死生概念と桜への独白

北海ハル

第1話

 早すぎる初春の陽気は、この街の桜の蕾を開かせた。

 陰鬱な私の内情とは裏腹に、冬の終わりに些か忙しなく駆け出す近所の子供たちが、私の心にちくちくと苛立ちを与える。

 命の芽吹く春は、同時に命の散る秋口の訪れを預言するもので、巡り、移ろう四季を喜ばしく享受することは、私にはできない。

 

 部屋の窓から見える桜を最期の景勝として、私は今、命を絶とうとしている。

 

 この一年で、三人の親族が亡くなった。

 母方の祖母と、父方の祖父母である。


 近親が立て続けにこの世を去る事態は、私の心にぽっかりと穴を開けるには十分すぎる出来事だった。

 大泣きするほど子供でもないが、かといって涙が出ないほど薄情な人間じゃない。それぞれが元の姿を捨てて、小さな骨壺へと変わってしまった時はさすがに参ったものである。

 自分のことを愛してくれていた人間がこの世を去り、他人の記憶から自身がいなくなることが、なにより恐ろしかった。

 

 死とは何だろうか。


 宗教的観点で言えば、死は生のやり直し、即ち輪廻の過程であると訴えたり、かと思えば極楽浄土へ行くことであると言ったり、全体的に答えが定まらない以上、ふわふわした結論にしか行き着かない。

 死とは、命の誕生に必ず付いて回る、命の宿命であり、枷。

 人間であろうと、動物であろうと、草花であろうと、それは避けられない末路なのだ。

 それを恐ろしいもの、嫌なものとして見ることは、生き物として当然だろう。

 でも、本当にそうなのだろうか。


 光射すところに影あり、善があるように悪もあり、生があるところに死がつきまとうのは当然ながら、さて、なぜ生という存在が対比的に幸福であると語られるのか。

 今この瞬間が、生死全体を通して見たときに、光や善と並べて語られる前提条件はつまり、死が導くところが一体どこなのか、それが不明瞭であることにあるはずである。

 結果として、影も悪も、生きているうちは見える側面でありながら、死だけは生きているうちに見ることのできない代物だから、皆不気味がって負の側面として位置づけを行うのだろう。

 でも、それはあまりにも自分本位というか、偏向的感情がありすぎる。

 死に対しての恐怖心が大きすぎるあまり、本質を分析することはなく、ただ死が負であるとだけ、漠然と理解する。

 桜の花が死ぬとき、それは厳密に言えば木そのものが腐りなくなる時であるが、もっと単純に考えれば、花がすべて散った時が、一年の中での桜の死とも言える。

 西行法師然り、梶井基次郎然り、桜という花は、どうも死と縁のある花に思える。


 数学や科学では推し量ることのできない次元があることを、世の中の人たちは理解しているのだろうか。

 あるいは理解を止め、目を逸らし、証明できることにだけ着目して、それで現世の在り方のみにだけ拘っているのではないだろうか。

 生を一つの大きな括りで終わらせることは誤りだろう。死も含め、人の生なのだから。

 生物学的な考えや机上の論理と感情論は決して相容れることは無い。

 にも関わらず、世間は死の結果を悲観的に見る節がある。

 それぞれにはそれぞれで、役割がある。

 そこにある結果は、片面で見たときにたとえ受け入れがたくとも、別の側面から見れば、もしかしたら良いことなのかもしれないと、それを理解する必要がある。


 私は精神的に壊れてしまったようで、私自身にその自覚は無くても、周囲が異変に気付いた。

 しきりに生き死にを気にしたり、発言が滅裂であると言うが、やはりそんなつもりは無い。

 私は至って正常である。おかしいのは、死を直視せずに不幸の象徴であると言い張る周囲なのだ。


 窓から見える桜は、今がピークであるように堂々と花を咲かせる。僅かな咲き時を逃さぬように。

 まるで自身の死を知るような姿は、人よりもずっと健気である。結末を先延ばしにするような、人のような愚かさは無い。


 死を美徳として扱い、他人に押しつける行為は理解できないし、勝手に自分たちが幸せになればそれでいいと思う。強要することは、他人の思考へ干渉するようなものだ。

 私は死を肯定しているわけではない。

 世間の生に対する執着心に異常性を見るだけで、そういった胡乱な思考は持ち合わせていない。


 桜の花が舞う。

 咲くため、春を告げるため、あるいは、死ぬために────

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