△▼△▼猫又の道案内 △▼△▼

異端者

『猫又の道案内』本文

 さて、どうしたことだろう。

 さっきから山中の同じ所をグルグルと回っている気がする。

 二月の末、僕は友人の男と軽い山登りに来て登り始めたまでは良かったが、この妙な霧が出てきてからはおかしくなった。そもそも、この山には何度も来ているが、霧であったことはそれまで一度もなかった。

 スマホは圏外だ。まあこれは元からここはそうだが、デフォルトではGPSのデータまで使えないのは辛い。登山用GPSアプリを入れておくべきだったと悔やんだ。

「ここ、さっきも通らなかったか?」

 友人が半ば諦めた様子で言った。

「確かに……通った形跡がある」

 僕は目印に折っておいた小枝を確認していった。折った枝があるということは、一度ここを通ったということだ。

「俺たち、このまま遭難して死んじゃうんじゃないか?」

 友人が弱気な一言を吐いた。体つきは僕より良いが、メンタルは弱いのだ。ふとしたことで動揺してしまうので、僕はいつも気を使っている。

「まさか。何度もここに来てるし、そんなにも深い山じゃないことは知ってるだろ?」

「それはそうだけどさあ……あーっ! もう嫌だ!」

 友人はとうとう駄々をこねだした。

「まあまあ、降りていけば麓の道路には出るだろうから、帰りの道はそこから辿ればいい」

「お前はいいよな。楽天的で」

 誰のために言ってると思ってるんだ――僕は友人の一言に苛立ちを感じた。

「おやおや、何かお困りですか?」

 あと一言で言い争いになるかと思えた時、霧の中から声が聞こえてきた。

 僕たちは顔を見合わせた。こんな霧の中を、誰が?


 霧の中から、茶色のトラ猫が姿を現した――その尾は、途中から二つに裂けていた。


「ね、猫が喋った!?」

 友人は慌てふためいている。

 猫又だ――僕はとっさにそう思った。

 昔話の中だけの存在だと思っていたものが実際に見られるとは……いや、外見は尾が裂けている以外は割と普通の猫だが。

「ちょっとね……道に迷って困っているんだ」

 僕は素直に答えた。

「それは大変! よろしければご案内いたしましょう。ただし、報酬は前払いで頂きますが」

「ほ、報酬って、俺たちの魂とかか!?」

 いや、もう黙ってろと言いたくなった。

 猫又はそれを聞くとおかしそうに笑った。

「いえいえ、そんな大層な物は要りません。ただ、何か食べる物を、できれば肉でもあれば――」

「それなら……」

 僕は荷物から弁当箱を取り出すと、中を見せた。

 中には、鶏肉のから揚げがあった。

「その一つ。大きいのを頂けませんか? それで道案内いたしましょう」

「分かった。一つで良いんだね」

 僕が手の上に載せてそれを与えると、猫又は美味しそうにそれを食べた。どことなく品のある食べ方だと感じた。

「さて、参りましょうか。付いてきてください」

 猫又が歩き出すと、僕らはそれに続いた。


 それからしばらく、上ったり下りたりが続いた。

 方向感覚はもちろんのこと、合計で登っているのか降りているのかすら分からなくなってきた。

「なあ、俺たち、騙されてるんじゃないか? きっと山奥に連れ込まれて食われるんだよ。そんな童話を昔見たことある――」

「シッ! 静かに」

 友人は小声で言っていたが、猫の聴覚は人間より鋭い。さっきの言葉も十分に聞こえているに違いない。ここでこの猫又の機嫌を損ねるのはまずい。

「ふむ……」

 猫又は足を止めた。

 まずい。聞かれたか?

「このお地蔵様に、お供えをしてください」

 気が付くと、猫又の向いている方向に地蔵があった。

 おかしい。こんな近付くまで気付かないものだろうか?

「また食べ物を?」

「はい、あの弁当箱に一緒に入っていたおにぎりを一個でも良いでしょう」

「分かった」

 僕はおにぎりを一つ取り出して、地蔵の前に置いた。

 その瞬間、地蔵がたぬきになっておにぎりをくわえると茂みの中に入っていった。

「もう大丈夫。あとはご自身で――」

 そう言うと、猫又も茂みの中に姿を消した。

 霧はいつの間にか晴れていた。

 僕たちが居たところは、登山道に入ってすぐの所だった。

「やった! 帰れるぞ!」

 友人は大喜びだ。さっきまでは疑っていたのが嘘のようだ。

「う~む。なんだかなあ」

「どうした? 浮かない顔して?」

「ちょっと出来過ぎてるというか、なんだかね……」

 そうだ。何か引っ掛かる。

「考え過ぎだって。帰れるんだからハッピーエンドで良かっただろ」

 全く、他人のことを楽天的だと言ったのはどこのどいつだ。

 とはいえ、帰れるうちに帰るしかない。僕たちは急いで帰路に就いた。


「はは、今回も上手くいったな。人間の食べ物は美味かった」

 猫又はそう言って笑った。

「今の時期、山は食べ物が少ないからねえ」

 狸はおにぎりをかじりながら言った。

「しかしそろそろ、新しい手を考えないとな。流石に何度もやり過ぎるとバレる」

 猫又は少し考えるような仕草をした。

「今のままじゃ駄目?」

 狸が口の周りを米粒だらけにして聞いた。

「駄目じゃないけど、あの小さい方の人間……ちょっと気付いているみたいだったし」

 猫又と化け狸は次の化かす手段について相談を始めた。

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