第1話 ベストコンビネーション

 そうだよ。あの時は全部順調だった。恋を知らなかったあの頃は…


 学生の私は天才ほど勉強ができる訳ではなかったけど優等生であり続けた。それはズルしたとかそういう事も無く、そうなるように育ったんだと思う。


『学生のうちは勉強を頑張りなさい。社会人になるまでの準備が勉強よ。準備が疎かになるとどうなるかは分かるでしょう?好きな人ができたりするのは結構でも今はそこまでよ、卒業するまで勉強に集中する、恋愛とかは時間を要する物だから今はそんな余裕は無い。卒業したら時間も作れる。その時に恋愛を頑張れば良い。』


 いつもお母さんが私に言い聞かせていた事だった。その時は本当に忙しくて恋愛する時間はなかったからそんな事言われなくてもって思っていたぐらいだった。


『亜里沙!ごめん。今日は二人でカフェの約束だったけど彼氏も一緒に行って良い?明日から忙しくてちょっと会えなくなるかも知れないから、お願い!』


 大学に向かうある朝、春って気持ち良いなと桜を眺めながら歩いていた私の後ろから叫んでいたのは私の親友、月村里穂ツキムラリオ。園児の頃からの幼馴染でもあり、私のことを全て知り尽くしていると言っても過言ではない人物だ。私に彼氏が居ないのに親友の自分が先に彼氏を作る事を遠慮していたみたいだけれど大学になって里穂に彼氏ができたのだ。その時はものすごく謝っていたのだけれど私は別に怒ってはいなかった。むしろ自分の事のように嬉しかった。二人を見ると羨ましく思う事もある。でも今の私に時間の余裕はまだない。大人になる準備の為、高校の時は生徒会長にもなり、経験などを積んでいる、大学になった今も頼れるリーダー的存在で、経験を惜しまないためにもサークルの掛け持ちまでしているのだ。だから二人はどうやって時間を作ってるのか私にとって不思議だ…だからこの里穂のお願いには応えたい。でも時間がない私の唯一の楽しみは親友との時間。こういう時だけ里穂の彼氏が邪魔だと思った。私は立ち止まって里穂と肩を組んだ。


『先におはようでしょう?もちろん!里穂のお願いを断れる訳ないじゃん。でもキャンセルだけは勘弁だからね!すごく楽しみにしてたんだから。』


『おはよう!亜里沙も彼氏ができればダブルデートも良いのにな〜』


 私は微笑み、そのまま私たちは大学の方へとまた歩き始めた。その時ふと目に止まったのは藍田弘樹あいだひろきだった。いつものように友達に囲まれ楽しそうにしている。フレンドリーな性格で頭も良いから私の男バージョンだと言う人もいる。でもそれは違う。教室に入るとそれは一目瞭然だった。私は講義の細かい事も逃さないようにように一番前で真ん中の席に着席する。みんなと挨拶を交わすと私は参考書とタブレットを取り出し予習を始める。これが私の毎日。でヒロは違う。彼は教室のどこにでも座って講義が始まるまでみんなとワイワイうるさいぐらいだった。勉強するところも見た事がない。彼は天才的に頭がいいに違いない。それであの性格と容姿も悪くなく完璧な人間だと思っていた。


 そんなことを考えながら講義が始まるのを待っていたとき一人の男子が緊張している様子で私の隣に座ったのだった。


『次の講義ってなんかあったけ?』


 不思議に思って里穂にこっそり聞いたけど里穂も首を傾げただけだった。講義でそんな緊張する事がないのにと思った私はついいつものお節介の癖で彼に話しかけてしまった。


『緊張してるみたいだけど大丈夫?講義でわからないところがあったら手伝うから大丈夫だよ。緊張してると内容がもっと入ってこなくなるよ?一緒に頑張ろう。』


 私がそう言うと彼の顔はりんごのように赤くなり、モゾモゾと何かを言ってるようだった。聞き取れないまま私は彼に無理をしないで医務室に行くことを勧めた。そうすると彼はもっと赤くなり、パッと立って私に手紙のようなものを急に渡しそのまま教室から出ていったのだ。訳がわからなく何も喋らない彼の行動が不明なままポカンとしていた私の隣で里穂が笑っていた。


