第伍拾漆話 落日の玉座〈三〉



 青林セイリンによる『孟章領もうしょうりょう在住の陰陽国国守、及びその家族斬首事件』から五日後。青龍城せいりゅうじょうより三羽の伝書鳩が飛ばされた。

 各領地がそれぞれ飼育する共通の伝書鳩は、大事に飼育されているものの実際に使われることはあまりない。何故なら伝書鳩の使用について、文書の内容が『最大の緊急性』を持たなければならないからである。ここ数年でも使われたのは一度きりであり、西の監兵領かんぺいりょうの白虎一族の当主が亡くなった時だけであった。


 そして今回、青龍城から一斉に飛ばされた伝書鳩はそれぞれの決められた領主のもとへ飛んでゆき、青林のしたためた文を各領主のもとへと届けた。



 それを受け取った領主たちの反応は様々であり、中でも驚きよりも怒りを露わにしたのは、南の“陵光領りょうこうりょう”を統治する朱雀すざくの当主――朱鷺トキ


 家臣から文を受け取るや否や、普段では考えられない程荒々しい口調で家臣に馬の用意をするように命じる。馬が用意出来次第今にも飛び出して行きそうな朱鷺を引き留めたのは、彼の正室である華月カヅキ


殿とのっお待ちください!」

「止めるな華月。今すぐあの阿呆を説教してやらねば!」

「一体如何致したのですか?」

「…青林からの文だ。あやつ、何を血迷ったのか陰陽国に宣戦布告して自領の陰陽国民を全員斬首したそうだ」

「あの誠実な青林セイリン様がそのようなことを?!」

「何かの間違いだと思いたいが、この文は他の領主のもとにも届けられたらしい。冗談にしては手が込すぎている」


 今し方届けられた青林からの衝撃的な文面に困惑と憤怒が湧き上がり収まる気配のない朱鷺は、一刻も早く青龍城へ向かおうと足を止めることはなかった。それに必死に追いつこうとする華月は、その足を止めるため息切れしながらも訴えかけた。


「殿! お気持ちはわかりますが、今城を空けられては困ります。私一人の力では、!」


 その訴えかける声にハッと振り返った朱鷺の目に飛び込んできたのは、袖の先を掴んで必死に止めようとする苦しげな様子の華月。浅い呼吸を繰り返し苦しそうに胸元を押さえる姿に、朱鷺は慌てて振り返り震える両肩を支えた。


「っすまない、少し取り乱した。大丈夫だから落ち着いて」

「はぁ、はぁ、申し訳、ありません。今日はだいじょうだと、思ったのですが…」

「先日まで臥せっていたのだから当然だ。少し休まなければ」


 そう言って華月の両肩を抱きながらすぐ側の今は使われていない座敷に誘導した。中は使われてないとはいえ使用人たちによる掃除の行き届いた綺麗な状態が保たれており、調度品一つない薄暗い座敷に勿論華月を寝かせられるような寝具などあるはずもなく、代わりに朱鷺は自身の羽織を彼女の肩に掛けた。少し休んだおかげか呼吸が整ってきた華月は申し訳なさげにお礼を告げる。


「…ありがとうございます。こんな自分の身体が恨めしい、そのせいで朱槿シュキン朱華ハネズにも寂しい思いをさせてしまって」

「大丈夫だ、あの二人も君が元気でいてくれることの方が喜ぶ。それに遊び相手の雲雀ヒバリと、なにより二人にはお互いがいる」


 未だ心配の拭えない華月に朱鷺は先日見かけた二人の姿を語って聞かせた。

 それは屋敷の庭をふと見つめた時だった。そこには年の差が十程もある朱槿が歩き始めて間もない朱華と歩幅を合わせながら庭を散策する微笑ましい姿があった。それを思い浮かべて華月はようやく不安げだった表情が少し和らいだ。


