいけど笑顔で送り出せると書いてあった」


コーラルはヴァンから受け取った手紙を見て涙ぐんでいた理由がわかった。

イブになっていても家族の手紙に反応が出来たのは愛情のなせる結果だと思う。


「起きたコーラルはスティエットになるの?」

「ええ、オブシダンの孫が貴い者の心を知らないなら養ってあげたいの」

アクィさながらの言い方にオルドスがコーラルの頭を撫でて「偉いねぇ。本当にアクィさんの再来だね」と言う。コーラルは嬉しそうに首を横に振って「まだまだです。私はそんなに強くありません」と言うと困り笑顔になった。


「そうかい?私達はミチト君との盟約で、天変地異なんかの余程のことがないと荒事には出ていけないから手助けができないがやるのかい?」

「はい。ヴァンの話だと模式を持つのが貴族のステータスになったとか…」


「そうだね。悲しい話だよ。ただ、今は悪趣味な貴族が減って綺麗にしてどれだけ優秀に育てたかを競っているからそう酷いモノではないよ」

「それもあってお主を起こせないとオブシダン達は言っていたのだ。治療法が見つかった時はひどい時期だった…」

女性の言葉にヴァンが「ひどい時?」と聞く。


「そうだよヴァン君。70年前は愚かな貴族たちは無限術人間の数を集める事を競って未熟な魔術師達にまで模式を生み出させた。人買い達はどんな子供でも売れるからと村々まで襲い始め、子供が手に入らないと見目麗しい妙齢の女性を拐って子供を産ませたりした。

王都第一騎士団は貴族と平民と言ってもその臣下で形成された騎士団で、皆取り締まると言いながら依頼者が自分の血縁だと知ると見逃したし、見逃し合っていた。

あの時はグラス・サルバンが貴い者の一人として立ちあがり、グラス・スティエットを名乗り不義の輩を1人ずつ成敗して回った。それでも60年前も酷かったからね。

まあミチト君を狙った時と同様で、ペナルティは当主のみの特権剥奪だからギリギリの抑止にしかならなかったよ」

懐かしむように話すオルドスにコーラルは「グラスは貴い者として働けたのですね。良かったです」と言って嬉しそうに微笑んだ。

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