意識が浮上し、目を覚ましたのは差し込む日の影が極めて短い時間だった。残念ながらそれ以上の事はどこへ行っても分からず、しかし全身に僅かに残る怠さがこういった状況を作り上げているのだろう。

 ほぼ毎日こうだ。

 人がいない以上社会など回しようがなく他にすることが殆どないとはいえ毎日これは流石によろしくないのでは、と思う。

 毎日犯されて、目を覚まして、時折街を彷徨う。自分とテテだけが残された以上、何かしらの理由はあるはずなのだが一向に手掛かりは無い。

 ――知らなくてもいいんじゃないかと思っている自分さえいる。

 とはいえ自分が知らないことを知りたいと思うのは当然の性だし、自分の知らないところで命を脅かされている可能性があるのだとしたら嫌だと思うのは当然のことだとも思う。それに桐葉には名前と生年月日と、テテを暗い夜道に拾ってそれからの記憶くらいしか残されていない。

 だから世界から人間が消えたと知った日、最初に驚いたのは両手から少し零れる程度の大きさだった筈のテテが桐葉くらいなら簡単に飲み込める程に大きくなっていたことだった。その後に人間の不在に気付いて、何を思ったのかはもう覚えていない。

 常に意識がぼんやりして僅かに瞼が重くて記憶が過去からこぼれ落ちているような感覚。それも結局テテがいるならいっか、と結論付けてしまう。良くないのかもしれないが今のところテテと二人きりだから良しとする。

 自分の趣味だったのかも分からぬ衣服を身に付けてテテと一緒に物の溢れる部屋を這い出でる。自分はこんな汚部屋に住んでいたのだろうか。こんな部屋で夜毎抱かれてるのでは後始末が大変なのではないかと思う。

「……っ」

 テテに胎を犯される感覚を僅かに思い出して下腹部が甘く疼く。きゅうきゅうとあの感覚が恋しいと訴えられるが起きたばかりでこれは我ながら引く。とんだ淫乱じゃないか。朝勃ちだってもうほとんど無いくらいには枯れていると言うのに、尻穴が疼くなんて救いのない変態だ。

「だい、じょうぶ……」

 今我慢すればきっと夜にもっと気持ちよくなれる。

 なんとかやり過ごして見て見ぬふりをして、少し先にいるテテに追いついて二人は部屋を出た。


 人はいないのにコンビニの品や新聞に記された日付はしっかりと進んでいる。同じ場所なのにまるで別世界に来てしまったような感覚になる。或いは他の人が知らぬ間に別世界に放り出されて、そうと知らずに日常を続けているのか。

 最早縁が無くなったとはいえ何かしらのヒントには、或いは娯楽にはなるだろうと新聞を読み始める。遠い別世界の物語だと思えばこんなにも深い世界観を持った読み物はそうそうないだろう。

 首脳会議。コラム。事件だ。どれも遠い出来事。――の筈だった。


 『独身男性変死か』


 その大きくはない見出しを見ただけで心臓が大きく跳ねた。意識にかかった霧が急に晴れるような頭痛と吐き気を伴った鮮明な『嫌悪』。

 見てはいけない。

 読むな。

 読むな。

 それを知ってどうする。

 関係の無い絵空事の筈だろう。

――はぁ――っ……、はぁ――っ……。

 なのに読み進める目が、震える指が、警告のような頭痛が止まらない。止められない。


 XX県YY市のアパートの自室で部屋に住む桐葉宏明さん(四七・男性)の変死体が発見――。


「ゔ…………」

 急激に込み上げる吐瀉物を手で押さえ込もうとして、抑えきれず指の間からぼとぼとと零れた。

「ちが、う……」

 街の名前。人物の名前。その漢字の一つ一つ。どれも嫌という程鮮明に思い出す、覚えている。

 同姓同名だと思いたい。なのに視線をずらした先の顔写真にはあまりにも見覚えがあった。

「ぅお゛え゛ぇぇぇぇ――――――………………っ」

 そしてその鼻を突く腐臭と本能的に拒絶する饐えた味に残っていた胃の中身がどぽどぽと溢れ返り手や紙面、衣服や床すらも浸す。なぜこんなにも胃の中に入っているのだろう。飲食なんて一切してない、そんな記憶が一つたりとも無いのに。

「……ぼく、だ……」

 水辺でもなんでもない部屋で溺死したような状態で発見された桐葉宏明という男。それは紛れもない桐葉宏明自身である。その自覚が今、はっきりとある。

「なんで……」

 なぜ自分は死んだ?殺されたのか?どちらにせよ、なぜ?

「て、て……」

 分からない。何も分からない。頭が混乱し、この状況から今すぐにでも逃げ出したい。膝から吐瀉物の海に崩れ落ち、その生理的嫌悪に更に視界が滲む。

「……たすけて」

 残った液体と一緒にそんな言葉が口から零れ。

――ばくん!

