【KAC20229】あの猫の手は悪魔?それとも天使?

宮野アキ

この手は何の手?

 とある国に、エルデルと呼ばれている街があった。


 その街には、冒険者ギルドと呼ばれている組織の支店があり、冒険者ギルドは街の住人が依頼を出せば何でも、代わりに仕事を担ってくれた。


 家の掃除や街のゴミ拾いなどの清掃雑務から、他の街に行く時の護衛や危険生物の魔獣討伐などの荒っぽい仕事まで何でも受け付け、その仕事を冒険者ギルドに所属登録しているクラン、又はチームに依頼を出す。


 そんなギルドの事務室。


 ここでは、住人達の依頼や依頼の調査報告、依頼の達成報告書、納品物などが整理されて置かれていた。


 そんな事務室で二人の女性が書類の山と格闘していた。


「クララ先輩!これだけの量、私達二人だけじゃ終りませんよ!」


「口より手を動かしなさい、ミリア」


 ミリアと呼ばれた女性は、長い青い髪の毛先を弄りながら、緑の瞳を気だるそうにクララに向ける。


 そして、クララ先輩と呼ばれた女性には、額に親指程の大きさの緑色の宝石が眉間にあった。


 クララはその額にある緑の宝石を赤く光らせてミリアを睨む。


「仕方ないでしょ。この街を管理している貴族様からやって欲しい事があるから、来いって言われた人手が不足してるんだから」


「それにしてもこの書類の山は酷いですよ!普通なら最低五人がかりで処理する仕事なのに、私達二人で今日中に処理をしないといけないんですよ!!」


「それでもやるのよ。それがギルド長からの命令なんだから……もし、出来なければギルドの信用は落ちるし、あの貴族から何を言われるか分からないわよ」


「うっ……それはそうですけど……それになんで、あの貴族は国に提出するための書類作成を私達ギルドに依頼するんですか?自分達で出来ますよね?」


「そんなの決まってるじゃない、嫌がらせよ。あの貴族は冒険者という存在そのものが嫌いなのよ。だからありとあらゆる手を使って、嫌がらせをしたいのよ」


「迷惑な話ですよね……そうだ!!この書類仕事を冒険者に手伝わせましょう!!」


「手伝わせるって誰に?ギルドの書類系の仕事をするには、そのギルドが発行する書類業務資格を持っている人じゃないとダメなのよ?ギルドが読み書きが出来て、不正しないとお墨付きの人物なんて、常に何かしらの依頼をこなしてるから暇な訳ないじゃない」


「え、居るじゃないですか?いつもロビーの奥の席からボーと受付を眺めている人。あの人、他の先輩から書類業務資格を持っているって聞きましたよ?」


「うっ……それはそうだけど――」


「こんな猫の手も借りたい状況ならギルド長も事後報告で許してくれますよ!私あの人に書類仕事を頼んで来ます!!」


「ちょっ、待って――」


 ミリアはクララの静止を聞かず部屋を飛び出していった。


 クララはリアを止められなかった事にため息をついて頭を抱える。


「ミリア……なんて事をするの。多分レルンさんの事だから書類仕事を受けるだろうけど……レルンさんに仕事を頼むと後が大変な事に……」


 普通なら書類仕事が出来る程の冒険者は重宝するが、レルンという人物だけは違う。


 レルンは書類の仕事をさせればさせるほど、逆に仕事が増える。


 別に書類の誤字脱字が多く、書類を作り直さないといけない、みたいなミスで仕事が増えるわけではない。


 むしろ真摯に仕事をこなす。だからこそ仕事が増えるのだ。


「クララ先輩!連れてきました!!」


 クララが頭を抱えていると機嫌良い声でミリアが部屋の扉を開け、一人の男性を部屋の中へと招く。


 その男性は普通の冒険者風の恰好をしており、黒髪、細目。


 腰には、長物の刀と短刀を腰のベルトに差していた。


 彼の名前はレルン・アイストロ。


 冒険者ギルドに所属しているクラン【六対の翼】のクランリーダーをしている。


 そんなレルンは笑顔をクララに向ける。


「クララさん、どうやら大変みたいだね。微力ながら手伝いに来たよ。この後用事があるから定時で帰らせてもらうけど」


「え!?……本当、ミリア」


「はい!!流石に用事があるのに遅くまで手伝って貰う訳には行きませんから」


「あはは……そう」


 それならレルンさんを呼んで来ないで!!と言う言葉を飲み込んで、乾いた笑みを浮かべる。


「それでは、えっと……レルンさんにやってもらう仕事は――」


「レルンさん!レルンさんにはあっちの常用依頼の魔薬草の選別をお願いします」


「うん、分かったよ」


「…………」


 クララはまた仕事が増える事を予感して、頭を抱えた。


 そんなクララの姿など書類の山で見えなかった二人は、常用依頼の魔薬草が保管されている別室へと向かった。


 ……こうなったら少しでも書類を処理してレルンさんの目に止まらない様にしないと!!