「ふふっ、いつの間にやらご立派になられましたね。すっかり背も追い抜かれてしまいましたもの。なんて、まだほんの小さな子供でしたのに」

「そうだな、あと数年もしないうちに、家督も継げる歳になる。子供の成長とは早いものだ」


 家督の話になり突然華月が顔色を悪くした。思い当たる節は朱鷺にもあり、宥めるように華月の背中を摩る。


「でも殿、いくら成長したとしてもあの子はまだ子供、私達が守ってあげなければなりません。“彼らから”」

「…そうだな。父の代に頭角を現し、その勢いは留まることを知らない、“ヌエとその一派”から、二人を守ってやらねば」


 それは二人にとって目の上のたんこぶに等しい存在であり、ここ近年台頭が著しい朱雀城の重臣“ヌエ”と、彼を支持する一派のこと。彼が頭角を現し始めたのは、朱鷺の父の代の時。それまではあまり目立つことのない家臣の一人であった。


 朱鷺の祖父“洗朱アライシュ”の時代は活気盛んな祖父の人柄もあって、家臣たちに政の一切を取り仕切らせることはなかった。だが、父の“朱殷シュアン”の時にすべてが変わった。

 朱殷シュアンは武闘派の祖父とは正反対に生まれつき病弱な体質で、成人を迎えても常に臥せっていた。そんな彼を祖父は後継にしたくなかったのが本心だったが、残念ながら洗朱は子宝に恵まれなかったので仕方なく後継に選び、自分が現役の時代はまつりごとを代行した。だがそれも数年で幕を閉じる。そして強い後ろ盾を失った朱殷に狡猾に忍び寄ったのが、当時まだ十八という若さの“ヌエ”だった。鵺は表面上病弱な当主を支える頼もしい老中の一人だったが、実際は一人では何一つ采配できない朱殷の権限を全て掠め取り、自身が城内の全てを掌握する、という野望を抱いていた。それに薄々気づいていながら、朱殷にそれを止める手立てはなく、唯一の頼みの綱はまだ幼かった嫡男の朱鷺トキ一人。

 朱殷シュアンは常々朱鷺を自室に呼んでは、弱々しい声でひたすらに謝罪を繰り返していた。


『すまない、ほんとにすまないな、朱鷺。わたしが不甲斐ないばかりに、お前の未来に、“負の遺産”にも等しいものをのこす結果となってしまった…』


『…いえ父上、お気になさらないでください。父上一人の責任ではございません、父上が病弱なのを理由に放っておいたお祖父じい様も悪いのです。母上だって―――』


『朱鷺、自分の母親を悪く言ってはいけないよ。わたしの母もわたしのせいで父に散々罵られ、最期には自ら命を絶ってしまった。今でも申し訳なく思っている。だから、お前は何があっても自分の母を貶してはいけない』


『っ…でも悔しいです。元々は鵺の異母妹いもうとだったのに、父上を懐柔する為に婚姻させて、子供が生まれたらあっさり離縁してどこかへ消えてしまうなんて!』


『いや、おそらく彼女はもうこの世にはいないだろう。消されたのだ、跡継ぎの実母としての権威を恐れて。彼女も、お前も、みんな被害者だ』


『お前には今後苦労をかけるだろう。それをどうしてやることもできないのは歯痒いが、お前は要領がいい、きっと大丈夫だ。でももし、どうしても心が折れそうなった時は、お前の愛する家族を頼りなさい』


『俺の家族は、父上だけです』


『いいや。お前はいつか、自分が一番に信頼できるひとを妻に迎え、我が子に囲まれて暮らすんだ。きっとその存在が、お前の心を救ってくれるだろう…』


 そう遺言を残し、朱殷シュアンは息を引き取った。


「父の言った通り、私はお前と出会って子供達にも恵まれた。三人が心の支えであると同時に、私が生きる意味でもある。父が果たせなかった悲願、“朱雀の権威を取り戻す”のは必ず私の代だ。朱槿シュキンに要らぬしがらみは残さないと、約束する」