 桐葉の意識は黒に呑まれた。


「ん……」

 暖かく柔らかい場所で微睡むように目覚めた。

「……テ、テ……」

 名前を呼べばぬるりと腕が頬を撫でる。テテと同じ色の視界と体温。ともすればきっとテテに包まれるように目を覚ましたのだろう。

「……ぼく、なんで」

 こんな目の醒まし方は初めてのような気がする。

「――――っ!」

 なんの前触れもなく耳の奥へとテテの腕が入り込んだ。

「お゛……ぐ……っ――」

 ぐぼぐぽと抽挿を繰り返されながら少しずつ焦らすように奥へ奥へ、もとから性感帯だった訳では無いはずの秘所を犯す為だけにその手は伸ばされていく。

「……ぉ゛ご…………」

 目を見開いて与えられる暴力的なそれを享受する。性器からとぽんと色のない液体を垂らしながら撫でられる感触に腰を揺らして溺れる。

「テテぇ……っ!」

 嫌なことも不安なことも全部テテの与える快感と液体に溶かされて消えていく。やわやわと撫でられ、それだけなのにこんなにも気持ちいい。死んでしまいそうなほど――否、数刻前の自分が死んでしまったほどに気持ちがいい。

 口腔内にテテの腕がなだれ込んでくる。その早急で傲慢な動きに蕩けていた目が白黒する。テテがこんな無理を強いるのは初めての事だ。

 理解が出来ずとも嫌悪感や恐怖心が無いのは喉奥へと進んでいくテテの腕とは別に頭を含めた桐葉の全身が愛撫されているからだろう。

「ゔ――――――ッ、ンぐ――――――――ッ!」

全身が気持ちよくてかき消されているのかは分からないが、肌を撫でるテテの分泌液と手の感触と喉をグリグリと押し拓かれる感覚で頭がいっぱいになる。

 なんでこうなったんだっけ。数刻前何をしてたっけ。もういっか。

 だって今こんなに気持ちいい。


 ――すべて忘れてしまえ、と。

 ――溺れて堕ちてしまえ、と。


 こんなにテテが与えてくれて、それしか考えられない。ならばそれが正しい在り方じゃないのだろうか。

 脱力した喉の奥を更にテテは進んでいく。普段は咽頭の半ばで止まっていたというのに今回に限っては箍が外れたように奥へ奥へ、食道へと降りていく。

 そんな所まで腕が伸びていると苦しくないはずがないというのに汚い声をごぼごぼと零しながらも苦しさなんて一切ない。分泌液を刷り込まれるように緩くピストンされているからなのかもしれない。

 まるで喉をオナホールにされているようで、嬉しい。

 ずるりと抜ける頭の中を直接撫でていた腕が抜けて、代わりに食道の奥へ奥へと進んでいく腕が更に進んでいく。

――ここの初めてテテに奪われちゃった……。

 それがこんなにも嬉しくて気持ちいいなんて。

 粘膜の擦り付け合い。これが性交渉でなければなんだと言うのか。

――ぼく、テテとセックスしてる……!

 口の中にテテがいなければ汚い声を上げながらそれだけで達していた事だろう。何しろ甘さだけを煮詰めた絶頂の最中で溺れているというのに達したような感覚があったのだ。

――またお腹ゴリゴリしてくれないかなぁ……。

 酸素が行き届いてないのもあって余計に頭がぼんやりする。ずっと気持ちよさの海に漂って上がりたくない。このまま沈んでしまいたい。それなのに人からは決して与えられない悦楽を叩き込まれ慣らされた体躯は浅はかにも腰を浮かせて求めてしまう。何も入っていない後孔が疼く。

「お゛…………」

 自分の後孔に手を伸ばす。ちゅぷ、と濡れた音が僅かに耳に届く。貪欲にも指三本を一気に飲み込む穴に、しかし欲しい快楽が届かない。長さが足りないのだ。前立腺の所までギリギリで届かない。

「ん゛ぐ――ッ……」

 欲しい。

 食道の処女を奪われたばかりだと言うのに思考回路は淫乱のそれだ。

 恋しい。

 中の痼をゴリゴリと抉って包んで摘んで押して、奥の奥をこじ開けて。

「ゔ……――ッ、ヴ――――っ」

 欲しいのに届かなくて、涙が出てくる。こんな苦しいのは初めてだ。

 それを察したかのように足が開かれ臀の割れ目を撫でてから尾骶骨をトントンと柔く触れられる。指を退けろという合図に大人しくはくはくと開閉を繰り返す淫孔から指を引き抜くと冷気が流れ込んできて身体が竦む。

「お゛――――――ッ」

 ずぷりと入り込む腕の感触に汚い声を上げて身体が歓喜に震えた。そして同時に心臓の下辺りをごちゅ、と押し開かれ胃の中を撫でられ吸われてるような感覚が脳に届く。無論この表現が正しいのかは分からない。そんな経験が無い以上正しいかどうかは一切分からないが直感でそう理解した。

――胃の初めても奪われちゃった……。

 そのまるで常人には意味のわからない興奮に視界を放棄しながらその上と下からの内臓を犯される感覚に溺れる。

 意識が白んでいく。

 なぜテテが急に胃を犯し始めたのか――少なくとも桐葉には何一つとして分からないが――胃の中を撫で回される感覚と前立腺を抉られる感覚に思考すら侵されていく。

――寝ゲロでもしたのかな……。

 或いは記憶の欠けた場所にそのヒントがあるのか。胃が弱いとか、そんな理由。どれもピンと来ないがそんな事はどうだっていい。知る範囲で初めてということはテテから胃を犯されるなんてそう滅多にできない経験なのだ。

――きもちいい。

 ついぞそれだけが思考となり、達し続けた身体が意識ごと落ちるまで桐葉は壊れたようにドライで達し続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る