『何か変じゃない今の?悪い事したかな?』


 そう私が言うと、里穂は私の手から手紙を取り開封し手紙を読み上げ、やっと私は不明な行動の意味を知って恥ずかしさのあまり顔が熱くなるのを感じた。彼は私をランチに誘いたかったのだ。緊張で言えなくなることまで想定し手紙を用意していたみたいだった。


『行けばいいじゃん。ランチくらい良いでしょう?食べる時間はあるはずだよ?』


『確かに食べるだけなら良いけど。でもあの様子じゃ私と一緒に食べているうちに死にそうじゃない彼?』


『勇気ある行動を応援します、私』


 そう話して笑いあってる間に行くか行かないか、答えが出ないまま講義が始まり、無事に終わりランチの時間になってしまった。こういう事が初めてな訳じゃない。初めてじゃないからこそ今悩んでいる。前はみんなと仲良くしたい思いもあり、誘われればランチぐらい一緒に行くことは多々あった。でもその後告白をされ、断ると一緒にランチしたりする事が思わせぶりだって言われ、色々と誤解され結局仲が悪くなってしまうだけ。今回もきっとそうだ。もうあんな悪い空気を吸いたくない。自分の平和を壊すことはもうしない、私は過去から学んだはず。そして今私は勉学に集中する事が一番だと自分に言い聞かせた。その彼に繋がりのある私の友達に協力してもらいなんとか私とのランチを諦めてもらった。そんな私はいつもと同じランチメンバーと大学近くのいつものファミレスでいつもと同じ様にお昼を過ごしていた。


 高校まではお昼も里穂と一緒だったのだけれど大学生になってからは里穂はランチだけでも彼と一緒に居たいらしく私も飲食めぐりのサークルのメンバーと次回予定を立てながら過ごすことになった。それともうひとりランチではいつも私の隣を独占するのは安達アダチディナ。ミュージカルサークルで一緒で私の後輩。海外育ちだった事もありよく面倒を見ているうちに仲良くなり今に至る。


『センパイ、仕事の前に食べて下さい。それ後でイイです。食べるのは大事です。』


 そう、彼女はとても良い子で、今は逆に私の面倒を見ていてしっかりした妹的存在。しっかりした妹はファミレスで私たちが席に案内されるとさらっとみんなの食べ物を注文しみんなが時間を忘れる前にちゃんと食べる様に指揮をする。そんな事しなくても良いといつも言っているのだけど、最初に一緒にランチをした時、私が何も食べずに、サークルの活動に時間を取られお昼の時間が終わってしまったことを目撃してからは何とかしようと思ったらしくこんな事になってしまったようだ。


 いつもと同じ様に平凡なお昼も終わり教室に戻ると何だかみんながざわざわしていた。なんだろうと思い誰かに聞こうとしたら隣に居たのはヒロだった。避ける必要はない、ただいつもは講義で一緒になっても遠い存在だと思っていたから違和感がすごかった。


『えっと、みんなどうしたのかな?知ってる?』


『あ〜石川じゃん。う〜ん…何か今年最後の課題の事だろ。グループのやつで俺とお前が一緒のグループがずるいとか何とか。』


 何でそんな事で騒いでるんだろうと言いたそうな感じの彼だったけど、私は彼が私のことを知っている事、そして課題のグループで一緒な事にびっくりしていた。この時私は彼が苦手だった。私とにいるのに時間の余裕、自由がある彼に苛立ちの様なものも感じていた。だから今の話は私の聞き違いか冗談であって欲しかった。


『課題で一緒?どの課題?』


『戻ってきたとこか?これさっき配られたんだよ。1グループにメンバー10人の課題。10人でやるの面倒くさくない?しかも期限もすぐ。次の講義の時間はグループで集まってプラン作成して仮のものでも良いからなんか提出しろだってさ。無茶な事を…』


 課題の詳細、グループ分けのリストを私に渡すと彼はそう言って、全部が現実だと言う事が身に染みた。大体ずっとグループの課題で私たちが一緒になる事は無かった。それは教授達も私達の成績争いに期待してるのもあり、グループのバランスを考えていつも別々だったはず。みんなが騒めくのも分かる気がする。私達のグループのメンバーはみんな嬉しそうだったし、そうじゃない人達はみんな不満と不安が混じってる感じだった。そうよ、これは私だけの問題じゃない。みんなのために何とかすれば良いのよ、そう自分に言い聞かせ私は急いで教室を後にし、担当教授のところまで走って行った。慌てていた私はノックする事も忘れ、勢いよくドアを開けていた。