 亡き父の悔しい想いと、息子への愛情から生まれた約束を固く誓うように華月の肩を強く抱きしめる手に、そっと華月の手が重なった。

 暫しの間、お互いの体温を感じながらじっとしていると、唐突に二人のいる座敷の襖が開かれた。


「――父上! どこですか!?」

「あうぁー」


 襖を開いたのは朱鷺の姿を探しに来た朱槿と、その腕に抱かれた幼い朱華ハネズ。薄暗い座敷の中を見渡し、身を寄せ合う二人の姿を捉えた瞬間、朱槿の身体は硬直した。同時にただ介抱しているだけの朱鷺は何故か気恥ずかしくなり、投げかける言葉に困っていると、いつの間にか顔を真っ赤にした朱槿が大声で、「失礼しました!!」と襖を勢いよく閉めてしまった。

 絶対に何か大きな勘違いをしたであろう息子と、朱鷺は暫くの間追いかけっこしたのだった。



 ❖ ❖



 同時刻。

 北方・執明領しつみょうりょう 斗都とうと 『玄武城げんぶじょう』御殿


 朱雀城にもたらされた物とまったく同じ文面の文を受け取った玄帝げんていこと、玄冬ゲントウはその文を前に、胡座をかいて腕を組み厳しい表情を浮かべていた。無言のまま文面を睨む玄冬の前には、父によって召集された息子娘こどもたちがおり、長男の幽玄ユウゲンは退屈そうなのを隠す気もなく大欠伸を披露し、四男の真冬マフユはそんな兄を軽蔑の眼差しで睨みつけ、長女の明珠メイジュは居心地の悪そうに頼みの綱である許婚の紅鏡コウキョウの袖先を摘む。

 玄冬の実子たちに囲まれて尚、冷静な未来の娘婿は余裕の滲んだ笑みを湛えながら玄冬に質問する。


「御用件はなんでしょうか。子息全員お呼びしたということは、只事ではないのでしょうか?」

紅鏡コウキョウ口を慎めよ。いくら頭の弱い明珠メイジュをうまく落としたってな、お前は所詮“玄武の血統”には入れねぇんだよ」

「まぁお兄様! 失礼ですわ」

「…っはは。流石は幽玄ユウゲン様、お身内にも厳しい。その厳しさでご自慢の酒豪も少し自重してはいかがですか? 常に赤ら顔ではそれこそ、“玄武の顔”に泥を塗ることになりますぞ」

「な…っ」


 意地の悪い幽玄の言葉をうまく返した紅鏡に怒鳴りかかろうとするのを玄冬が「静まれ」の一言で一喝した。

 厳格な当主の喝に全員口を閉ざすと、話の切り口に悩んでいた玄冬がようやく口を開いた。


「今日集まってもらったのは他でも無い、この文についてだ」


 玄冬は今し方届いた青林からの文を広げ、幽玄らにその内容を提示した。各々に黙読した後、大声を上げて笑ったのは幽玄。


「こりゃ傑作だ! あれだけ烏兎への忠義を語ってた青龍せいりゅうが、いの一番に反乱を起こしやがった!」

「笑い事ではない! 今ワシらの立場は烏兎と同じくらいに危ういのだ」

「どういうことでしょう、父上?」


 他人事だと笑う幽玄の隣で、弟の真冬が冷静に質問する。


「真冬よ、今の烏兎の父は誰か知っているか?」

「勿論。樹雨キサメ兄上です」

「そして、陰陽国の今の左大臣は?」

「それは冬牙トウガあにうえ…、あ!」


 玄冬によって紐解かれたことで、真冬は聡明な頭で父の言わんとしていることを瞬時に理解した。しかし頭を使っていない幽玄と、箱入り娘の明珠は首を傾げるばかりで、父の意図を汲めずにいた。そんな許嫁に紅鏡が助け舟を出した。


「明珠様、つまりこの反乱において我々は敵側に二人も血縁者がいることになります。それはつまり、曖昧な行動を取れば、他の領主たちから裏切りを疑われ、最悪の場合敵に回ることになってしまうんです」

「…まぁ!? なるほどそういうことなんですね、さすが紅鏡様ですわ」

「いえいえ、姫様の飲み込みがお早いおかげです」


 政に疎い明珠にもわかりやすく噛み砕いた言い回しで説明した紅鏡の話を聞き、幽玄はそんなことかと鼻で笑う。


「はっ、何を悩んでるかと思えばそんな事。そんなの、陰陽国側に付けばいい話だろ」


 何も考えていない幽玄があっけらかんという言葉に全員顔を突き合わせ、深々と溜め息をついた。次期当主だというのに浅慮が過ぎる嫡男に対し、親の顔が見てみたい、と思いながら父である玄冬は頭を抱える。


