シャムという名の猫 【KAC2022】

水乃流

縁結び

 何時の頃からか、その猫はウチに餌を食べに来るようになった。野良猫である。ただ、普通の野良猫と少し違うのは、シャム猫の血が入った雑種――今でいうところのミックス――で、シャム猫の成分が多めに現れている、美猫である点だ。なので、私たちの中では“シャム”と呼んでいた。そのまんまである。

シャムが家に寄るようになった最初の頃は、野良猫だけあって薄汚れていたが、軽く洗ってやってブラッシングしてやると、結構な美人さんに戻った。その頃、ウチには他にも何匹か野良猫がやってくるようになっていたのだが、大人しく洗わせてくれたのはこの子だけだったので、もしかしたら、以前は家飼いされていた猫なのかも知れない。

 まぁ、そんなわけで、学校から帰って裏の窓を開けておくと、塀の上から「にゃぁ」と言いながらシャムが入ってきて、我が物顔でくつろぐようになったシャムに、私は甲斐甲斐しくお世話をすることが日課になった。

 ある日、ふと首輪が新しくなっていることに気が付いた。保健所の野良猫狩りに会わないように、前に飼っていた猫の残した首輪をシャムにつけていたのだが、ボロボロで次の小遣いもらったら新しいのを買ってやろうと思っていたのだが。歌人の誰かが変えたのかと思って聞いてみたが、誰も変えていないという。


 そういえば、最近餌を食べる量も減ってきたし、これはどこぞの家にも行っているな、こいつめ。まぁ、野良なので、その辺は自由だ。私も、彼女を縛るつもりはないし。


 ……などということをクラスで話していたら、橋本美奈子が急に「その子、うちのクレオちゃんかも」と言い出した。というワードに、ちょっと引っかかったけれど、ちょっとドキッとした。相手が、美奈子ちゃんだったから。彼女はもの静かなクールビューティーで、密かなファンも多い。私もそのひとりだったりする。


「ウチの、って、君のとこにも行っているの?」

「うん。気が付くと、庭で遊んでいるのよ」


 でも、彼女の家と私の家では、かなり離れている。猫の行動範囲って、そんなに広いのかな?

 そこで、確かめることにした。家に帰って、いつものようにシャムを招き入れ、いつものように餌をやった。朝起きてから窓を開けると、やはりいつもと同じように、外へ出て行った。ただし、今日は首輪にノートのページを折りたたんだメモが巻き付けてある。彼女の家に行っているのなら、気が付いてくれるはず。


 次の日、いつものように窓を開けると、シャムが入って来た。まったく猫って奴は、憎らしくて愛おしいな。

 首輪に巻き付けられたメモにはすぐに気が付いた。ちょっと震えた。破かないように慎重に取り外して中を読んでみた。可愛らしい字が並んで居る。心の中で、ガッツポーズ。


 それから、何回かシャムをメッセンジャーにした、簡単なメモのやりとりが続いた。私と美奈子ちゃん、ふたりだけの秘密の会話。なんだかドキドキ。

 なにがきっかけだったか忘れたけど、夏休みにふたりでプールに行くことになった。いいんだろうか。なぁ、シャム?


 シャムは、少しめんどくさそうに「にゃぁ」と鳴いて、前足を上げた――ように見えた。

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