【KAC20229】猫の手が届いたので使ってみた

緑豆デルソル

第1話(完結) 猫の手が届いたので使ってみた

 家に帰ると宅配便がポストに入っていた。

 以前ネットで注文していた、癒やし用の猫の手が届いたのだろう。


 とても楽しみだ。


「さっそく使おう」


 部屋に入ると、ガムテープでぐるぐる巻きにされた荷物を、逆にぐるぐるとほどいていく。

 中には小さな猫の手が1本入っていた。


「思ってたより小さいんだな」


 注文した時はもっと大きいと思ったけど、写真と実物が違うなんてのはよくある事だ、これもそうなのだろう。


 だが猫の手はとてもリアルだった。

 小さくて暖かくて柔らかい、肉球もぷにぷにしていて気持ちいい。

 でもリアルすぎて少し気味が悪かった。


 ケースの中には小さな注意書きの紙も入っていた。


「猫の手をつかみながら欲しい物を叫べ、肉球がなんでも吸い寄せる」


 何でも吸い寄せるのか。

 おもちゃにしてはスゴイな。


 でも、こんな機能あったっけな?

 肉球を触って楽しむジョークグッズだと思ったけど、まあ、何でもいいか。


 俺は"試し"にと、猫の手を握りながら声を出してみた。


「耳かき来てくれー」

 すると目の前にあった木製の耳かきが、猫の手の肉球部分にすい~と引き寄せられ、そのまま耳かきがへばり付く。


「おお?」


 俺は驚いた。

 まさか、本当に吸い寄せるとは。


「磁石でも入ってるのかな?」


 科学の進歩はスゴイ。

 別の物でも試してみよう。


「ゴミ箱来てくれー」


 そう言うと、近くにあったプラスチック製のゴミ箱が、フローリングの床をゴリゴリゴリと鳴らしながら近づいてきた。


「おお~」


 俺は感動した。

 この猫の手の素晴らしい機能に。


「でもこれって、どこまで大丈夫なんだろう?」


 まさか本当に何でも吸い寄せるなんて、俺も思っていない。


 家とか車とかの重たい物や、海外にしか無いような遠くにある物とか、そういう物はどうなるのだろう。

 もし間違って、それらを望んでしまって、取り返しの付かない事になったら困る。


 どこまで大丈夫かを試すにしても、少しずつ調べていくのが賢いやり方だろう。


 俺はまず、冷蔵庫の中にあるエナジードリンクを望んだ。

 冷蔵庫のドアは閉められているし、もし引き寄せたらどうなるのか気になったのだ。


「エナジードリンク来てくれー」

 猫の手を握りながら言う。


 すると、今まで無かった感じが右手に伝わった。

 猫の手を握っている右手が、冷蔵庫の方へと引っ張られているのだ。


 引っ張る力はそこまで強くないが、手を離すと冷蔵庫へ飛んで行きそうな感じだ。


 そのまま冷蔵庫のドアを開けると、中からエナジードリンクが飛んできて、肉球にへばりついた。


「なるほど、探知能力にも使えるのか」


 猫の手は望んだ物を吸い寄せるだけではなく、望んだ物がある場所へと誘導もしてくれるらしい。


 だとすれば、次に俺が望む物は決まった。


 俺は猫の手を握りながら叫ぶ。


「スクラッチの当たりくじが1万円以上のやつ来てくれー」


 そう言った瞬間、握った右手が引き寄せられる。成功だ。

 この猫の手に従えば、俺は1万円以上が手に入るのだ。


 俺は導かれるまま、外へ出た。


 猫の手が誘導しているのは、どうやら近くの宝くじ売り場らしい。

 誰かに買われる前に急ごう。


 宝くじ売り場に到着するが、他に客はいない。今がチャンスと売り子のお姉さんに話しかける。


「すいません、スクラッチくじ買いたいんですが、全部でどれぐらいありますか?」

「全部ですか? これぐらいですね」


 そう言ってお姉さんはダンボールを見せてくる。

 猫の手の引力は、どうやらダンボールの中に当たりくじがあると教えてくれる。


 お姉さんに指示を出しながら、ダンボールをこちらに向けてもらう。

 するとどうだろう、猫の手へと10枚セットのスクラッチくじが吸い寄せられてきた。


「あらあら、お客さん2000円ですよ」

「すいません」


 いけない、あせってしまった。

 対価を払わずにくじを手に入れるのは犯罪なのだ。


 俺は財布からお金を取り出し、すぐに支払う。


 そしてその場でスクラッチくじをこする。


 すると、銀色のマークを削って出てきたのは2等、5万円だった。


「よしっ!」

「おめでとうございま~す」


 俺はお姉さんの祝福と5万円を受け取り、一瞬で4万8千円を稼いだのだった。


「こりゃもう、働かなくていいな」


 宝くじ売り場の前でつぶやく。


 この猫の手を使って、宝くじを当ててさえいれば、一生お金には困らない。遊んで暮らせるのだ。


 だが、俺という人間は欲深い。

 お金が十分手に入るとなれば、次はパートナーが欲しくなる。


 今まで彼女なんぞ出来たことも無いし、出会いも無かった。

 しかし猫の手さえ使えば、彼女だって見つけられるはず。


「こんな簡単にお金が手に入るんだし、彼女もすぐに見つけてくれるはず……」


 俺は猫の手を握り、宝くじ売り場の前で叫ぶ。


「俺の未来の彼女来てくれー」



 ……。

 …………。

 ………………。



 そう叫んだが何も起こらない。

 売り場のお姉さんは真顔でこちらを見ている。


 何も起こらない。


「どういうことだ? 俺には彼女が出来ないってことか?」


 不思議に思い、猫の手をしばらく見つめる。

 するとどうだろう、急に肉球に触りたくなってきたのだ。


「なんだろう、すごく肉球に触りたい」


 俺はなぜか、無性に肉球を触りたくなっていた。

 だから、右手で肉球を触った。


 ――その瞬間、


 体全体がすごい力で、肉球に吸い込まれるのを感じた。


 小さな肉球に男が一人、まるで体がねじ切れるほど細くなって、あっという間に吸い込まれていった。


 アスファルトの地面には、とてもリアルな猫の手だけが1本転がって落ちていた。



---------------------------------------------


 ――それから10年後。


「皆さん、今日のゲストはスゴイですよ。日本初!壁を歩けるようになった男性です~!!」

 パチパチパチと、拍手のコメントが一気に流れる。


 大きなソファーのある一室。この場所で、見た目がとても若い男性が、女性配信者と一緒に生放送の動画を撮っている。


「こんにちは~!」

「こんにちは」

「あなたは10年ほど前に行方不明になったと聞きましたが、その最中は何をされていたんでしょうか?」

「どこから話しましょうか……、実はこの10年間、不思議な世界に行っていたんです」

「ほうほう」

「そして日本に戻ってきたら、いつの間にか10年が経っていたんですね」

「なるほど、それで不思議な世界というのはどうやって行ったんですか?」

「それはですね、まず私が猫の手のおもちゃを注文したんです……」



 終わり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20229】猫の手が届いたので使ってみた 緑豆デルソル @midorimameDELSOL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