吾輩と猫である。嫁はまだ無い。

テケリ・リ

全ては手の平の肉球の上


 吾輩はガイウス伯爵。二十九歳、華の独身である。

 二十歳という若さで宮廷魔導士に抜擢され、その翌年の隣国の侵攻を見事食い止めた功績を評され、【魔導伯】の称号と共に叙爵された。


 傍から見れば順風満帆でさも成功者のようにその目には映るだろう。

 だが吾輩には唯一つ不満があった。不満というよりは、どちらかと言えば願望であるのだが。


「嫁が欲しい……っ!」

「またですかニャ。ご主人みたいな偏屈で研究バカニャ魔法使いに嫁ごうニャんて、よっぽどの物好きか財産目当ての守銭奴に決まってますニャ」

「お前は本当に吾輩の使い魔なのであるか……? どこで調教を誤ったのであろうか……」

「紛うことニャき使い魔ですニャ。ついでに言えば最後に残った唯一の使い魔でもありますニャ」


 ワザとらしく、取って付けたような語尾でそう主人をけなすのは、彼女自身でも言った通り吾輩の唯一の使い魔である、猫妖精ケットシーのメイリーである。


 ケットシーというのは……端的に説明すると二足歩行する猫である。叙爵するより以前、たまたま研究のために入った魔境で、低級モンスターの群れにイジメられていたのを助けたのが、この曖昧な主従関係の始まりであった。

 獣の猫と違う点といえば、あくまでも〝妖精〟の一種であるため、繁殖はしないというくらいだ。あとは少々珍しい魔法が使えるというのもある。


「吾輩の元に残る選択をしたのはお前だけであるしな。まあ、他の者達は使い魔ではなく召喚獣にしただけで、いつでもぶことはできるのであるがな」

「そんニャこと言って伯爵になってからの八年間、全然召喚してニャいくせにニャ~。みんニャはそれぞれのお里で幸せにニャってるのにニャ〜」

やかましいのであるっ! 酷使した分長めの休暇という名目で喚ばずにいたら、揃いも揃ってつがいを見付けおって……! 吾輩への当て付けであるか!? おかげで喚ぶに喚べんのであるっ!!」

「一回喚んだミノタウロスはちょうど新婚ホヤホヤだったニャ〜。すっごく恨んでたニャ」

「めっちゃ謝ったのである! あんなに頭を下げたのは王への謁見以外無いのであるっ!」

「致命的に間が悪かったんだニャ〜」


 吾輩は自分で言うのもアレであるが、見目は悪くない。しかし女運が壊滅的に悪いのか、二十九となった今の今まで、交際はしても進展せず。なんなら未だ女性を知らぬ清い身体を保っている。

 同僚達も後輩達も、みんな良い相手を見付け次々と結婚しているというのに……! 世の中不公平である!!


「純粋な貴族じゃないのがいけないのであるか……!? 平民出身のこの身が憎いのである……!」

「と言うよりも、女性を見る目と扱いがてんでニャってニャいのが悪いと思うニャ」

「それを言うなであるっ!?」


 仕方ないだろう。物心着く頃には魔法の才能に目覚め、それからは魔法研究一辺倒の生活を送ってきたのだから。

 同年代と遊ぶことも、年頃の甘酸っぱい思い出も何も無い吾輩にとって、女心など核撃魔法の解析よりも難解なのである!


「あ、そういえば一昨日、ご主人にお見合いの申し込みがありましたニャ」

「なに!? どんな娘であるか!? 名は!? 肖像画は有るのであるか!?」

「丁重にお断りしておいたニャ」

「何故であるかッ!!??」


 この使い魔は……! なに主人に黙って勝手にお断り申し上げやがっているのであるか!?


「普通かない!? 報告・連絡・相談は社会人の基本であるぞ!?」

「ニャーは猫だからニャ〜」

「黙らっしゃい!?」


 口の減らない使い魔に噛み付くも、そんなの何処吹く風といったように。吾輩の気持ちなど知らぬとばかりに、掃除に洗濯にと自分の仕事に没頭するメイリー。

 なまじその仕事ぶりが完璧だから余計タチが悪いのである。ロクに仕事が出来ないような落ちこぼれならまだしも、これでは文句を言うに言えぬのである。吾輩、家事は全くもって不得手であるからして……。