「はぁ…、事がそんな簡単なら態々お前達をここに呼び出したりせん。そんなことさえわからんのか」

「あぁ? なんだよ、なんか問題あるのか?」

「もし仮に、陰陽国側に非があったとしたら責めを受けるのは烏兎だけではない。それに加担した我々も糾弾されるだろう。その可能性を考えると、安易には決められん」

「では玄冬ゲントウ様は、“例の噂”というのを信じていらっしゃるのですか?」


 紅鏡が指摘した“例の噂”とは勿論、赫夜カグヤの性別詐称の件である。しかし実は今の今まで玄冬はこの噂話を一切把握しておらず、正直なところまだ実感は湧いていなかった。初めこそ文の内容を疑ったが、誠実な青林セイリンが確信もないただの噂に踊らされるなど考えにくく、青林の存在が“噂”の信憑性を物語っていた。そしてこの噂、真実であった場合玄冬の中にはある人物への疑惑が自ずと浮上する。


「まさか、あの冬牙トウガが我々をたばかった?」

「可能性は十分にあるかと。このような大事、左大臣である冬牙殿が知らないはずはありません。全てが玄武一族の為だったとしても、当主たる殿に一言もないのは不自然でございます」


 冬牙の行動で不自然な点を的確にいくつも挙げていく紅鏡に、肘をついて暇そうにしていた幽玄が鼻で笑う。


「っは。よっぽど冬牙アイツを陥れたいらしいなぁ。まだ気にしてんのかよ?」

「“あの事”ってなんですか、幽玄ユウゲン兄上?」

「お前知らないのか? 数年前、紅鏡が親父に気に入られて玄武うちの身内にする為明珠メイジュの娘婿になった時、真っ先に反対したのは冬牙だったんだよ」

「えぇ?!」

「……」


 紅鏡と明珠の婚約の時期を知らない真冬は驚きの声を上げ、それを聞いていたであろう紅鏡は眉一つ動かさず柔和な笑みを浮かべたまま黙った。

 事情を知らない真冬に、幽玄は面白おかしく説明を続ける。


「あれはよぉ、紅鏡コイツがまだ親父が一番信頼する田鳧タゲリの養子だった頃のことよ。田鳧あいつの二人の養子の内、文武どちらにおいても頭ひとつ抜き出てた紅鏡を親父がいたく気に入ってな、俺はてっきり田鳧の後釜でも任せるつもりかと思ったんだが、実際は一人娘の婿に指名したわけ。まぁ俺はどっちでもよかったんだけどな、その知らせを聞いて真っ先に反対の文を寄越したのが、陰陽国にいる冬牙だったわけ」

「冬牙兄上は文でなんと?」

「あー…、確か、“いくら優秀な人材とはいえ玄武の正統な血を引く明珠の婿には、然るべき身分から選出すべきだ”とかなんとか。まぁ要は、明珠を自分の“手駒”にしたかっただけじゃないのかって、俺は思ってるわけよ」

「“手駒”ですか?」

「おうよ。明珠の歳なら兎君ときみの后としても見合う。アイツの中ではゆくゆくは明珠を入内させる気だったんじゃないかってな」


 まぁ失敗に終わったけどな、と締めくくりに大笑いする幽玄に、二人の仲の悪さが伺えた。幽玄の言う通り、冬牙の主張は通ることはなく、玄冬の確固たる意思によって紅鏡は見事、明珠の婿の地位を勝ち取った。

