猫さんが示すには

カフェ千世子

猫さんが示すには

 黄昏時を過ぎた新開地の通りには、怪しげな露店が立ち並ぶ。

 蛇の粉だとか、質流れ品だとか、魔除けの道具だとか、香具師達が競うように口上を述べている。

「ねこうらーねこー」

 何を冷やかそうかと、ぶらぶら歩いていた吾川の耳にのんびりとした気の抜けるような声が届いた。


 ンナァーーー、と猫のゆったりとした鳴き声も聞こえてくる。


 露店の一角に、ポコッと凹んで見える。婆さんが、ござを引いて猫を抱いて座っていた。

 立て看板に「猫占」の文字。

 猫が、するんと婆さんの腕から出て、ンナアとあいさつをしてくる。


 すらりとした体躯に、艶々した毛並みがネオンの光を反射している。顔立ちも可愛らしい。美猫だ。

 手を伸ばしてそのさらさらしてそうな毛に触れようとする。

「触るんなら、占っていきな」

 と婆さんから注意が入る。

「猫が占ってくれるの?」

「そうだ。ここに運勢を示す石を並べる。それをこの子が選んでくれるんだ」

「へえ。いくら?」

「二十銭だ」

「結構する……」

 巨大餅が入ったびっくりぜんざいが十銭なことを思うと、いいお値段である。



 猫の前に、八個の石が並べられた。それぞれ色が違っている。

「ほれ、チャコちゃん。選びな」

 婆さんに促されて、猫が石をひとつぺしんと弾いた。

「ん。これは、枷鎖かさ難だね。うっかり牢獄送りにならないように気を付けな」

「えええーーーー!」

「うるさいよ」

 嫌な運勢に思わず抗議の声をあげれば、怒られる。

「こっちは、なんの意味?」

「火難」

「こっちは」

「水難」

「こっちは」

「女難」

「これは」

「病難」

 残りは刃物注意の刀杖とうじょう難と、悪霊注意の羅刹らせつ難、悪賊注意の怨賊おんぞく難だった。


「全部、難の石!」

 何を選ばれても悪運になってしまう。抗議の意を込めて、大声が出る。

「悪運に見舞われないなら、この子は石に触れようとしない」

 婆さんに冷静に言い返されて、吾川は悔しがりながら引き下がった。

 猫は抱き上げようとすると、腕を突っ張って抵抗してきた。仕事が終わると、途端につれない態度である。



「探偵として、うだつが上がらないお前は事件をでっち上げるために盗んだ。違うか!?」

「えええーーーー!」

 遊びに行った先の劇場で、盗難事件に巻き込まれてしまった。事件発生後、速やかに警察が呼ばれた。

 そして、犯人ではないかと尋問を受ける。

「やってません!」

「誰だってそう言う」

「どうだか」

 警官達に辛辣な言葉を投げられる。

 劇場探偵を自称している吾川としては、犯人と間違われるなど痛恨の極みである。


 真犯人を見つけねば、と情報を得るべく他者を尋問している刑事達の会話に聞き耳をたてる。

「彼女に懸想をしているお前は、彼女の気を引くために、盗んだ! 違うか!?」

 別人が犯人扱いされていた。


 なるほど、と吾川は冷静さを取り戻す。

 わざと犯人扱いをすることで、反応を引き出しているのだ。占い師の手口と似たようなものだ。



「犯人がわかれば、自ずと隠し場所もわかるだろう」

「して、その犯人は誰だか見当がついてるのですか」

「……なんだ、そこで何をしている」

 しれっと刑事達の横で会話を聞いていると、すぐにとがめられた。へらっと愛想笑いをするとつまみ出される。



「かくして、お前は彼女のトランクから指輪を盗んだのだ!」

 刑事達は丹念に聞き取り調査をして、犯人に目星をつけると手口も看破し、無事に犯人を捕まえたのだった。

 盗まれた指輪は、楽器ケースの中、楽器を痛めないように入っているクッションの下に隠されていた。

 女だてらに楽士として台頭してきた被害者に嫉妬したのが反抗の理由だと言う。


 吾川は完全に観客の一人となって、逮捕劇を観賞していた。拍手していると、なんだこいつといった目で見られていた。




「ということがありました」

「あんた、なんでもおもしろがるんだねえ」

 昼間、先日の猫占いの老婆を見つけたので、彼女に顛末を語って聞かせた。

 昼間の彼女は、夜の露店の横にいたときとはうって変わって小綺麗な格好をしていた。

 露店の横にいたときは、くたびれたもんぺ姿に髪の毛もぼさついていた。

 今は、大島紬を粋に着こなして、髪はしっかりとまとめられていて、どこか上品である。


「なんで夜にあんなところにいたんです?」

「うちの嫁は猫が苦手でねえ。鼻が痒くなるんだって」

 語る彼女の足元に、例の美猫が座っている。昼に見ると、この猫の柄がよくわかった。

「この子、ハチワレかと思ったら、三毛だったんですね」

「三毛はいいよー。縁起もいいしね」

 触る前に手の臭いをかがせる。気に入らないのか、そっぽを向かれた。

「あんた、どっかタバコ臭いとこにいたんだろ。それじゃあ、うちの子に好かれないよ」

「私は吸わないんですけどねえ」




「あっ! あのときの刑事さんだ」

 通りすがりに声を出すと怪訝な顔をされた。老婆の方を見ると、刑事はいずまいを正した。

「その節はお世話になりました」

「いやいや」

 刑事は元から老婆のことを知っていたらしい。

「あの占いの石、今も持ってますか?」

「あれをやりたいのかい?」

「この人を占ってみてくださいよ」

 吾川はいたずら心から刑事を指差した。


 猫は、並べた石をじっと眺めたあと、そっぽを向いた。石を素通りして、刑事になつくようにすり寄る。

「なんの心配もいらないってさ」

「ええ……」

 釈然としない吾川であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫さんが示すには カフェ千世子 @chocolantan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