2また頼んじゃった。

 俺の名前は犬養真琴いぬかいまこと


 引きこもりのニートである。


 そんな俺は、親からの仕送りで生活の質を保ち、毎日ゲーム三昧の日々を過ごしているのだが、今日はゲーム以外にひそかな楽しみがある。


 それは――――宅配便。


 接触は控えたいから、無論ドアの前に置いてもらうだけなのだが、モニター越しに彼女が映るのかどうかが、とても楽しみなのだ。


 名前も知らない女の人。会えるかわからないけれど、会えたら俺はとてもうれしい。


 彼女の元気な声によって、俺の薄汚れた心が浄化されていっている気がするのだ。


 彼女を見る事が出来たら、俺はもしかしたら元気を取り戻して、ちょっとでも働こうと考えるようになるかもしれない。


 過去のトラウマを消し去って、新たな生活を始められるかもしれないのだ。


 ……そうだ。


 俺は単純に彼女が可愛いからという理由でまた配達を頼んだわけじゃない。


 それに……本当に彼女が来るのかどうかなんてわからないのだ。


 来なかったらそれでおしまい。


 これ以上無駄にネット通販を使う事なんてない!


 事前にドアの前に置いてもらうように設定することもできたのだが、それだとぽんっと置かれるだけ。頼んだ意味がないのだ。


 今回頼んだのは扇風機だ。


 俺の部屋は狭いので、エアコンを使うと部屋が寒くなりすぎてしまう。そこで俺は扇風機を使っているわけだが、壊れてしまったのだ。


 しかし今は夏ではなく冬だ。真逆の季節だ。準備するにも早すぎる。


 ……が、これは実験のためだ。それに、早いに越したことはない!


 扇風機を使ってるときに壊したのではなく、夏が終わり、扇風機を片付けるときに落として壊したことは、俺のニート生活の中でも随一の黒歴史だというのも、今となってはもうどうでもいいことだ!


 ――――と。


 俺はいろいろなことを考えながら、呼び鈴が鳴るのを待ち続けているのだが。


 …………全然来ない。いやまあ、まだ指定した時間内だから全然いいのだが。


「ああ…………」


 俺がこんなにも何もせずにドキドキワクワクしながら待ち続ける事なんて、今まであっただろうか。


 ゲームをして時間をつぶす……いやゲーム音で呼び鈴が聞こえなかったらどうする――俺が無音でゲームするなんてありえないし…………それにもしやったとしても、気になりすぎてまともにプレイできる気がしない。


 ……はあどうしよう。


 イヤホン片耳だけつけて動画配信でも見るか。


 いやそれももし集中して聞いてたら呼び鈴の音が聞こえないかもしれないし……。



 ――俺が慌てふためいていたその時だ。



 ――――ピーンポーン。



「――来た!」


 俺はうれしさのあまり大声で叫んでしまった。聞こえてないよな。大丈夫だよな。


 ピッ。……運命の瞬間。俺は一度目を瞑り、応答してから目を開ける。


「はい」


 すると――


『宅配便で〰〰す!』


 よっしゃぁぁぁ!! ――俺は心の中で歓喜して、ちょっと飛び跳ねてしまった。


「そこ置いといてください」


『はい、わかりました〰〰ってあれ? その声もしかして、神様ですか?』


 覚えててくれてた……それは普通にうれしいが……やっぱり……


「神様って何ですか? 普通の人間ですよ。……あ、今回頼んだやつ重いので気を付けてくださいね」


『心優しい神様ぁ! 頑張って……よっと、ほっ、おっ……とと。ふぅ……』


 彼女は危うく段ボールを落としそうになった。


「あの、危ないので早く置いた方がいいですよ」


『そ、そうですね。気遣い感謝ですぅ。置いときます』


「はい」


 ピッ。俺はインターホンを切る。


 まあ大丈夫だろう。あれをそのまま置くだけだし――


 ――どんがらがっしゃんっ!