「ええい! 諦めんのであるっ! 絶対に三十までには結婚してやるのである!!」

「あと半年しかニャいけどニャ」

「言うなであるぅッ!!」


 今日も今日とて、使い魔のくせに主人を敬わないメイリーと言い争いながら、吾輩は自身の研究と嫁探しにまい進するのであった。




 ◇




「もう女なんて信じないのであるぅ……ッ!」


 三十歳の誕生日まで残すところあとひと月となった、とある日の夕暮れ。

 吾輩は家に駆け込んで自室に引きこもり、枕を涙で濡らしていた。


「その様子だとまた振られたかニャ? それとも研究自慢ばかりして引かれたニャン? あ、もしかして両方ニャ?」

「お前には傷心している主人を元気付けようという優しさは無いのであるか!?」


 ノックすらせずに吾輩の部屋に入り込み、枕を濡らす主人の脇腹をつついてくるメイリーに、吾輩は鼻をすすりながら抗議する。


「今度は上手く行くって豪語して出掛けたのは何処の誰だったかニャ~? それともこれが望んだ結果かニャ?」

「違うのである! 途中まではちゃんと上手く行ってたのである! 彼女もまんざらではないという顔をしてたのである!!」

「それニャらどうアプローチしたのか言ってみるが良いニャ。ニャーが分析してあげるニャ」

「むぅ……よかろう。まず吾輩は彼女の家に、約束通りの時刻に馬車を手配して迎えに行ったのである――――」


 それから吾輩は枕を抱きかかえながら、メイリーにデートの顛末を詳細に語ったのである。

 そうして夕暮れの茜空が闇色に変わるまで語って聞かせた吾輩に、メイリーは何故かは知らぬが、頭を抱えて溜息を吐いた。


「全っ然ダメダメニャンっ!」

「んなッ!? な、何が悪いと言うのであるか!?」


 まさかのダメ出しである。

 吾輩が練りに練ったデートプランをバッサリと、容赦なく切り捨てるメイリーに、当然吾輩は食って掛かって異議を申し立てたのである。


 そんな吾輩にメイリーは。


「何処の世界に首無し馬の曳く馬車を喜ぶ貴族令嬢が居るニャン!」

「め、珍しい物好きだと文通で言っていたのである! だから吾輩はわざわざ首無し馬を召喚して、特注の漆黒馬車で迎えに行ったのであるぞ!?」

「珍しいにも限度があるニャン! モンスターニャんて怖がられるに決まってるニャン!!」


 解せぬ……! 英雄たる【魔導伯】が直々に喚んだ召喚獣であるぞ!?

 喜びこそすれ、怖がられる道理など無いではないか!


「はぁ~っ……! 次ニャ。最初は宝飾品のお店に行ったはずニャよね?」

「そうである! 腕の良い職人の店であるからして、絶対に喜んでいたはずである!! 気前良く何でも買ってやろうとも言ったのであるぞ!?」

「それが普通の宝飾店ニャらニャ! ご主人が言ってたお店って〝裏の〟お店じゃニャいの! 呪いの宝石とか超級魔導宝珠とか、そんニャのプレゼントされて喜ぶ女の子が居ると思うニャ!?」

「吾輩だったら嬉しいのである!」

「アンタを基準にするニャーっ!! あとその店普通に違法店だニャっ!!」


 あの店の品揃えは最高なのであるぞ!? 魔導研究に携わる者であれば一度は訪れたいお店ナンバーワンだというのに!!


 そしてその後もメイリーによるダメ出しは続き、気付けばとっぷりと夜は更けていた。


 まさか本当に全部が全部ダメ出しを受けるとは……! 吾輩はあまりのショックに女性不信に陥り心もズタボロにされ、涙に暮れながら布団を頭まで被って眠りに就いたのであった。




 ◇




「ご主人様ぁ~♡ 三十歳のお誕生日おめでとうございますニャン♡」

「取って付けた敬語とその猫撫で声をやめるのである! それ絶対祝ってないであろう!?」

「ひどいニャン……! ニャーの純粋な気持ちを疑うニャんて、いつからこんなにご主人の心はささくれてしまったニャン……?」

「主人への普段の言動をかえりみてからそういうセリフを言えであるっ!」


 そして遂に、まったく嬉しくない大台に乗る三十路の誕生日がやってきてしまった。

 この歳にして未婚。しかも童て……純潔を保っているだなど、また宮廷魔導士の同僚達にバカにされてしまうのである……。


「まあまあニャンっ。人間諦めが肝心ってよく言うニャンっ」

「一片たりともフォローになってないのであるっ!?」

「てへニャン☆ というかそもそも、ご主人は理想が高過ぎるニャンよ」

「む? どこが高いと言うのであるか! 吾輩は嫁にするなら見目麗しくスタイルも良くて若い、家庭的で心優しいできれば金髪碧眼のお人形のような女性が良いな~、と常々思っているだけであるぞ!?」

「それが高望みし過ぎだって言ってるニャン!? そんな女の子居る訳ニャいっていうか、居たらとっくに嫁いで良いお嫁さんやってるニャッ!!」


 分からんだろうが! もしかしたら道の曲がり角で出合い頭にぶつかって運命の出逢いを果たすかもしれないのである!!


「やれやれニャ……。まあ気長に探せばいいニャ。それまではまあ、金毛碧眼で家事が完璧ニャ、優しくてお人形のように愛くるしいニャ―で我慢しとくニャン」

「待つのである。優しいという点には異議を申し立てるのである」

「不当な異議申し立ては却下するニャっ」

「どっちが不当であるか!?」


 こうして。

 吾輩は今年も結婚できぬまま、理想の金髪碧眼美少女に会うことすらできずに、三十歳を迎えてしまったのである。


 せめて娼婦相手でも良いから経験はしておけ?

 そんな勇気があれば収入が上がった叙爵時点でやってるのである!!


 まったく解せぬのである……! 一説では、猫妖精ケットシーは良縁を導くとも言われているというのに……! だから使い魔にしたと言っても過言ではないというのに、これではまるで逆なのであるぅッ!!


「ほらご主人、いいからご飯食べるニャン。今日は特別にご主人の好物ばっかりにしたんだからニャ」

「むぅ、分かったのである……うむ、相変わらずメイリーの料理は美味いのである」

「お褒めにあずかり、ニャーは幸せですニャン♡ (誰がご主人を何処の馬の骨とも知れぬ女に渡すもんかニャン! これからもニャーとご主人の二人きりで幸せに暮らすニャン♡)」

「ん? 何か言ったであるか?」

「なんにも言ってないニャン♡」



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