 そう思いいたったクララは素早く書類の仕事を進めて行くと、青い顔をしてミリアと苦笑いを浮かべるレルンがクララの元へと来た。


「ミリアどうしたのそんな顔をして?」


「クララ先輩……実は――」


「納品されていた魔薬草の半分が偽装された偽物だったよ」


「――!!それは本当ですか、レルンさん」


「あぁ、特にウルキキ草とリンドウ草が酷いね。ほとんどが効用がないよく似た、ただの雑草だったよ。だからこそ偽装に使われたんだろうけど」


「そんなまさか……納品された魔薬草はちゃんと魔力が含まれているかどうかを判別する為に、魔動機械を使ってるんですよ!?なのに、何故……」


「クララさんは知っていると思うけど俺の目は魔力を見通す事ができる。だから、魔薬草がどんな魔力を持っているか俺には見分けられるんだよ。俺の見立てではウルキキ草とリンドウ草に似た雑草に魔水を浸して、染み込ませて偽装したと思う。だから納品された雑草では薬としての効能は期待できないよ」


「……誰がそんな事を」


「流石にそこまでは……でも納品されている魔薬草のほとんどから同じ魔力を感じるから多分、組織的犯行だと思う」


「そうですか……ありがとうございます。その辺の調査はギルドが行います」


「うん、了解。それじゃあ俺は他の納品物の整理を続け――」


「いえ、その前に書類の整理をお願いしても――」


 コン、コンとクララが言い切る前にドアが叩かれた。


「……まさか…………ど、どうぞ。入って下さい」


 クララは嫌な予感を感じたがドアの向こうに居る人物に入るように促すと、ドアが開かれた。


 そこには長い黒髪に海の様に深い青色の瞳の女性、そして額にはもう一つ目が存在していた。


 彼女の名前はシオン・ルージェスト。


 レルンと同じ冒険者ギルドに所属しているクラン【六対の翼】所属の冒険者。


 シオンは部屋に入ってレルンににこやかに笑い掛ける。


 そして、クララの方を向くとシオンは無表情でクララに告げた。


「クララさん、今の状況は私の【第六感】の力で、全て分かっています。レルンさんはこの後、用事があるのであまり時間を掛けられません。なので、私が手伝いに来ました」


 シオンのその言葉にミリアは呆然と眺め、レルンは苦笑いを浮かべ、クララはため息をついた。


「シオンさん……あの、ありがたいのですけど――」


「クララさん、別にギルドから報酬を貰うつもりはありませんよ。あくまでレルンのお手伝いです。それにクララさんもこの状況を早く終わらせて、別の仕事を取り掛かりたいでしょ?」


「……わかりました。お願いします」


 クララは全てを諦めた声でそう言うと、シオンは笑顔を浮かべる。


「はい、ありがとうございます。それでは、レルンは納品の品を見て下さい。私は書類の精査をするので……えっと、そこの……ミリアさん、ですね。ミリアさんは私の手伝いをして下さい」


「え?あ、はい!」


 シオンがテキパキと指示を出して仕事を始める。


 そんな状況をクララは嵐が過ぎ去るのを待つ様に、静かに自分の仕事を進めた。


……………


………


……


「それでは私達が出来る書類の仕事は全部終わりました。後はギルドの領分なので私達は行きますね」


「……それじゃあクララさん。あとは頑張ってな」


 シオンとレルンがそう言うと二人は部屋から出て行った。


 部屋に取り残されたのは、嵐が過ぎ去った事を安堵するクララと、満身創痍で机に突っ伏しているミリア。


 そして、最初に比べて二倍以上に増えた仕事の書類だけが残された。


「クララ先輩……あれはなんですか?」


「あれが【六対の翼】よ。ギルド長ですら扱いに困っている」


「他の先輩達にも話しは聞いていましたけど……凄まじいですね」


「……そうね。でも、呆けている暇はないわよ。仕事をしないと」


「……え?仕事は終って――」


「魔薬草の偽装の証拠集めや、達成済みの依頼の虚偽報告の問い合わせ、依頼調査の不備の申請……他にも色々あるわよ」


「え……でも、定時ですよ?」


「何を言ってるの!この仕事が終わらないと、ギルドの信用問題になるのよ!!今日中に終わらせるわよ」


「そ……そんな」


「あなたが借りて来た猫の手の結果よ。受け入れなさい……その猫の手が悪魔の手になるか、天使の手になるかは、私達次第なのよ。頑張りなさい!!」


 この後、二人が仕事をこなしていると貴族の所に行っていた他の職員や受付の仕事をしていた職員の手を借りてなんとか日が昇るまでに仕事を終えた。




 そして、後日。


 魔薬草の偽装の組織の壊滅や依頼達成の虚偽報告をした者の罰則。


 再調査での依頼の信憑性の向上など……信頼や知名度は上がり、エルデルの冒険者ギルドは結果的に多くの利益を得た。

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