癒楽師トッコ 〜ようこそカザミド冒険団!〜
雨蕗空何(あまぶき・くうか)
癒楽師はかく語る
「ご覧になれば分かるかと思いますが、私はいわゆる回復術師ではありません。
かといって、いわゆる吟遊詩人のように、戦闘中に味方をサポートする技能でもありません。
およそ冒険者には向かない、中途半端な技能なんです」
夜、荒野、冒険団のテントのひとつ。
ランプの明かりに照らされて、ふくよかで肉感的な女性、癒楽師トッコは微笑んだ。
「冒険団のみなさんと出会ったころ、その当時ちょうど私がいた街に滞在していたんですが、付近で魔物の大量発生があったんですよね。
すぐに戦えるのが彼らしかいなくて、強い魔物ではなかったんですがとにかく数が多くて、みなさん疲弊していたんです。
それで助けを求めたのが、冒険者でもなんでもなかった私だったんです」
トッコはかたわらに置いた愛器に目をやった。
弦楽器、のように見える。
トッコの座高に近い高さの、細長い木枠。
その中に十二本の弦が張られ、ハープのように両面からつまびくようになっている。
楽器の上部には音の高さを調整する機構があり、下部には付け替え可能な仕組みの、漏斗状に開いたパーツ。
「素晴らしい音楽は、心に響きますよね。
あるいは単純に、打楽器などの力強い音が、お腹に響く感覚、分かるかと思います。
ああいった音の浸透力に魔力を乗せて、体内から治癒をさせるのが、癒楽師の技能です。
実際に見るのが、分かりやすいかと思います」
奥、うつ伏せに寝る団員。
トッコは楽器を持ち上げ、漏斗状のパーツを調節し、団員の背中に当てた。
楽器をかかえるように持ち、片耳を楽器にぴったりとつける。
「治療を始めますね……少し集中します……」
右手。つまびく。低音。
長く伸びるベースラインが、腹に響くように深く流れ、実際に被治療者の体内に浸透していく。
トッコは音の反響を聞き、左手で音域を少しずつ調節していく。
響かせ、探り、調節して、また響かせる。
そして、何回かの調節ののち。
「……つかみました」
左手、全十二弦の音域を一気に調節し。
癒楽、開始。
左手、低音域を奏でる、先ほどより短い区切り、深く響く音を細かく送る、掘削するようなイメージで。
そこに絡む、高音域、右手で鳴らす、低音域のレールを滑るように浸透、体内ではじける。響く。
トッコの魔力が乗る。治癒の魔力。音が届ける。体内ではじける。患部に刺さる。音が押し開いたルートに魔力が染み渡る。
トッコは半眼で集中。音の反響、そこに魔力を絡め、音を送る。どこまでの深さ。どこまで浸透させる。どのくらいの強さで、どう音を刻む。
旋律が生まれる。譜面のない音楽。違う、患部が譜面で、それを読み解く。そこに、響かせる。
十数分ほど時間をかけて、治療は終了した。
団員は立ち上がり、快調になった腰を動かした。
トッコは水を飲み、一息ついた。
「――とまあ、こんな感じで治療をします。
今回はただの腰痛でしたが、重症であれば何日もかけて治療したり、数時間ぶっ続けで演奏することもありますよ」
楽器をケースにしまい。
「治療効率は、回復魔法とは比べるべくもありません。
悠長に戦闘中に使えるような技能ではないこと、分かりますよね。
それでも私は冒険者になりました。自分の意思です」
トッコはくすくすと笑った。
「びっくりされましたよ。急場しのぎで手を借りただけの私が、しれっと旅支度を整えて紛れ込んでいたんですからね。
そういうやり方でないと、冒険者の技能なんてない私を受け入れてくれないと思いましたから。
彼らの人となりを知った今では、そうでもないと分かりますけど」
楽器ケースを抱きかかえて、テントの天井を見つめて、トッコはしみじみと言った。
「楽しそうだと思ったんです。冒険者。
あるいはこの冒険団がでしょうか。
事実、楽しく過ごせていますよ。
早く嫁ぎ先を見つけろってうるさい両親もいませんしね」
ぺろりと舌を出す。いたずらっぽく。
「結婚したくないわけではないですよ。いい人がいればすると思います。
冒険団に永久就職する可能性も高いですけどね。
要するに、私らしく生きられればそれでいいわけで。
この冒険団は、そうさせてくれる場所なんです。私にとって」
柔和な笑みを浮かべて。
トッコは片手をこちらに差し出し、告げた。
「ようこそ、カザミド冒険団へ。
ここは半端な者たちが集まる、最高に充実した
癒楽師トッコ 〜ようこそカザミド冒険団!〜 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker
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