第6話 イブのヒール。
翌日の馬車もサンゴを見てしまった老婆達が乗り合わせていて甲斐甲斐しく「リンゴで御座います」「おミカンです」とサンゴに尽くす。
流石のサンゴも困り果てた中、ジャックスからラージポットは6日かかり5日目にそれは起きた。「そこの馬車止まれ!」と言う声と共に馬車の前に馬に乗った騎士達が現れてしまった。
「サンゴ」
「敵です…バレました」
「そりゃあそうだよ。長風呂なんてするからだよ」
「約130年ぶりのお風呂には敵いません」
風呂が好きと言うサンゴを見てヴァンは「なんかサンゴってイブよりアクィみたい」と思ったままを告げる。サンゴは「そ…そんな事ないです!アクィさんは美しくて優しくてスタイルだって抜群です!」と言って慌てて顔を背けた。
んん?
ヴァンは今の言葉がどうにも引っかかる。
アクィ・サルバン、アクィ・スティエットは慎ましやか過ぎる体を卑下していたし、それを言う人間を許さなかった。
それは伝説にも書かれていて、愛娘のメロ・スティエットやラミィ・スティエットにも目くじらを立てていたし、後年メロがナイスバディになった時にはショックで寝込んだほどだったと書かれている。
ヴァンが「サンゴ?なんか嘘ついて…」と聞こうとしている間にも騎士の邪魔は入り、遂に馬車は止められて、中に若い少女が居るはずだから出せと言われている。
それを聞いた老婆達は慌てて自分の年季の入ったストールなんかをサンゴに出して「イブ様はこれでお身をお守りください」と言っておしくらまんじゅうのように身を包む。
「いけません!そんな事は到底許されることでは…」
突然話し方の変わったサンゴを無視して老婆達が怯えるフリをしてサンゴを真ん中に置いて馬車を覗く騎士達から隠す。
「居ない?逃げたか?」
「聖地に辿り着かせるなとの命だ!探すぞ!」
「おいババア、素直に言え!若い娘はどうした!」
「言わなければ殺す!」
騎士達の恫喝に老婆達は「ひぃぃぃぃっ、怖いですぅぅっ」「老い先短い老婆を殺してなんになります!」と演技が本気かわからない素振りで身震いをする。
他の老婆達が声を大にしている間にサンゴに覆いかぶさった老婆が「イブ様、決して出てきてはなりません」と小声で声をかける。
サンゴが「ですが」と返すが老婆は聞き入れない。
その間にも別の老婆は「こんな老婆を殺してなんになります?おやめください」と騎士に言う。騎士は見下した老婆に口答えされた事に腹を立てると「生意気なババアだ。どうせお前らなんて無価値なんだから殺してやる!」と言って剣を抜いた。
ヴァンはハッタリだと思ったが次の瞬間、騎士の凶刃は老婆の背中に突き立てられた。
いやらしい笑顔の騎士は老婆に向かって「ははっ!苦しかろう!言え!娘はどこに消えた!言えば楽にしてやる!」と言い放ったが口から血を流した老婆は騎士を睨みながら「存じ…ませ…ぬ…。仮に知っていたとしても言いませぬ」と言い返した。
その眼力に一歩退いた騎士が「貴様!王都第一騎士団を愚弄するか!」と声を荒げ、別の騎士が「ならば次のババアだ!」と言って剣を振り上げた時、サンゴは覆いかぶさった老婆を振り切って立ち上がると「貴い者としての矜持はないの!?恥を知りなさい!私ならここに居ます!」と声を上げた。
目当ての少女を見つけられて揚々とする騎士はバカにするような顔でサンゴを見て「お前こそババアの中に隠れておったではないか!」と言った。
サンゴの髪は今にも逆立ちそうな勢いで「黙りなさい!外に出なさい!決闘です!」と言いながら外を指さした。
騎士は鼻で笑うと「まあいい、逃げればババアと御者を殺す」と言って先に外に出る。
残ったサンゴはヴァンに「ヴァン、ごめんなさい。お願いが出来ました。もしイブが倒れたらラージポットまで背負ってくれますか?」と言った。
その言い方はとてもイブらしくなかったがイブの目は言う事を聞こう、聞きたいと思える力に満ちていた。
ヴァンの「…うん。頑張る。俺は馬だって乗れるから任せろよ」と言って微笑んだ笑顔に、サンゴは頭を下げて「ありがとうございます」と言う。そのまま振り返って切られた老婆に「ご助力ありがとうございました。私なんかの為に済みません」と謝る。
老婆は逆光もあるが神々しく見えるサンゴの姿に涙を流して「イブ様?」と聞く。
サンゴは「はい。イブはアイツらをやっつけてきます。お婆さんにはヒールです」と笑顔で言うと、術が使えないと言われていたはずなのに老婆に向かってヒールを使う。老婆の傷はあっという間になくなり血色も良くなる。
サンゴは右掌を見て「もう後戻りはきかない…」と小さく言った。
その言葉が聞こえていたヴァンは「イブが…術…?」と言う。
サンゴ…イブは「使ったら死んでしまうの。だからじきに倒れる。その時はお願いね」と言って微笑みながら剣を拾って外に出ると「私の名前はイブ!貴い者の1人としてあなた達全員に決闘を挑みます!」と言った。
騎士は「イブ?ピンクの髪の毛だからイブか?虎の威を借る狐め!」と言って剣を抜くとイブに襲いかかるがイブは敵をものともしない。
あっという間に倒すと「倒れる前…間に合った…後はヴァンとラージポットまで行ければ…」と言うがそれは甘かった。後続の一個中隊がイブめがけて駆けてくる。
イブは忌々しそうに中隊を睨んで「ちっ…、やれるか………後始末は今度…、引き返しなさい!さもなくば殺します!」と言った後で数秒待って「止まらないのなら…アースランス!!」と言った。
イブは大地に手をついて一気に土の術、アースランスで一個中隊を壊滅させる。
串刺しになった騎士や馬も居たが生き残っていた騎士は追撃を諦めて撤退をした。
「皆さんごめんなさい。私がいなくなれば追手はあなた達を狙いません。そしてもし聞かれたら騎士の残した馬に乗ってラージポットを目指したと言ってください」と御者と老婆に謝る。
御者も老婆も信心深くイブだとわかったサンゴに手を合わせた後で土下座をする。
「お婆さん、庇ってくださってありがとうございました。
後、お婆さんの傷を完璧に治せなくてごめんなさい。イブはもう行きますね」
老婆は首を横に振りながら「ありがとうございます」と言った後で「イブ様…イブ様なのですね?」と聞く。
「はい。イブです。お世話になりました。ヴァン、お願いします!」
ヴァンはイブの言う通り騎士の乗ってきた馬を奪うと自身の前にイブを乗せて「行くよ」と言って駆け出した。
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