『どういう事ですか?!みんな騒いでます!バランスが乱れます!彼と私が同じグループは何かの間違いじゃないですか?!』


 教授はポカンとびっくりしたのか脳が飛んだ様だった。それもそうだったのかも知れない、ノックもせず、挨拶もなしに急に責められたら誰だってそうなのかも知れない。ましてや私はただの生徒で相手は教授だ、私もハッとその事に気が付いた。


『教授ごめんなさい。私もちょっとびっくりして…』


『いや、大丈夫だよ石川君。確かにバランスを考えていつも別々のグループにしていた。けど、今年度最後の課題だ。そして来年は一緒になるかも分からない。そして確かに成績争いと言ったら響きが悪いし、ライバル意識もないかも知れないが、お互いを追い越しながら君たちは能力を上げている、私の生徒では最も優秀な二人だ。だからこそ、一緒にするともっと良い事、経験があるかも知れない。やってみたかったんだ、二人が一緒だと何が出来上がるか。だから大丈夫、間違いではないよ。戻りなさい。』


 教授は微笑んでそう言うとまた作業に没頭し始めた。そして私は教授室を出るしかなかった。絶対に作業がしたくて課題なんか出したのだろうと思った。でも悔しくても確かにあいつみたいな優秀な人と一緒に作業ができることは良い経験になるはずで、私にとってもメリットの方が大きいのだろう。


『そんなに俺と一緒が嫌なのか?』


 ニヤリと面白がり、聞いてしまったぞと言いたげな顔を浮かべたヒロが窓から夕陽に照らされ私の前に立っていた。私が急に部屋を出たもんだから着いて来たらしく私の教授への発言を聞いていたらしい。最初は声を聞いてヒヤリとした。でもその後すぐに本日二度目、恥ずかしさのあまり顔が熱くなった、というか今回は全体的に熱い様な気がする。


『何言ってるの?別に私が嫌とか個人的な問題ではない。みんなが反対していた事よ。何とかしようと思っただけ。私は別に…』


『まぁ…別に俺も気にしないけど、嫌でもどっちでも、どうせメンバーは変わんないし。誰と一緒でも俺は同じように、やりたい様にやる。』


『あんたは自由で良いよね。』


 思わず言葉にしてしまった自分の本音。また我に帰るのが遅かった。恐る恐る彼を見ると表情は全然変わっていなかった。


『そうかもな。言っとくけど、別にお前をライバルだと思った事がない。俺はただやる事、出来る事を好きな様にやってるだけ。』


 ほら天才の発言だ。私じゃあ叶わないって事でしょ?そんな事わかってる。


『別に私も思った事ないよ。でも事実私達の成績はトップクラスだよ、教授も認めるぐらい。だから私たちが一緒だとトップが決まりなもので、他の生徒からしたらずるみたいな物で…』


『だからそこだよ、大学は学ぶ場所だろ?成績争いや奪いっこの場所ではないはずだ。グループの課題と言っても個人個人の努力が必要だ。頼られるのが好きなのか分かんないけど、みんな俺らに頼ってばかりだと学べないだろ?』


 言い返す言葉がなかった。その通りだと思っていたから。その時私のモヤモヤが消えそうな気がした。


『それに俺は自由とか言ってたけど、お前だって自由だよ。自分の時間を埋めて、余裕なくしてるのはあんた自身が決めた事。俺は必要ない事はしないだけだ。』


 起こされた感じがした。確かにそうだった、全部私が決めたこと。誰かに言われたわけでもなく自分で進んでやった事だ。全部見破られていて悔しくて泣きそうだったけど、何とか堪えた。


 あんな会話の後に普通にグループの元に戻り、しょうがないよとクラスに伝えみんなを静ませ、普通に課題を進めている。そした私達のグループは見事に真っ二つだった。それはグループのリーダーを決める時だった。私派とヒロ派が判明し、意見が割れていた。瞬く間に私かヒロのどっちがリーダーになるべきかの議論が始まった。私はみんなみんな仲良くしようよと止めに入るが当の相手は呆れた様子だった。


『俺、リーダーとか他にできる奴がいれば別にやりたくないから。まとめるのとかそいつの方が良さそうだし、そいつもトップだし、別文句ないでしょ。』


 そう言われるとみんなは静まり、ほらねと言うばかりの亜里沙派と仕方なさそうなヒロ派は私がリーダになる事に合意した様だったが私は納得いかなかった。そもそも今みんなの意見をまとめたのは彼であって私は何もできなかったのになぜ私がリーダーなの?まとめるのは私が良さそう?言ってることと起こった事が矛盾してるというか、多分リーダーになるのが面倒なだけなのだろうと思った。