「何の音だ!?」


 何かものすごい音がドアの向こうから聞こえたんだが……


「大丈夫か……?」


 インターホンのモニターをもう一度つけてみる。


「大丈夫ですか……?」


 心配しながらモニターを覗くと、なぜか開いた段ボールから扇風機が飛び出して、あの元気な女の人が、倒れてしまっていた。


「あのぅ……大丈夫ですか?」


『は、はいぃ……すみません。ごめんなさい』


「何があったんですか?」


『じ、実は……中に入ってるものがよくわからなくなっちゃって、一回段ボール開けて中身確認したんですよ』


「……え? 俺の名前とか住所とか書いてあったら、それを配達するだけじゃないんですか?」


『まあ書いてありますけど……』


「?」


『なんか気になっちゃったんです』


「いやそれで開けちゃダメでしょ」


 怒られるぞ絶対。犯罪にも発展するかもしれないことだし。


「段ボールに中身のこと書いてなかったんですか?」


『扇風機って書いてありました』


「それでなんで開けちゃうんですか」


『その時の私に言ってください』


 どうやって言えばいいんだよ。しょんぼりした顔をする彼女は、すねた子供みたいだった。


『もうとにかく、開けちゃったので、たまたま持ってたガムテープで封緘しようと思ったら、中身をぶちまけちゃって……』


 なるほどなるほどそういうことか……って、ガムテープたまたま持ってるってどういう状況だよ。


「最初から開けるつもりでしたよね?」


『……っ……いやいやいやいや。神様は何を言ってるんでしょうか。私は偶然たまたまガムテープを持っていたんですぅ』


「神様の目はごまかせません」


『なっ……すみませ〰〰ん! 私が悪かったです!』


 神様って万能だな。


 盛大に段ボールの中身をぶちまけた彼女は、モニター越しにペコペコ頭を下げている。


『今から元に戻しますので、すいません本当にぃ。ごめんなさいぃ』


「あの……」


 きっと扇風機重いだろうな。……いや彼女が非力そうだと言ってるんじゃない。男なら、持ってやるべきなんじゃなかろうか。大変だろうし。


「今からそっち行ってもいいですか?」


『えっ⁉ お仕置きですか? お仕置きなんですか? くぅ……私が悪いので仕方ありません』


「違いますよ。俺も手伝います。大変そうなんで」


『えっ――そんなことする必要ないのに〰〰』


 焦った顔が…………可愛い。きっと会うのはこれが最後なのだ。ちょっとくらい同じ空気を吸ったって、別にいいだろ。


「行きます。困った人に手を差し伸べるのも、神様なんで」


 俺は走って玄関まで行き――ドアを開ける前に一度引き返す。


 やばい。こんな格好で出ていくわけにはいかない。


 俺は最低限の格好――全身ジャージに一瞬で変身し、再び玄関へ向かい、ドアを開ける。


「お待たせしました」


「うわ〰〰ん。神様ぁ。本物の、生の神様だぁぁ」


「大袈裟ですよ」


 俺は軽々と扇風機と、散乱した段ボールなどを拾い上げ、家の中へ運び込む。


「配達ご苦労様でした。さようなら」


「――待って! 犬養さん!」


 俺が礼をして立ち去ろうとすると、彼女が声を張り上げた。ドアを閉めようとした手が止まる。初めて名前を呼ばれたからだ。


 そりゃあ名前を知っててもおかしくはないが、急に名前を呼ばれるのはちょっとびっくりする。


「…………なんですか?」


「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! お時間とらせて申し訳ありませんでした。失礼します!」


 ――バタン!


 彼女が最後まで元気に言い切ったところで、ドアが閉まる。


 俺は素直にうれしかった。可愛い女の子じゃなかったらこんなの許せなかったなと、正直思ってはいるのだが……こういうハプニングもいいものだな。


 俺みたいなニートに二度と起こるかわからないハプニング。それが起こっただけでも今日は幸せな日だった。


 俺…………仕事できるのかな?


 彼女はアルバイトか何かだろうか? 宅配とかそういうのに詳しくないからよく分からんが。


 俺でも配達できるのかな? でも人と接するのはあんまり……まあいいや。とにかくやる気が湧いてきた今のうちに、バイトの求人サイトでも見てみるか。ちょっとバイトしてみるだけでも、俺にとっては大きな進歩だろうし。


……名前も知らない彼女の元気な姿に胸踊らされ、新たな人生への一歩を踏み出そうとする俺だった。

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置き配から始まる俺のReLIFE 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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