「頑張って……精液出すから……」

 そう言いながら桐葉は震える手に持つディルドに腰を落としていく。

「ふ、ン……ッ」

――怖い。

――耐えろ。

 ガタガタと音を立てる歯をなんとか噛み締めて音を聞かれないようにしても力が上手く入らない。テテの腕の方がずっと太くて長いはずなのにこんな玩具の方が遥かに怖い。どうせ射精したとしても勢いなんてない、と差し込んだ尿道からちろりと光るそれだって不愉快で怖くて仕方ない。

 ぼろぼろと涙を零しながら珪素樹脂の玩具の先端をなんとか滑り込ませ、その違和感に変な汗が吹き出した。


 そもそも。

 起きてから続く謎の胃や食道の違和感に世界から人が消えてから一切の飲食をしていない事に気付いてしまったのだ。人間である以上桐葉にはエネルギー源が必要であり、その食事が欠けているというのにどうして今まで気付かなかったのか。思い返せば排泄も入浴の記憶もない。桐葉の記憶の欠けは世界がこうなる前のものだから恐らく食事等の記憶が部分的に欠けているという訳では無いのだろう。

 どうやって生き延びてきたのか甚だ謎ではあるが、それ以上に気になったことがある。テテだ。

 百歩譲って毎日のように口にしてるテテの分泌液がゼリー飲料のような役割を果たしているとして、ならばテテのエネルギー源はなんなのだろうか。

 以前の事が思い出せないが、何かしら食べていたような気がする。確信はない。それでも世界が変わったことに気付いた日、やたら大きくなっていたあの日のテテよりも今のテテは少し縮んでいる。これは良くないことなのではないか。

 ――そういえばテテに抱かれている時、飛び散った先走りのような液体に食いついていた気がする。

「……」

 つまり、そういうことだろうか。

 五十まであと二年弱、年齢もあるのか性器を自らの意思で勃たせるのが手を尽くしても難しくなってきた。とにかく時間がかかるし、何より気持ちいいという感覚が無いのだ。テテに性感帯でもなんでもない場所を愛撫される方がよっぽど気持ちいい。

 しかしこの際そんなのはどうでもいい。試す価値はおそらく、ある。勃たなくても出せばいいのだ。実際先走りは勿論、潮も覚えてないだけで何度も吹いているのだろう。


「ふ……、ゔ……ッ、ゔぅ……」

 テテから与えられる度の過ぎた快楽に慣れているせいで違和感ばかりが酷く恐怖心と嫌悪感ばかりが蟠っていく。前立腺を刺激していることには変わらないと言うのに、だ。顔面をぐちゃぐちゃにして射精する事だけに集中する。気持ちよさなんて期待していない。

「ゔ……、て、て……」

 世の触手事情をよく知らないが、テテには男根のような先端を持つ腕がない。様々な種類の触腕を持つものの、少なくとも桐葉は見たことがない。おそらく男根を入れたことなんて一度もない。ないと信じたい。

「は……、は……っ」

 そして動かすのも、苦しい。テテの為とはいえ確証も無く嫌悪感を募らせて慣れないものをそもそもそんな用途ではない穴に出し入れするのは想像以上に心身ともに削られる。

「テテ……っ」

 何を見せられてるんだろう、などと思われているだろうか。目を瞑ってもやはり快感の波が来ず、どんどん分からなくなっていく。何が正しいのだろう。気持ちいいってどんな感覚だったのだろう。射精は?どんな感覚――。

「ひゃあっ!?」

 暗い世界の中、不意に足を掴まれる。目を開けば案の定テテの足が伸びていた。痺れを切らしたのか、或いは今までたまたま動く気がなかったのか。

「ご、ごめんね……!頑張って出すから……!」

 陰茎を擦れど前立腺を叩けど、無慈悲な程に射精感が登ってくることはない。

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 何をしても駄目で、それがこんな形になって付きまとってくる。パニックになりかけている頭が更に焦り、目的と手段、そのどっちがどっちなのかがわからない。少なくとも桐葉の荒い息は興奮によるものでは無く、混乱と恐怖心によるものだ。

「痛……っ」

 手が止まらないのではない、結果を出せずに手を止めることが出来ないのだ。

「なん……で……っ!」

 出したい。否、出さねば。


――ぐちゅん!


「……ぁ?」

 気付いた時には既にテテの腕が耳の中に入り込んでいた。

「ぅ、ぁ……」

 大して入ってもいないディルドも呆気なく引き抜かれ、倒れかけた所をテテに抱えられる。

「……ごめんね」

 そのまま頭の中をかき混ぜられて、意識もどろどろに溶けていく。酸いも甘いも、気持ちいいも怖いも全部がテテの手でかき混ぜられて残るのは快楽だけ。頭蓋の内側を舐め回すような、あるいは指先で爪を立てず引っ掻くような音が桐葉の世界の音の全て。他に考えられなくなって、やがてそれはずちゅんと耳から腕が這い出でることで終わりを告げる。

「……」

 代わりにのように今度は赤い粘膜を晒したままの後孔にあてがわれた腕が何ら抵抗もなく入り込み、奥を抉る普段と異なり前立腺を執拗にコンコンと叩く。

「あ゛――――……………………」

 それだけなのにこんなに気持ちいい。きっと誰に何を捩じ込まれてもテテ以外じゃもう快楽を拾うことすら叶わないのだ、この体躯は。テテに躾られたこの身体はきっとそれぐらい手遅れになっている。

 引っ掻かれて、押しつぶされて、柔く抓られて、吸われて、ノックされて。揺さぶられる度に弱い場所ばかりを的確に責められ。ぬめる触腕に扱かれ快楽に表情が緩んでは翻弄され――腰が跳ねた。

「――――――――は」

 気の狂いそうな、射精したいのにせき止められてぐるぐる尿道の中で回っているような感覚。それもテテの為だと思えばとうの昔に消し飛んだ理性をなんとか持ちこたえられる。

「てて、ありがとお……」

 少しはおなかの足しになればいいなぁ。そんな事を思いながら性器の先端で揺れる金具に指を掛け、引いた。


――こぽっ……。


「いままでごはんのこと、すっかりわすれてた。ごめんね」

 半透明の液体を零す性器に触手が伸びる。以前も見た気がする、口のような触手だ。

「ぎ――――…………っ、ィ゛い………………っ!」

 そしてそれが性器にかぶりつくと、勢いよく尿道に残るもの全てを寄越せと言わんばかりに吸い出される。

「れんぶあげるからぁ……ッ!まッ、て……、ぁ゛あ゛――……………………」

 想像していた以上の食い付きに歓喜も加わり前からイカレてた頭がいよいよ本格的におかしくなりそうだ。それでも足りないのか、出口のはずの尿道に何か――恐らくテテの一部だろう――が入り込んでくる。

 短いブジーとは比べ物にならない質量と長さと、心地良さ。

「ふ――――ゔ――――…………」

 逃がせない悦楽を逃そうと腰が暴れるがそれすら直ぐに縫い止められてしまう。

 中を犯して尚、ずるずると射精管を拓きその奥の精巣すら吸いつかれてる――ような気がする。そんな経験がないからやはり分からないが、やはり自分すら知らない場所をテテに犯されるのは普段与えられるそれとはまた別種の、精神的な悦びがある。それしかない。桐葉の頭の中は既に快楽と愉悦で真っ白で、真っ当に会話どころか思考すら無い。

 ただただ多幸感に犯されながら、意識が蝕まれていく。

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