月虹
おふとん
月虹
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プロローグ
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月は月虹という現象がある、それは夜間に月の光により生じる虹であり、昼間に見える虹と同等のものである。だがこれはあくまで虹と区別され、素人が太陽か月かによる判別は難しい。
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1/7 新月 渇望
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月灯りの元、その男は前から好意のある女性を食事に誘い、その帰り道今日は告白をしようと意気込む。
「今夜は月が綺麗ですね」
あぁ、この人は違う。
「月は手に届かないから綺麗なんですよ」
どこかで聞いたようなセリフ。面白みは感じない。気の利いた言葉でお断りした事に厚意を感じて欲しいものである。
正直自分はモテる。今月はこれで5回目。
幾多の男から高級な品の贈り物や夜景の見えるディナーに誘われた。
だが、一向に理想の男には会わないのだ。
理想と現実は違うこともわかっているが、現実を理想に近づけるのもまたその過程にある。
今夜は本当に良い月だ。
「いつになったら王子様は現れるのかしら」
恋人の来訪を待つ女性は言う。
月は女の願望を知らない。
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2/7 二日月 絶念
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スラム街で生まれた褐色の少年は、月の灯りだけを頼りに狙いをつけた家に盗みを働く。
この家は貴族街に近い一般邸宅であり、もちろんその時間、人が居ないことは事前に調べてある。
「さっさと始めてしまおう」
針金を使い慣れた手つきで鍵を開ける。
犯行後、罪悪感と達成感、安堵感に包まれるがこれは何度も経験していることだ。
自分の生まれや、環境による虚しさを恨んでもしょうがない、何度も言い聞かせたことではあるのだが。
天を見上げると、そこにある光にずっと静観されているような気がして、抑え込んだその感情は濁流のように流れ込んでくる。
「僕はこのままでいいのだろうか」
月は少年の懺悔を知らない。
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3/7 三日月 逸脱
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「ついに、研究成果を公に広める時がきた」
興奮により顔を赤らめ、そう呟く学者。
その学者は初めて天体観測に望遠鏡を取り入れ、月に山や谷がある事(後にクレーターと言われる)を判明し、地球が動くことで月の満ち欠けが生じる事実も唱えた。それまでは月は完全な球体であると信じられてきたのだ。
この研究を周りに広めたら、自分は後世まで語り継がれる偉人になるだろうと夢みた。だが実際は周囲に馬鹿にされ、宗教の教えに反する行為だとし、異端審問にかけられ断罪される。彼は亡くなるその瞬間まで「それでも地球は周っている」と言い残す。
後の数百年後、地動説という学説が世界という明るみに出るのだが。
「そこに見えているはずなのにな、努力、報われずか、ははは…はぁー」
一人、散らかった部屋の窓を開け、研究の対象を見つめながら呟く。
月は学者の苦悩を知らない。
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4/7 上弦の月 哀傷
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「4998…4999…5000、っふぅー」
夜の日課である剣の素振りを終え、額の汗を拭う。
屈強な騎士は夜空を見上げ、今日も同じ位置に月がある事が確認できた。
「もうこんな時間か、今日は星も綺麗だ…皆は星に成れただろうか」
今日は数多くの仲間が死んだ。
国から命じられた部隊への任務は100年に一度現れるという、近隣の森に出現した大型龍種の討伐。
結果は右翼を切り裂き、左目を潰し、ついに戦意を失ったドラゴンへ起死回生の心臓部の一撃。
討伐には至れたが生きて帰れたのは僥倖であった。
こちらの戦力も残すところ数十人といった時の事である。
自国の民を護る責務とはいえ、仲間が死んでいくのは酷く耐え難い、その戦場は大量の血に塗れ、悲惨であった。
月は勇敢な騎士の無念を知らない。
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5/7 十三夜 平穏
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一組の老夫婦がいる。
辺境の地で畑を耕し、動物を狩り、自給自足をする。
自らの子は既に都会に住み、家族がいる。
顔を合わせるたびにその暮らしは不便だと言われるが、それで満足しているのだ。
「今日は大きな芋が採れましたね、蒸して食べましょうか」
「あぁ、そうだな」
日々変わらない同じような日常。
太陽が登ると土を弄り、日が傾くと森に入って獣を狩る。
何一つ変化が無い日々、だがそれでいい。
「月が待つ 二個の盃 相も変わらず」
月は老夫婦の幸福を知らない。
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6/7 小望月 虚
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毎夜のように繰り広げられる優雅で艶やかな光景、その日も開かれたパーティに貴族たちは流行りの衣装で匿名性をまとい、歌って踊りながら夜を過ごす。
お酒のグラスを傾けながら、そこで出会った異性とかりそめの恋の戯れを楽しんだ。
彼らは普段の華やかな宮廷生活と、浮世離れした宴で時間を過ごす日々。
庶民からすれば、羨むほどの幸福な毎日を送っているように見える。だが実はその裏にはどこか憂いや虚しさを秘めていた。
表面的なまやかし。まるで宴で身につける仮面と同じように、決して明かせぬ本心を覆い隠している。
月は彼らの沈黙を知らない。
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7/7 満月 孤独
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月は自分が何者かを考える。
人は自分が魔女やウサギに見えると言い、三日月や満月などと表現する。
それはただの見え方によるのだが。
人々は月を見上げ憂い、悲しみ、喜ぶ。
それは多彩な感情が蠢きあい、七色の光にも見える。
月は理解する。
自分は何者でもないと。
その感情は天涯孤独ともわからない。
今日も明かりを灯し、月光が生命を支えるのだ。
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月虹
~完~
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あとがき
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月というテーマから、少し抽象的でファンタジーな作品にしました。
月虹というタイトルからも七色の感情を連想させ、また一部は月に関する偉人や物語、詩から抽出した本作となっています。
完読ありがとうございました。
次回作にご期待下さい。
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月虹 おふとん @tubaki_izm
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