風魔忍法帳 キャットバトルの巻

高村 樹

風魔忍法帳 キャットバトルの巻

「猫手」という暗器をご存じだろうか。


これは日本古来より伝わる暗殺の道具で、五本の指の先に装着して用いる。

先端は鋭く、鉤爪状になっており、指につけた形が猫の爪に似ていることから猫手と呼ばれる。


我が家は代々忍者の家系で、こうした暗器や忍者の仕事道具がたくさんある。


世間一般では知られていないが忍者は現代でも活動を続けている。

見世物やショーとしてではない。

政府や大企業などを顧客にし、情報収集や暗殺など多岐にわたる依頼を受けて生計をたてている。


黒装束に手裏剣が一般の人が抱く忍者のイメージだろうが、現代の忍者はもっとスマートだ。パソコン、スマホなどの電子機器も当然利用するし、見た目も普通のサラリーマンや学生と何ら変わらない。

黒装束で紛れることのできる夜の闇など都会にはないし、かえって目立ってしまう。


風摩隼人は、二十一代風魔小太郎の孫だ。

将来は祖父を継ぎ、風魔小太郎を襲名したいと思っていた。


全国に散らばり活躍する二百名余の風魔忍者の頂点に立つことが俺の夢だ。


忍者が生き残ってゆくためには、ハイテク機器を駆使し、現代版忍者としてアップデートしていかなければならない。

だが、先人たちの創意工夫や技術を守ることも頭首になるためには必要なことだ。

だから風摩隼人は時折、武具庫を訪れ、「猫手」の様な古い暗器についても勉強し、手入れをしているのだった。

先人に想いをはせ、猫手を両手の指にはめてみる。

この猫手は指サックの先に鉤爪がついているタイプで手を広げると本当に猫みたいになるので、見かけるとついついはめてみて、「ニャー」などとポーズをとってしまう。まさに「猫の手を借りた」ような姿だ。先人たちの暗器としてはあまり活躍しなかったようだが、隼人はこれが好きだった。


「また、こんな黴臭い所に籠っているのか。やはり、お前は風魔小太郎を襲名できる器ではないようだな」


武具庫の入り口に男が立っていた。

長身で、細身。髪が建物の庇のようになっており、一昔前のテクノポップアーティストみたいなサングラスをしている。

血の繋がらない義伯父の風摩福太郎だ。


福太郎は指を振り、舌を鳴らしながら近づいて来る。


「そして、その軽率さ。その猫手を取ってみろ」


隼人は何かを察し、猫手を取ろうとしたが、指に張り付いてしまい、取ることができない。


しまった。これではじゃんけんでグー、チョキが出せなくなるし、箸だって持つことができない。他にもできなくなったことを数え上げればきりがない。

もしこのまま猫手を付けて生活を続けなければならなくなったら、絶望の人生が待っていることだろう。


「忍者にあるまじき警戒心の薄さよ。その猫手には強力な接着剤が仕込んであったのだ。まだ完全にくっついていないだろうが、じきにお前の指と一体化する。その手では忍者はおろか日常生活を送ることさえ困難だろう。俺は後継者争いに敗れたが、お前さえいなくなれば、息子の寿太郎が後継者候補になれる。悪く思うなよ」


福太郎は自慢のヘアースタイルを撫でながら、ニヤニヤ勝利の笑みを浮かべている。


「それはどうかな」


隼人は立上り、福太郎を睨みつける。


初代風魔小太郎の風貌について、身の丈が7尺2寸(約218cm)あり、目や口が裂けて、牙が4本出ているなど、人間離れしていると記録が残っている。

これは事実であり、一族の直系にはそのことが代々伝えられている。


実は、初代風魔小太郎は実は地球の外の惑星からきた地球外生命体である。


風魔小太郎の直系の子孫は、風貌こそ何代にもわたる混血により失われていったが、初代が持っていた超能力については極秘に受け継いでいたのだ。

それゆえ、風魔の頭領は直系の子孫あるいはその血を色濃く引く者が襲名していたのだ。


忍術はPSI(サイ)をごまかすための言い訳として考えられ、発展した。

地球人に紛れ込み、子孫を残すために。


風摩隼人は初代風魔小太郎のPSI(サイ)を引き継いでいた。


「相互転身の術」


隼人がそう唱えると、隼人と福太郎の肉体は一度粒子になり、衣類や装着しているものを残し、入れ代わった。


隼人の顔には趣があるサングラス、頭部には庇の様なカツラがはまりきらずにのっており、服はサイズが合わなかったのか内側から破れてしまった。


「何が起きた。なんだ、その術は。そして俺の指がぁー」


先ほどまで身に着けていた僕の服と「猫手」が義伯父の福太郎に装着されていた。


福太郎は慌てて、猫手を外そうとするがなかなか外れない。


「自業自得だからね。謝らないよ」



風摩隼人は足音もなく、風のように去っていった。


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