『いや、ヒロの方が頼りにできそうだし。今も彼の発言で上手くいってるじゃない?私がサポートでリーダーは彼の方がいいかも…』


『そんな事あるかも知んないけど、俺は俺でちゃんとやれるけど方向性でみんな付いてけるかわかんないし、バランスも考えるとリーダーはお前で決まりだ。』


 決定権握ってる事だけどあなたの方がリーダーっぽいんですが?とツッコミたかったんだけど確かに暴走しそうで怖かったから自分がリーダーになることを受け入れる事にした。


『わかったよ。みんなよろしくね、私もリーダー頑張ります。』


『それにリーダーって形だけだし、リーダーかそうじゃないかに関わらずみんな努力して支え合えば良い。』


 そうして私達は課題のプランを始めた。最初は私と彼がどっかで衝突するんじゃないかと不安だった時もあったけど、そんな事もなく全て順調に進んでいた。メンバーもさすが天才同士話が合うんだねと言うくらいにプランはすぐにまとまり、仮プランではなく初日でちゃんとしたプランを提出できた。自分でもこんなに話が合う人は初めてでびっくりしていた。私がアイデアを出すと彼はそれにぴったりな案を出し、私はそれをまとめる。私の文章に彼が言葉を足し、続きを作り、それを私が編集して二人で発してる様な感じだった。グループ作業も見事に上手くいっていた。作業の分担などを考え、プランを立てる私、それをみんなに伝え作業の進行を進めるヒロ。見事に課題はすぐに終わった。そして教授の言ったように自分だけでは出来無かったとても良い経験だったと思う。


 認めたくは無かったけど彼と作業できて楽しかった。そしてこの課題が終われば多分も私達は元通り、関わりはなくなるはず。それが多分嫌だったからか課題を提出しに行く私の足を重く感じた。


 無事に課題も提出し、今までにないほど私達の課題は絶賛を受けた。もちろん成績もトップ。それで大学は少し騒ついたが間も無くして大学がお休みに入り、新年度を迎えるとみんな忙しくなった。そして私の思った通り、ヒロとはクラスも別々になることが多く、大学4年目を迎えていた私達は卒業に向けて、資格取得や就職活動などで慌ただしく、私は彼と交流する事はもう無いだろうと確信さえもしていた。


 そんな時だった、教授にまた呼び出されたのは。今度は冷静にちゃんとノックし挨拶もちゃんとして教授室に入った。でもその冷静さもすぐに無くなってしまった。部屋にはヒロも居たのだ。


『あっ、私来るの早かったですか?出直しましょうか?』


『大丈夫だよ、二人を呼んでもらったんだ。天才コンビの二人をね。私の読みは正しかっただろう?君たちはベストなコンビネーションだった。あの”人間の自然に対する正しい姿勢”の課題はとても良かった。そして是非君達を私のチームメンバーになって欲しいのだ。知っていると思うが私が今回手掛けている論文は現在の環境をよくし、人が住み続けられる地球を実現させる事だ。とても大きく、不可能みたいだが必要性が高い物で君達が必要だ。考えてほしい。』


 私はとてもびっくりしていた。それは確かにとても魅力的な仕事であり、そして何よりまたヒロと仕事ができるかもしれない。迷うことなんて私にはなく。その場で私は答えを出した。


『私で宜しければ是非、一緒に仕事をさせてください。』


『俺もよろしくお願いします。』


 彼は仕事のことしか考えていないのだろうけど、一緒に仕事できることを何より喜んでいた私がいた。


『やっぱり格好いいよなあの二人。』


『天才コンビじゃん。チームワークも良いけどお似合いだよね〜』


『私ファンクラブ入っちゃった。』


『もう卒業するのに?あ、でも二人共大学ここで働くから良いのか。私も入りろうかな〜』


 私達の事はすぐに大学のニュースになり、ただいまプチブレーク中です。なぜか私達はコンビだとして考えられ、芸能人でも無いのにファンクラブまで出来てしまった。私は恥ずかしいのだけど、私の相棒はまた呆れていた。

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恋、いつまで・・・ M.Kaye @mymai07

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