 一度は千載一遇を機会チャンスを妨害した冬牙を恨んでもおかしくない紅鏡だが、幽玄の話が終わると同時に笑みを浮かべたままその意見を否定した。


「まさか。冬牙様の主張は一族を思えばこそ、最もでございました。私とて、もし明珠様との間に娘ができれば、父親としてその相手を素直に受け入れられるかどうか…」

「まぁ紅鏡様、気が早いですわ!」

「故に、私が冬牙様を恨むことなどあり得ません。これは、一個人として玄冬様に可能性を申し上げているに過ぎません」


 紅鏡の主張が果たして本心か否か、それを聞こうにも隣の明珠が恥じらいながら腕を絡めているため、流石の幽玄も口を閉ざした。

 しかし婿入りしたとて嫡子である冬牙のことを疑えない玄冬が頭を抱えていると、いつの間にか近づいて来ていた騒がしい足音に、全員が襖へと振り返った。そして大袈裟な足音は襖の前で止まり、静まり返ったと思った瞬間、またもや大袈裟に襖は開け放たれた。全員の視線を浴びる襖の向こうに立っていたのは、この集会に一切呼ばれることのなかった玄冬ゲントウ異母弟おとうと款冬カントウであった。

 彼の顔を見た瞬間、あからさまに玄冬は眉を顰めた。


「…なんだお前か。騒がしいぞ、あっちへ行ってろ」

「兄上! それどころではありませんぞっ」


 重大報告です、と啖呵を切った款冬を全く信用していない玄冬はそれを一切取り合わず尚、追い出そうと手を振る。


「何が重大報告だ、どうせまた好みの女子おなごでも見つけただけだろう。興味などないからさっさと去れ」

「違いますよ。今回は本当にっ、重大なんですよ!!」

「……はぁ、なら申してみよ」

「っ先程、“疫病”が流行っていると噂の北西の農村に出向いた者が帰還したのですが、その者の話によるとその村、…」

「…なに村が? 村人の生存者は?」

「……いません。一人残らず、木乃伊ミイラのようになっていたそうです」


 予想だにしていなかった報告に全員が息を呑む中、ただ一人震えた声で村について確認したのは明珠。


「まって…、おまちください、叔父上様。どこの…村と、おっしゃいましたか?」

「む。北西の小さな農村だ、あの辺りは山が多く農村はそこだけのはずだから、たった一つしかない唯一の農村で疫病が流行ったらしい」


 北西の山に囲まれた小さな農村。そして地形の影響で周りに他の集落はない。

 それを聞いた明珠は顔色を真っ青に染め、震える指先で紅鏡の袖に縋った。尋常ではない様子に玄冬は訝しげに聞く。


「どうした、明珠。顔色が浮かぬぞ?」

「お、お父様。わ、わたくし、今女中が一人、里帰りでいませんの…」

「ほう、そうなのか」

「そ、の女中、ハナブサと言うのですけれど、両親の凶報に里帰りしている彼女の村というのが…、西なのですっ」

「なんと?!」


 明珠の話を聞き紅鏡は合点がいった。

 少し前明珠本人から、馴染みの女中が一人帰郷していると聞いていた。その女中――ハナブサは故郷の村で謎の“疫病”らしきものが蔓延し、既に父親が犠牲となり文を寄越した母親も同じように苦しんでいる、との事だった。

 その女中の両親の状態と、今回全滅したという村人の有様は見事に一致していた。


「叔父上さまっ、ほんとに、誰もいませんでしたの? ハナブサは…、幼い頃からずっといっしょにいた、英は…っ」


 真っ青な顔で一筋の希望に縋るように袖を掴む明珠に、款冬は一言「すまぬ」とだけ返した。その意図するところを察した明珠はその場で人目を気にすることなく泣き崩れた。そんな明珠に優しく寄り添い肩を貸しながら、紅鏡は玄冬に再度追及する。


「――玄冬様、事ここに至りまして最早我々の面子の問題だけではなくなりました。ご決断されないのであれば、このまま犠牲になるのは民でございます。それによる我々の損失は“民からの信頼の喪失”でございます」

「っうむ…」

「玄冬様、御決断を」


 紅鏡の強い後押しを受け揺らぐ玄冬に、村壊滅の報告を受けた幽玄らも危機感を覚え、後押しするように見据えた。その場にいる全員の注目を浴びながら、玄冬は深々と深呼吸すると自身の決断を告げる。


「―――款冬、文をもて。青帝に助力を許諾するとお伝え申し上げる」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る